第11話
帰途は実に静かなものとなった。
装甲車が道の中央をのろのろと走り、その左右を機甲派の歩兵たちが、さらにその外側を武闘派の連中が歩んでいく。
装甲車のキャタピラの駆動音と、甲冑が擦れ合う金属音。他には深いため息や嗚咽が聞こえてくるばかりだ。
俺はと言えば、隣を歩く老兵にかける言葉もなく、ただただ足を動かしていた。何かこの世界について老兵に訊ければよかったのかもしれないが、そんな甘い考えは捨てねばなるまい。そんな沈鬱な雰囲気が、武闘派・機甲派問わず、全員の頭上に渦巻いている。
サンは、敢えて俺から距離を取るためだろう、装甲車の反対側を歩いていた。馬上で手綱を握る彼女が、今何を考えているかは全く想像ができない。それは彼女がきっと混乱しているであろうというのは俺の独断による。が、もしかしたら、混乱しているのは俺の方かもしれない。
「くっ……」
俺は奥歯を食いしばった。異世界とはいえ、あんな死に方って……。いや、俺が元いた世界でも、戦争とはああいうものだったのかもしれない。しかし、死んでもなお、あんな風に捨て置かれてしまうとは。
どこまでが俺の世界と同じで、どこからがこの世界のしきたりなのか。それは分からない。それでも、俺はもう散々だった。こんな思いで皆が領土の取り合いをするなら、あの『暗黒派』とかいう連中に攻め込んできてもらって、三大勢力が一致団結して戦えた方がいい。まだマシだ。
『皆』といえば、勝ったはずの機甲派の連中も喜びを露わにしなかった。それこそ、淡々と任務をこなしていくかのように。武闘派の連中に同情するような目つきの兵士もいた。
俺は少し列から外れ、指揮車と思しき装甲車を探した。――あった。ちょうど列の中央を走っている。上部ハッチから兵士が頭を出し、浮かない顔をしている。先ほどの俺とサンとの遣り取りが心に引っ掛かっているのだろう。
「あ、あの」
「はッ、なんでしょうか?」
装甲車の車両の兵士は、実に慇懃な態度で俺に応じた。そうだ。俺は今、三大勢力のそれぞれに『体験入学』している身なのだ。それは相手の態度もきちんとしたものになるだろう。
「一つ訊かせてください。どうして今日、武闘派の陣地に攻撃を仕掛けてきたんです? 奇襲したのはこっちですけど」
「そ、それは……」
口ごもる兵士。するとハッチの下から声がした。
「答える必要はありません」
エミの声だ。しかしそこに、今まで会ってきた時のような気弱な感じは全くない。
彼女は顔を出すこともせずに、俺に言葉を放り投げた。
「次は我々が、あなたを体験入学にお誘いする番です。そうなれば、自然とこの世界の法則や真実が見えてくるでしょう。今はまだ、あなたに説明を差し上げる義務を、我々は持ち合わせておりません」
「そ、そんな……」
俺は言葉を失い、項垂れる。
「何も分からねえよ……」
それを見かねたのか、頭を出していた兵士が言葉を継いだ。
「我々とて、必死に戦って生存権を手にしているのです。ここはどうか、ご納得いただけませんか」
「……」
ちょうどその時、サンの声が響いてきた。
「皆、我々の陣地が見えてきたぞ。いち早く家族に会いたい者は、離脱して先行してもらって構わない」
顔を上げ、サンの元を振り返る者が数名。
「お、おい!」
「ああ!」
「サン様、ではお先に失礼致します!」
頷いてみせるサン。だが、その挙動は厳しいままだ。
それにしても、どうして急いで陣地に帰る必要があるのだろう? 喜ばしい報告などあるまいに。
やがて、俺の目でも、陣地の白い円形テントが見えてきた。出撃前に見た時と違い、夕日を浴びて橙色に光っている。
「すみません、俺も先行します」
「うむ。気をつけてな、トウヤ殿」
老兵に告げてから、俺は駆け出した。もちろん足は速くはない。だが、それでも陣地に急行した者たちが何をしているのか、俺は気になって仕方がなかった。
勢いよく、なだらかな丘を駆け上がっていく。駆け出した兵士たちに追いつけるように。その場で何が起こるのかを知るために。住民たちに何が告げられるのかを見届けるために。
気がつけば、俺のそばを何人もの兵士が駆け抜けていくところだった。しかし振り返ると、サンは馬に乗っているにも関わらず、速度を上げる気配はない。
「サン、お前は行かなくてもいいのか?」
大声で呼びかける。
「サン!!」
兜の向こうの表情は窺えない。が、首を左右に振ったり、俯いたりしている様子は、どこか痛々しさを感じさせた。
仕方ない。『構ってやらないでほしい』という老兵の言葉を思い出した俺は、愛想を尽かして再び陣地に向かって駆け出した。――サンの苦しみも知らぬままに。
※
「はあ、はあ、はあ、はあ……」
随分無理をしてしまったな、これだけの丘を駆け上がるとは。いや、大した傾斜ではなかったのだが、単に俺が運動不足なだけだ。
しかし、そんな雑念を振り払うような叫びが、俺の耳を貫いた。
「―――――――ッ!!」
これは悲鳴、だろうか。陣地の方から聞こえてくる。この距離からでも耳を塞ぎたくなるような、鋭利な声音。
一体何が起こったんだ?
