第18話
どうやら俺が最前線に出ることは、皆が承知していたらしい。横一列に並んだ兵士たち――皆、自動小銃とヘルメットで武装している――の中央には、五、六人がいっぺんに通ることのできるような隙間が開けられていた。そこから飛び出せ、ということか。
俺が一歩、皆より前に出る。すると、隣の兵士の装着していたヘッドフォンから通信兵の声が漏れ聞こえてきた。
《目標、現在この丘を目指して前進中。各員、射撃命令を待て》
すると、俺専用にと渡されたヘッドフォンからも声が聞こえてきた。
《コウムラです。トウヤさん、今から十秒カウントしますから、零になったら一気に丘を駆け下りてください》
「な、何?」
《残り五秒です。――三、二、一、零!》
「えっ、えええ!?」
こうなったらエミを信じるしかあるまい。俺は雄叫びを上げながら、一気に丘の陰から姿を晒した。
「うおおおおおおお!! ……おぉ?」
そこには奇妙な光景が広がっていた。直径十メートルほどの、透明な半球体が五、六個ほどがゆっくり迫ってくる。その中には、不思議な格好をした者たちがいて、歩を進めていた。ローブを羽織った者、杖をかざした者、高い三角帽を被った者。
これだけなら、ハロウィーンの仮装大会に見えなくもない。一つ決定的に違うのは、彼らの目つきだ。
武闘派と機甲派の戦いの間も、皆似たような眼差しをしていた。闘争心に溢れている。
やはり、魔術派も本気なのだ。
その半球体のうちの一つに、俺はオーラ・ベリアルの姿を認めた。彼女もこちらを見つけたらしく、頷いてみせる。それでも剣呑な雰囲気は拭えなかったが。
などと考えていたのも僅かな間。各半球体から、一斉に魔法の銃弾――魔弾とでも言うべきか――が飛んできたのだ。
「ひっ!?」
俺は慌てて身を屈めようとした。が、俺が盾にならなければ、後方で控えている兵士たちや、俺に同行してくれた小隊の者たちに被害が及ぶ。
ええい、この命、くれてやる!
「俺はここだ! 倉野内闘也はここにいるぞ!」
寝そべることで魔弾を回避した小隊の兵士たち。しかし、魔術派もなかなかに俊敏だった。第二波の魔弾は、俺に集中した。
「くっ!」
俺は右手を掲げ、なんとか魔弾を止めようとする。確かに、魔弾を打ち消すことはできた。しかし、防御スキルが下がっていた感は否めない。右の掌に、ジリジリという刺激が走る。
敵が第三波の準備をする間を縫って、小隊のメンバーが射撃を開始した。ズタタタタタタタッ、と暴力的な音が空を斬る。しかし、それとは別に鈴の音のような振動が、魔術派のいる方から響いてきた。
よく目を凝らすと、こちらの弾丸は半球体のバリアに阻まれている。敵には全く届かない。
お返しとばかりに、今度は魔弾ではなく、煉獄の炎の舌が俺たちを狙ってきた。真横から襲ってきた炎を、俺たちは屈み込むことで回避する。俺が微かな違和感を覚え、すっと背後に手を伸ばすと、灰がまとわりついてきた。
「げっ、これって……」
俺のシャツだ。シャツが、今の炎で焼かれて灰になったのだ。やはり、防御スキルも俺の服装にまでは及んでいないらしい。
一息ついたのも束の間、先ほどの自動小銃掃射とは比較にならない爆音が、背後から迫ってきた。丘の陰に待機していた機甲派の本隊が、バズーカ砲や対戦車ライフルによる集中砲火を始めたのだ。
「うわあああああああ!?」
あまりの轟音に、俺は屈み込んだ姿勢のまま叫んだ。
十秒ほど、重火器による攻撃が続いた。それから爆発音が止むまで、さらに十秒。
《敵の状況は?》
無線越しのエミの声を、俺の鼓膜はなんとかキャッチした。
すると、通信兵と思しき兵士が返答した。
「爆炎と土砂のため、視認不可。繰り返す。爆炎と――」
と、まさにその時だった。
「がッ!!」
血飛沫が跳ぶ間もなかった。いや、魔法の力で飛んできた弾丸だから、出血など伴わないのかもしれない。とにかく、隣の兵士が即死したのは紛れもない事実だ。
俺が兵士の貫通された眉間を見て背筋を冷やしていると、今度は暴風が俺たちを襲った。魔術であることは疑いようがない。いっぺんに爆炎が晴れ、先ほどの半球状のバリアが見えた。いずれも、傷一つついていない。
