第17話【第三章】
ヴーーーーーーーン、という長い警報音が、繰り返し耳朶を打つ。
迷いを振り切ったのか、エミは立ち上がり、俺のことなどお構いなしにテントを出ていった。本隊に戻るつもりか。
「あっ、コウムラ隊長!」
驚いたカワウチが敬礼する。足を止めずに返礼したエミは、俺の予想通り、作戦司令部となっているテントに向かっていった。
後を追うカワウチ。
「あ、ちょい待ち!」
俺は彼に追いついてから、質問をぶつけた。
「何があった?」
「敵襲です! この警報は、魔術派が攻めてきた時の符丁です!」
「お前はどうする? 俺はどこへ行けばいい?」
すると一瞬、カワウチは思案顔を作った。
「そうですね、トウヤ殿は前線部隊に合流してください! あなたの力は、必ず必要になりますので!」
「そ、そうか」
しかし、これは質問に対して半分の答えにしかならない。
「で、どうするんだ、お前の方は?」
「ぼ、僕……じゃなくて、自分は、その、後方支援を」
どこか落ち込んだ様子のカワウチ。
「おい、お前も急げよ!」
「ええ、分かっています。けど、後方支援だなんて……。本当はコウムラ隊長を守って、前線で戦いたいのに……」
「何?」
俺は思わず振り返った。瞬間的に俺の感情が高ぶってくる。こいつ、エミのことをなんにも分かっていないじゃねえか!
「カワウチ、てめえ!」
「うわっ!?」
俺は思いっきりカワウチの襟を掴み、ぐいっと顔を近づけた。
「エミだってな、本当は戦いたくなんかねえんだよ! 平和に過ごしたいと思ってるんだよ! それなのにてめえ、前線に出たい、だって? ふざけんな!」
「と、トウヤ殿……」
俺の剣幕に圧された形のカワウチ。こんなことになるんだったら、さっきの俺とエミとの会話を録音して聞かせてやりたかった。
「お前だって、俺とおんなじガキだ! 親父さんもお袋さんだっているんだろう!? 少しは自分の命を大切に――」
「……せんよ」
「あぁ!?」
よく聞こえなかったので、俺は耳を近づける。するとカワウチは、すっと息を吸って声を張り上げた。
「僕の両親はもういませんよ! 墓の下以外の場所にはね!!」
「え、ぇ……」
今度は俺が気圧される番だった。
「僕はコウムラ隊長のことが好きなんです! 彼女のためなら死んでもいいと思ってる! もう身寄りがないんですからね! どう生きようと、いや、どう死のうと、僕の勝手でしょう!?」
これには俺も、反論の余地はなかった。いや、余地はあるかもしれないが、それを探して言葉にするだけの余裕がなかった。
その時、俺の視界にカワウチ以外の人間が入ってきた。自動小銃を肩にかけ、しかし銃口はこちらに向けずに、把手の部分を持ち上げている。そして直後、ガツン! といい音があたりに響き渡った。
「がッ!」
カワウチがこちら側に倒れ込む。後頭部を強打されたようだ。慌ててカワウチを抱き留める形になった俺の真ん前に立っていたのは、誰あろうエミだった。
「カワウチ上等兵!!」
「は、はッ!?」
自分を強打した相手がエミであることを知り、カワウチは困惑しながらも振り返る。だが、もしかしたらエミの方がよっぽど動揺していたのかもしれない。
「あなたは……あなたは自分が何を言ったのか分かっているの!?」
振り返ったカワウチに、今度は平手打ちが加えられる。
「ちょ、待てよエミ! こいつはお前の身を案じてだな……」
「あなたは黙っていて、トウヤ!」
その気迫に、俺までもが怯んだ。
「あなたのお父様とお母様は、あなたの人生をよりよくするために亡くなったのよ? それを無駄な犠牲にするような真似を、私は決して許さない!」
カワウチは唖然としながら、エミの目を覗き込んでいる。
そんな痛々しい沈黙を破るように、エミの無線機が声を伝えてきた。あの少尉の声だ。
《コウムラ隊長、敵の足は速いようです。直ちに司令部テントまでお越しください。民間人の退避も急がなければなりません》
「そんなことは分かっています」
エミは感情を隠しきれずに、鋭く言い返した。
「すぐ戻ります。以上」
それだけ告げて、エミはロボットのように回れ右をして駆けていった。俺とカワウチの野郎二人組は、何を語るでもなく、しばし彼女の背中を見つめていた。