陣地の端に立った俺は、ようやくその『音源』を目にした。それは、こちらに背を向け、しゃがみ込んだ兵士の向こうから聞こえてくる。
そこにいたのは、ひたすらに泣きじゃくる女の子だった。五、六歳といったところだろうか。
「さあ、そんなに泣くもんじゃないよ」
「―――――――ッ!!」
「お前のお父さんはな、立派に敵を斬り倒して、何人もの味方を救ったんだ。おじさんも誇らしいよ」
それでも女の子の鳴き声は止まらない。気づけば、そこら中で鳴き声は上がっていた。
現実を直視できない震え声と、それを慰めようと試みる、しかし無意味な宥め声。
「そんな、お父さんが!」
「兄ちゃん、う、嘘だよね!?」
「お嬢ちゃん、お前の父さんはね――」
俺は、全身が震えだすのが感じられた。熱い感情が地面からブーツを貫通し、俺の全身に巡っていく。
「こんなの……こんなの間違ってる!!」
途端に陣地が静まり返った。どれほどの大声を張り上げたのだろうか、全く見当がつかない。だが、俺が怒りと悲しみで爆発しかかっていることは、その場の全員に伝わったようだ。
誰にともなく、俺は感情に抗いきれずに言葉を続けた。
「領土がなんだ! 陣地がなんだ! 人の命と取り換えられるもんだと思ってるのかよ!! 土地はまだ、森を切り開けば確保できる。それなのに、よりにもよって人を殺して互いにぶん取ろうなんて……。それが正しいわけがねえじゃねえか!!」
すると、先ほど女の子を宥めていた兵士が立ち上がり、近づいてきた。
「貴様、名誉に散った戦士たちを愚弄するつもりか!!」
「名誉だ? 愚弄だ? んなこと関係あるわけねえだろうが! 俺は人の命の話をしてるんだ!!」
相手の兵士は、一瞬で耳の先まで真っ赤になった。
「今の暴言、聞き捨てならん!! 尋常に勝負せい!!」
流石にこれには歯止めがかけられなかったのか、サンもエミも黙っている。周囲の一般兵士たちは言わずもがなだ。
俺は自分の防御スキルが最強であることを納得したうえで、相手の兵士に向かって大きく頷いた。
誰がゴングを鳴らしたわけでもない。俺は相手と覇気が合ったのを感じ取り、一気に駆け出した。
「うおおおおおおお!!」
「であああああああ!!」
相手の剣先が、見事に俺の眉間を捉える。だが、先ほどの敵兵の刺突同様に弾かれる。いい加減に自分の体質に慣れてきていた俺は、構うことなく腕を振りかぶった。
ドッ、という重い感触と共に、相手は甲冑姿のまま吹っ飛んだ。追い打ちをかけるのは卑怯だと思い、俺は腕で顔をガードするようにして、相手が立ち上がるのを待った。相手はプッ、と血の混じった唾を吐きつけながら地に足をつける。
「まだまだあああ!!」
「分からず屋め!!」
先の欠けて曲がった剣を投げ捨て、掴みかかってくる兵士。ヘッドバットを繰り出そうとしたのを察した俺は、咄嗟にしゃがみ込んだ。
「うお!?」
突然俺の姿が消えたように見えたのだろう、相手は俺の背中に足を突っかけた。そのまま前転するように転倒。ぶるぶるとかぶりを振る相手から、俺はバックステップで距離を取った。
まだだ。まだお前が俺と殴り合う覚悟があるなら、いくらでも相手になってやる。俺が慎重に摺り足で距離を縮めようとした、その時だった。
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