第9話
鐘の音に続いて、法螺貝のボーーーッ、という響きが聞こえてくる。
「なるほど、敵は西か!」
「て、敵って……」
「シッ!」
鋭く制され、俺はのけ反った。そのくらい、サンの様子は切羽詰まっていたのだ。
しばし法螺貝の音を聞いていたサンは、大きな舌打ちを一つ。
「この響き、盗賊団でも魔法派の連中でもない――機甲派だ!!」
そこまで告げてから、サンは急いで甲冑を身に着けた。とさかのような角のついた兜を被り、日本刀を腰に差す。
その性急な挙動に、俺にも焦りが伝播してきた。
「な、なあ、機甲派って、エミがいるところだろう? そんなにヤバいのか?」
「当然だ!」
ガシャリ、と鎧を鳴らしながらサンが振り返る。
「連中には、軽量で破壊力の高い武器がある。我々にも弓矢はあるが、主な兵士たちは剣術や格闘術で腕を磨いてきたんだ。先手を取られたら負ける! 厄介な相手だぞ!」
そう言って、サンは出入口になっているカーテンをくぐり抜ける。
「お、俺は? 俺はどうしたらいい!?」
「前衛に出てくれ」
「分かった。――って、は?」
前衛に出ろ、だって?
「ちょ、待てよサン! 俺にどう戦えって!?」
「盾になってくれ。そうすれば我々の本隊が接敵できる。近接戦闘に持ち込むチャンスを作ってほしい」
「で、でも俺一人で……」
「つべこべ言ってる暇はないぞ!」
自分より頭半分は背の高い甲冑と問答していると、カツカツと硬質な音が近づいてきた。
「サン様! 馬を連れてまいりました!」
「うむ。ご苦労」
サンは近衛兵に頷いてみせてから、さっと馬上に身を移した。
「サン様! 平民たちは『静かの森』に避難完了しました!」
「剣士隊、突撃態勢で陣取りました!」
「長弓隊、いつでも斉射を始められます!」
サンは、報告を伝えてくる一人一人に頷いてみせてから、手早く詳細な指示を出していく。
「よし。私はトウヤと共に前線に出る! こやつを盾するから、心配は不要だ!」
「おお、そうか!」
急に湧き立つ周囲の兵士たち。
「えっ? ええっ?」
「トウヤよ、お前がどれほど非力といえども、我輩一人を守るくらいできよう?」
車に乗ると性格が変わる人がいるという。サンは馬に乗ると、そういうことになるらしい。言葉遣いが明らかに厳格になっているし、いつもよりずっと風格がある。
武人として、防人として、一人の指導者としての姿がそこにはあった。
それに便乗として、だろうか。
「おおっ、トウヤ! あの鉄壁の少年か!」
「サン様の弓矢ですら弾いたというではないか!」
「影人を一人で何体も屠ったと聞いたぞ!」
いやいやいや。最後の一つはいくらなんでも尾ひれが付きすぎだろう。俺に攻撃スキルは皆無なんだし。ちなみにこれは、本能的な直感、とでも呼ぶべきものによる。
サンには尊敬の眼差しが、俺には期待の視線が浴びせられる。
「ちょっと待ってくれよ皆、俺はただのニートで……」
俺は両の掌を突き出し、ぶるぶると首を振った。
「ニート? お前が? まさか!」
「元いた世界では、さぞ優秀な警護人だったのだろう?」
「よっ! 大統領!」
「誰が大統領だ!」
あまりの期待度に逆ギレしそうになる俺だったが、俺は一つ違和感を覚えた。
この世界、『ニート』という言葉が常用語として使われている。まさか異世界にまで『ニート』という概念があるとは、今思えば奇妙なことだ。
そりゃあ、勉強しない、働きもしない連中がいないことはないだろう。だが、それがわざわざ『ニート』と呼ばれている。異世界であるにも関わらず、だ。
やはりこの世界は、俺の元いた世界と繋がっているのか――?