「……知られちゃったみたいですね」
「……ああ」
エミが丘を越え、その後ろ姿が見えなくなってから、カワウチはぽつりと呟いた。
普通の青少年だったら、恥ずかしさのあまり身悶えしているところだろう。だが、カワウチは微動だりしなかった。
ショックだったわけではないようだ。いや、ショックを受けるほどの余裕がなかった、というべきか。
「嫌われちゃいましたよね、僕」
「それは……直接エミに訊いてみるしかねえだろうよ」
「……」
再び訪れた沈黙。だが今回は、すぐさま喧しい無線音によって破られた。
《カワウチ上等兵、何をしている?》
「は、はッ!」
《コウムラ隊長が前線指揮を執る。お前は早く支援部隊に合流しろ。装甲車隊を誘導して、民間人を守るバリケードにするんだ。分かったか?》
「はッ!」
すると唐突に無線は切れた。
「僕……いえ、自分は行かなければなりません。トウヤ殿もお早く」
「ああ」
こうして、俺とカワウチはさっさと歩き始めた。俯きがちに、だったけれど。
※
駆け出したカワウチを追って、俺はのろのろと丘を登る。するとだんだん、キリキリという装甲車の機動音が聞こえてきた。その姿が目に入った時には、既に多くの民間人が静かの森から流出してきて、装甲車の陰を列をなして歩んでいくところだった。
ガシャリッ、という音に驚いて装甲車を見上げる。そこでは、天井部のハッチから顔を出した兵士が、備えつけの機関銃の射撃準備をしていた。全員がヘルメットをきっちりと被り、口元にマイクを遣っている。何やら命令を受けているようで、小声で『了解』と言うのが口の形で見えた。
取り敢えず、エミの指示を受けなければ。
息を切らしながら丘を登っていくと、途中で見慣れた背中が見えた。カワウチだ。何やら弾薬らしきものを運んでいる。後方支援とはそういう意味だったのか。
「非武装の方はこちらへ! 装甲車の後ろを通ってください! 急いで!」
赤い警棒を持った兵士が、民間人のために列を作っている。さらに目を遠くに遣ると、自動小銃を持った兵士が列を作り、寝そべって迎撃態勢を取っていた。
それらを横に見ながら歩を進めていくと、ようやく司令部のテントが見えてきた。軽い駆け足で入ると、先ほどの少尉を始め、皆が敬礼の姿勢を取る。エミは大股でこちらに歩み寄り、俺に目で問いかけてきた。『戦ってくれるのですか?』と。
そんな彼女に向かい、俺は大きく首肯した。
「では、あなたには前線で、いえ、最前線で突撃をお願いします。あなたの防御スキルからすれば、魔術派の攻撃魔術を弾くことも容易でしょう」
そう断言してみせるエミに、正直なところ、俺は困惑した。俺の防御スキルは、間違いなく下がっている。それ故に、俺はある程度の攻撃スキル、敏捷スキルを得ることができたのだ。
エミが予想するよりも活躍できるかもしれないが、それが『盾として』であるかどうかは甚だ怪しいところ。とは言っても、それをこの場で口にすることは許されない。決戦がもう始まるというのに、機甲派の士気を下げることになりかねないと思ったのだ。
俺は無言で、作戦概要の説明を受けた。簡単に言えば、とにかく突撃して暴れろということ。
「では、トウヤさんの援護に一個小隊十五名をつけます。早速ですが……あなたさえよろしければ」
「分かった」
再び首肯してみせる俺。エミは頷き返してから、ぱっと見慣れた右回りをして背を向けた。数名の部下を呼びつけ、『俺を援護するように』との命令を下していく。
ちょうど全員を呼びつけた時、通信兵がこちらに振り返った。
「目標、一個中隊規模で接近中! 静かの森を迂回し、正面で陣形を整えています!」
「住民の避難は?」
「完了です!」
「分かりました。では、トウヤさん、出番です」
こちらに振り返るエミ。
「あ、ああ……じゃなくて、了解です!」
俺は他の小隊メンバーに倣い、敬礼をしてみた。エミが返礼するのを見計らい、小隊長に続いてテントを出る。
「少し走りますぞ、トウヤ殿!」
「は、はい!」
魔術派、か……。どんな連中なのだろう? 酷い戦闘にならなければいいのだけれど。
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