第10話
そんな俺に向かって、銃剣をつけた自動小銃で突っ込んでくる敵がいた。
「うわっ、くんな! くんなよ!」
グサリ、と銃剣が俺の身体にめり込む――かと見えて、銃剣の方が捻じ曲がってしまった。
「チッ!」
舌打ちをした敵兵は、俺に銃剣を突き当てたままフルオートで銃撃をした。薬莢がばらばらと落ちていくが、俺は腹部がくすぐったいだけだ。
「邪魔だよ、どいてくれ!」
俺は思いっきり敵兵を突き飛ばそうとした。が、防御スキル以外は皆無に等しい俺のことだ。そうそう力が出せるわけがない。相手は半歩後ずさるくらいで踏ん張り、どうにか俺をどかそうと必死になった。
「ぐっ……!」
ここで俺がどいてしまったら、サンが銃火に晒される。この兵士は、俺がなんとか防がなければ。
と、思ったのも束の間だった。
「!?」
敵兵は驚愕の表情を浮かべたまま、俺の方へと倒れ込んできた。
「おっと!」
俺はなんとか、脱力した敵兵を突き飛ばそうとする。すると、自分の腹部が真っ赤になっていた。
「う、うわっ!?」
慌てて腹を擦る。しかし、痛みや違和感は覚えない。傷がないのだ。
「何をしているんだ、トウヤ! それは相手の返り血だ!」
「い、いや、俺も串刺しに……」
「串刺しになどなってはおりませんぞ、トウヤ!」
割り込んできたのは、髭面の似合う壮年の男性兵士だった。彼は敵兵を貫いたままの剣をわきへ遣り、敵兵の遺体を蹴り飛ばすようにして引き抜く。
「ちょっ、そんな残酷なこと――」
俺が倫理的な問題を考え始めた、その直後だった。
側頭部から微かな出血を見せながら、その兵士は横向きに倒れ込んだ。これは、狙撃だ。
俺は半ば反射的に、兵士が倒れたのと反対側に飛び出し、肘打ちでサンを突き飛ばした。
キィン、という高く鋭い音と共に、額に走る違和感。もちろん目には見えなかったが、弾丸は確実に俺の額に弾かれたはずだ。
この状況をすぐさま読み取ったらしく、サンは『すまぬ!』と一声上げて、再び敵陣へと突っ込んでいった。
「お、おい待てよ、サン!」
移動していた装甲車へ、再び近づく。きっとあの日本刀には秘められた力があって、装甲板を貫通できるのかもしれない。
しかし、安易に接近できる状態ではなかった。装甲車の周囲は、自動小銃を手にした敵兵たちにがっちり守られている。
あちこち見回してみると、息の絶えかけた兵士たちの頭を、敵兵たちが拳銃で撃ち抜いていくところだった。いかにスピーディに、敵兵が優勢に立ったかよく分かるというものだ。
「ど、どうしたらいいんだ、サン!?」
すると、サンはすっと大きく息を吸い込み、思いっきり声を張り上げた。
「総員、撤退!!」
同時にサンのそばに駆けてきた兵士が、大きな白旗をサンに手渡す。
サンは苦々しい顔を隠しきれない様子で、ピクピクと瞼や口元を痙攣させながら、その白旗を大きく掲げた。
するとそれを認めたのか、機甲派の連中からも声が響いてきた。マイクで増幅されている。
《総員、状況終了! 状況終了! 撃ち方止め!》
あれほど騒がしかった戦場は、一気に静まり返った。マイクから聞こえてきた声はエミのものだ。
互いに剣を交わせたり、リロード中の敵兵に斬りかかったり、まさに引き金を引こうとしたり。しかし皆は、それぞれのポーズのままで、その場に固まった。まるで『達磨さんが転んだ』状態だ。
凄まじい激戦に見えていたけれど、軍配は完全に機甲派に上がっていた。恐る恐る地面に目を遣ると、味方の兵士の甲冑は簡単に弾丸で貫通されている。視線を上げれば、機甲派の兵士たちが負傷した味方を引きずり、装甲車のそばにまで運んでいくところだった。
奇襲をかけたところで、やはり遠距離武器を有する者たちを敵に回すのは分が悪かったか。
血の気の引いた顔をしていた(と思う)俺の耳に、ギシリ、という音が入ってきた。ハッチを開けるような音だ。再び視線をずらすと、ちょうど装甲車の天井が上に跳ね上げられ、誰かが出てくるところだった。
沈み始めた日の逆光で見づらかったが、どうやらエミのようだ。彼女もまた、白旗を掲げている。両者がいっぺんに降伏するのは変なものだが、互いの部下たちの戦意を低め、落ち着かせるにはいい手なのかもしれない。
身軽に装甲車の天井から降りたエミは、同じく白旗を掲げたままのサンと相対した。二人は何かを話し合っているようだが、その内容までは聞き取れない。だが、話自体はすぐに終わったようだ。
サンはこちらに振り返り、叫んだ。
「我々の敗北だ! 撤収する! 直ちに民間人に伝達せよ! 明日中に、我々の領土は機甲派に譲渡する!」
周囲がざわついた。
「そ、そんな、やっと勝ち取った領土が……!」
「妻と子供はどうやって食わせてやればいいんだ!?」
「くよくよするな。サン様のご指示だ、従え」
俺の背後から撤退していく武闘派の兵士たち。俺はおろおろするばかりだ。
「な、なあ、皆……」
「仕方ないんじゃよ、トウヤ殿」
声をかけてきたのは、初老の兵士だった。致命傷は負っていないようだが、息は荒く、剣を地に突き刺して杖代わりにしている。
「わしにも貴殿と同じ年頃だったことはあるでな、悔しくもあろうし、悲しくもあろう。だが、それがこの世界での常識であり現実なのじゃ。分かっておくれ」
まさか敵ではなく、味方にこんなことを諭されるとは思わなかった。だが考えてみれば、俺はまだどの勢力に属するか、ハッキリ決めてはいないのだ。ここで悲嘆にくれていても、益のないことだろう。
肩を落とし、あるいは互いに腕を抱えてやりながら、武闘派の兵士たちは元来た道を歩んでいく。老兵も、深いため息をついてから剣を鞘に収め、歩み去ろうとする。
しかし、思いがけず俺の口から言葉が飛び出した。
「ちょっと待ってくれ!!」
振り返る老兵に、他の兵士たち。
「こ、ここの……ここで死んじまった味方はどうするんだ? 放っておいて帰るのかよ!?」
再び沈黙が訪れた。武闘派も機甲派も、皆が黙り込んでこちらを見つめている。
カシャリ、カシャリと音がして、甲冑が背後から近づいてきた。サンであることに間違いはあるまい。
「残念だがトウヤ、今の我々に、味方を埋葬してやるだけの余力はない。許せ」
「許せねえ!!」
俺はいつの間にか、怒鳴り声を上げていた。これには流石のサンも驚いたらしく、甲冑の向こうで眉を吊り上げた――ような気がした。
「俺のお袋は、俺が三つの時に死んだ! 正直、あんまり覚えちゃいねえ! けど、けどな、亡くなった人ってのは、もっと丁重に扱われるべきなんだ! こんなのっぱらに捨て置かれていいもんじゃねえんだよ!!」
皆が息を詰めて、俺に釘付けになっている。動かないのか動けないのかは定かでないが、誰も死者を埋葬するのに動き出そうとはしない。
「クソッ、薄情者ばっかりだな、この世界の連中は!!」
俺は駆け出した。何かスコップのようなものがないか。まずは墓穴を掘ってやらなければ。
そう思い、辺りを見回し始めると、すぐさま肩を誰かに握られた。
「離せよサン! お前だって、こいつらが可哀そうだと思うだろう!?」
直後、ガツン、と鈍い音がした。痛みではないが、熱い感覚が俺の左頬に走る。
「馬鹿者!!」
叫び声がした。サンだ。兜を脱ぎ捨て、顔は真っ赤になっている。肩で息をしているのは、戦闘で疲れたためだけではないだろう。
「そうしてやりたいとは皆思っているさ! ちゃんと担架で運んで、葬儀を行って、遺族に最後の別れをさせてやって……。けど、そんな時間も体力も我々には残されていないんだ! これが、この世界での戦争なんだよ! 私だって……!」
「もうよかろう、トウヤ殿」
俺の背後から聞こえてきたのは、先ほどの老兵の声だった。
「大切な者を失う経験は、この世界ではほとんどの人間が味わっていることだ。そう彼女に噛みつかないでやってはくれんか」
「くっ……」
俺は痛みを感じた。無論、身体にではない。心にだ。
一人では何もできない。それを察した俺は、ただただその場に立ち尽くすしかなかった。
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