僅かなどよめきが走る中、敵はさらに攻撃を続行した。様子見に立ち上がった兵士が倒れ、それを別な兵士が引きずっていく。しかし、引きずっていた方もまた凶魔弾に首から上を消し飛ばされた。
「畜生!!」
俺は自分の防御スキルを信じて再び丘を駆け下りた。もしかしたら、俺の拳でなら魔術派のバリアを破れるかもしれない。
土煙が濛々と舞い上がる中、俺は僅かな発光から、最も近いバリアに殴りかかった。
「うりゃあああああああ!!」
するとガチリ、と刺々しい音がした。腕を下ろしてみると、そこにはれっきとしたバリアの陥没があった。
ふと目を上げる。そこに立っていたのは、誰あろうオーラ・ベリアルだった。突然の邂逅に、互いに驚きを隠せない。先ほど目が合ったからといって、それはただ互いの存在を認識しただけ。闘魂を剥き出しにしてぶつかったのは初めてだ。
そうか。俺は次に、魔術派への体験入学をするのだったな。だが、そうやって各派閥の特性を知るためには、その時の派閥の味方として振る舞わねばなるまい。
俺はオーラの視界から飛び出るようにして、隣のバリアに駆け寄った。
「うおらあああああああ!!」
加速の勢いもあってか、今度はバリアに穴を空けることに成功した。その勢いのまま俺はバリアに蹴りを見舞って、人一人が入れるだけのスペースを作る。このバリアの中でなら、いくらでも暴れられるだろう。
俺の防御スキルは、今のところはまだかなりの高スペックを保っている。これをふんだんに活かしながら戦うべきだ。いや、遠距離攻撃が主力の魔術派の連中にとって、バリアの中という閉鎖空間で拳を振るわれるのは、どうしても避けたい事態であるはず。その証拠に、皆の腰が引けている。
慌てて呪文の詠唱を始めた奴がいる。しかし、俺はそいつの左右に立ち塞がった魔術師をいっぺんに殴り飛ばした。詠唱途中だった魔術師も、短い悲鳴を上げて魔術書を胸に抱く。
しかし、その時思った。相手が無力の状態だというのに無双するのは、なんだか卑怯だ。
僅かに考え込む。そして、一つの案を思いついた。
「おい、お前!」
声をかけたのは先ほどの魔術師。
「ひっ!」
「自分の持ってる魔術書を全部寄越せ! 取って食いやしないから、今は降参しろ!」
ローブ姿の、まだ少年と言ってもいいであろう魔術師は、魔術書を地面に置いた。それから服の間に挟まった魔術書、というか冊子のようなものまでをも引っ張り出し、魔術書の上に揃える。律儀なことだ。
「こいつらは俺が預からせてもらうからな! このバリアの中の連中は、これ以上痛い目を見たくなかったら大人しくしてろ! 分かったか!」
すると、少年を中心にした計六名が素早くカクカクと首肯した。皆、俺に脅威を感じているようだ。こうやってひとつずつバリアを潰していけば、俺たち機甲派は勝ちにいける。
バリアに空けた穴を出て、俺は魔術書をどうするか迷った。今日の敵は明日の友、というが、次に俺が仲間入りするのは魔術派の連中なのだ。そんな彼らの切り札たるこの魔術書類を、無下に処分してしまうわけにはいかない。
俺は身を屈めながら、魔術書類を抱いて丘を一気に駆け上った。
「おーい、俺だ! トウヤだ! ちょっと待ってくれ!」
叫んでみるが、次々に飛び交う砲弾や魔弾の轟音ですぐ掻き消されてしまう。それでも、機甲派、魔術派その両方に、今の俺を攻撃する意図はないようだ。
「おーい!」
再び声を上げる。すると、ちょうど弾薬運搬の途中だったのだろう、カワウチの姿が目に入った。
「と、トウヤ殿!?」
「もういい加減『殿』はいらん! とにかく、これを司令部のキャンプへ運べ!」
ずいっと魔術書類を押しつける。
「これって……」
「魔術派の連中からかっぱらってきた! バリアに穴を空けてな!」
すると、カワウチは目を丸くした。
「と、トウヤ、君にそんな力が……?」
「今はどうでもいい! とにかく互いの攻撃が届かないところまで運べ! くれぐれも雑には扱うなよ!」
「は、はッ!」
よたよたと司令部のテントまで魔術書類を運んでいくカワウチ。そんな彼に背を向けて、俺は次のバリアを破壊すべく、再び丘を駆け下りた。
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