「さ、行くぞ、トウヤよ!」
「あ、ちょ、待っ……」
勢いよく駆け出すサン。当然、俺の脚力で追いつけるはずがない。すると、勢いよく俺の片腕が掴み上げられた。
「うおっ!?」
「徒歩では追いつけまい、後ろに乗せてやる! しっかり掴まれよ!」
「っておい、うわあああああああ!?」
あまりの速度に、俺は絶叫しながら揺さぶられていった。
※
「おいトウヤ、トウヤ!」
「うわあああ……って、あれ?」
俺は馬が停まっていることに気づいた。サンは先に馬から降り、ポンポンと馬の腹を叩いている。
「いつまで喚いているんだ? ここで敵を待ち受けるぞ」
「あ、ああ……」
サンの手を借りて馬から降りる。なんだか男女の立場が逆のような気がするが……。まあ、この際考えないことにしよう。
振り返ってみると、俺とサン以外にも馬で来ている連中がいた。手綱を引き、どうどうと馬を宥めている。目の前には穏やかな下り坂が広がり、遠くを見渡せるようになっていた。
「て、敵はどこなんだ!?」
「まあ落ち着け、トウヤ。我々の見張り役の視力は、並大抵のものではない。でなければ、拠点から敵を捕捉できまい?」
「まあ、そりゃあそうだろうけど……」
するとサンは俺の背後に目を遣り、『伝令!』と鋭い声を上げた。すぐさま一人の甲冑姿が駆け寄ってくる。他の兵士よりも、装備が軽いようだ。ひざまずいた彼に向かって、サンは口早に指示を出した。
「敵はこの坂を登って来るぞ。皆は左右の森に散開しろ! 挟み撃ちにする!」
「御意」
彼はすぐさま振り返り、近くに集まっていた班長と思しき数名の兵士たちにそれを伝達した。蜘蛛の子を散らすように、自分の班の元へと向かっていく班長たち。
俺がその緊張感溢れる空気に呑まれていると、隣から小突かれた。サンだ。
「私はお前と一緒に、相手の右翼から斬りかかるぞ」
「一緒にって、俺には武器がないぞ?」
するとサンは腰に手を当て、かぶりをふった。
「だから、お前は私の盾になってくれるだけでいい。私の背後に控えて、合図をしたら飛び出してくれ」
そんな器用な真似が自分にできるとは到底思えないのだが……。しかし、それを告げてもサンの態度は変わらないだろう。俺は中途半端に頷くに留めた。
※
待つことおよそ五分。
「来たみたいだな……」
「ああ」
木々の合間から顔を出していた俺は、真っ先に敵、機甲派の姿を捉えた。俺の上からサンも顔を出し、その姿を確かめる。
目に入ってきたのは、装甲車とその両脇で周囲を警戒する歩兵たちだ。皆が自動小銃を構え、油断なく視線を走らせている。
「ど、どうするんだ、サン?」
「……」
沈黙するサン。事前に告げられた作戦はこうだ。
まず、俺たちは丘両脇の森に身を潜める。待ち伏せだ。そして敵が一列隊形になって丘を登り始めたところで、一気に斬りかかる。
丘の左右に展開した森林に身を隠しているので、弓矢や馬上からの攻撃は困難。それを把握していたサンは、敵が長距離武器、すなわち自動小銃を構える前に接敵し、一気に斬り払うという作戦指令を出していた。
「トウヤ、敵の首脳陣は装甲車に乗っているはずだ。まずは歩兵たちを片づけるぞ」
「りょ、了解……」
だんだん装甲車が近づいてくる。微かな振動が地を震わせる。そして、手を伸ばせば届きそうな距離に敵の兵士がいる。
俺がゴクリ、と唾を飲んだ直後のことだった。
「かかれえええええええ!!」
「うおおおおおおお!!」
甲冑姿の兵士たちは、各々剣や槍を抜き、一斉に敵の兵士たちに襲い掛かった。
「敵襲! 待ち伏せだ!」
「各員、射撃開始! 敵は足が速いぞ!」
「両翼に注意しろ! 敵は左右の森に……ぐはっ!」
一瞬にして、俺の前には阿鼻叫喚の図が展開された。刃物と銃弾があちこちで交差し、ぶつかり合い、互いの敵の命を削っていく。
「我らも行くぞ、トウヤ!」
「……」
「トウヤ!!」
「ッ!!」
俺はようやく正気に戻った。ゲームで見慣れているつもりだったが、そんなことはお構いなしに、残虐な行為が横行する。これは実戦なのだ。二つの勢力がそれぞれを敵と見做し、睨み合い、命を奪い合う。
そこに『善意』や『正義』などというものは微塵もなかった。人を殺すのは、やはり人なのだ。
「我々も出るぞ、トウヤ!」
「あ、ああ!」
呼びかけるが早いか、サンは一気に駆け出した。一番近くの装甲車に辿り着くまでの間に、三人の敵を斬り伏せた。
「私の背後を頼む、トウヤ!」
「おう!?」
背後を頼むと言われても……。仕方ない。俺は身を屈めながら――いや、撃たれたところで痛くもなんともないのだけれど――、サンの背中に追いついた。背中合わせになるようにして、俺は振り返る。
そこいら中に射殺死体や、斬り飛ばされた四肢が転がっている。
「これが、戦いなのか……」
俺はかぶりを振って、サンに言われたことを思い返した。
サンの身を守るのが俺の任務だ。前方はサン自身が守れるから、俺は彼女の背後に貼りついていればいい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます