ミリオタ最硬防御戦記【旧】
岩井喬
第1話【第一章】
「タン、タカタンタン、タンタンタタタン、タン、タカタカタンタン……」
俺は自分でも気づかないうちに、最近観た戦争映画のテーマを口ずさんでいた。気分が高揚していたのだ。なにせ今日は、隣町でミリタリー・フェスティバル、通称ミリフェスがある。
ミリフェスとはその名の通り、ミリタリーオタクが自分のコレクションや、自作の(ただし危険物ではない範囲の)模造品を並べ、展示したり販売したりする奇祭。俺はずっとこの日を楽しみにしていた。
何故かといえば、理由は単純。俺がそういった物騒なものが好きだからだ。でなければ、こんな東北北部のアパートの一人暮らしで、冬場の未明にイベントになど繰り出すはずがない。
逆に言えば、こんなことでもなければ俺は外出しない。せっかく受かった大学にも行かないし、誰かに会う機会があるわけでもない。行くと言えば……近所のコンビニ? 飲食物は必要だ。
そんなニートと紙一重の俺が、今日のように始発電車でミリフェスに馳せ参じようとしている。こんな未明から始発電車で向かおうというのだから、いかに俺にとってミリフェスが大事なイベントなのか、察していただきたい。
「スリー、ツー、ワン、ゴー!」
わざわざカウントダウンを口にして、部屋のドアを押し開ける。中二病であることは自覚済み。
ふっと粉雪が額を撫で、冷気が頬を切る。全身が僅かにこわばるのを感じつつ、俺は一歩外に出て、振り返ってドアを閉めた。
ジャンパーのポケットを探ると、鍵と一緒にチケットが出てきた。これを忘れてはミリフェス会場に入れない。
「倉野内闘也様、ね……」
どうも自分の名前――倉野内闘也に『様』がつけられると、尻込みしてしまう。と、いうのは大袈裟かもしれないが、今の自分の生活模様を鑑みるに、『様』づけで呼ばれるのは的外れだろう。
俺は慎重にチケットをポケットに戻し、自室の鍵を閉めて、軽い駆け足で駅へと向かった。
また戦争映画のテーマソングを口ずさみながら、両腕を差し出して走る。これ、自動小銃を握っているつもり。曲がり角にぶつかる度、壁に背を当てて進行方向を確認する。これはスパイ映画の影響だな。中二病万歳。
今はクリスマスも正月も過ぎて、一月の末だ。にも拘らず、街中は未だにイルミネーションで彩られている。戦場には不似合いだな。いや、それこそ『戦場のクリスマス』ってやつだろうか。
「ふっ……」
俺は一息ついて、駅前通りに顔を出した。敵影なし。いや、仮にこんな時間に歩行者や自動車があったとして、それが敵だなんて思わないけれど。十八歳にもなって、全く何をやっているんだか。
と、自分に呆れつつも、やはりミリフェスに対する想いは募るばかりだ。早く最新のモデルガンに触れてみたい。撃ってみたい。あわよくばサバゲーをしたい。
そう思えば、自分に呆れていた気分がだんだんと期待に変わっていくのが感じられた。ま、いいか。今日くらいこんな痛々しい挙動を取っていたとしても。
痛々しいと言えば――。
「親父、今頃何してんのかな」
白い息と共に、俺は言葉を紡いだ。俺の両親は、俺が幼い頃に離婚している。お袋からはよく手紙を貰うが、肝心の俺の引き取り手だった親父はうんともすんとも言わない。
電子機器の開発で、それなりの地位にいることは知っている。だが、それが具体的に何の研究なのかはサッパリだ。仮に説明されたとしても、ちんぷんかんぷんのままだろうが。
どうして『痛々しい』という言葉から親父――倉野内滝也のことを連想したのかと言えば、彼もまた痛々しい人間だからだ。が、中二病というわけではない。
自己顕示欲が強すぎるのだ。一度、親父にくっついて学会に行ったことがある。幸いその日行われたのは『国内における研究開発の競争いついて』という討論会だったので、英語がバンバン飛び交うようなことはなかった。俺にも、誰が何を言っているかが分かったということだ。
それが問題だった。特別に親父の隣に着席を許された俺は、親父がいかに利己的で自分勝手なのかを知ってしまったのだ。
親父曰く、『今後の研究は私に一任しろ』だの、『あんたの研究は無意味だ』だの、『これからは私の時代が来る』だのと、聞くに堪えないことばかりをズラズラと並べ立てていた。
幸か不幸か、俺には親父の発言が、頼もしいものではなくデリカシーに欠けるものだという判断ができてしまったので、随分と恥ずかしい思いをさせられたものだ。
「って、一体何を考えてるんだ、俺は……」
俺はパチンと自分の両頬を叩き、駅前通りを見つめた。今の状況に親父は関係ない。ミリフェスで、どれだけ多くの物品に触れられるかが勝負だ。一番乗りをキメるために、こうして真っ暗闇の中を、雪に足を取られながらも歩いてきたのではないか。
俺が改めて一歩を踏み出した、まさに次の瞬間。
キュルルルッ、という鋭い音が響き渡った。さっと振り返ると、そこには車体側面をこちらに向けて横滑りしてくるスポーツカーが。
「ッ!?」
氷雪にタイヤを取られたのか、などと思う余裕など、その時にはなかった。とにかく回避しなければ。慌てて後ろに跳びすさったが、身体の動きが緩慢だ。恐怖で脳からの信号が届かなくなったのか。
すると、スポーツカーが空を切るように車体後部を振った。よりにもよって、俺のいる方に。その直後、ドン、と鈍い音がして、俺は悲鳴を上げる間もなく突き飛ばされた。
最後に視界に入ったのは、チカチカと輝く一面の光点。それがイルミネーションなのか頭部損傷によるお星様の現出なのか、俺には判断できなかった。
ああ、そうか。こうやって俺は死ぬのか。何故か恐怖心は湧かなかった。きっと、その程度の人生しか送ってこなかったということなのだろう。一度宙を舞った俺の身体は、地面に叩きつけられ、転がってガードレールにぶつかって止まる――と思った。
しかし、身体に伝わってきたのは、鈍い痛みや麻痺する感覚ではない。
スポーツカーに突き飛ばされたまではいい。だが、身体が地面に着かない。いや、落ちてはいるのだが、『落下し続けて』いるのだ。先ほどからぎゅっとつむっていた瞳を開けてみる。そして、愕然とした。
俺は、大空から地面に向かって落下していたのだ。
「なっ、なんだ!? なんだなんだ!?」
狼狽した俺は、取り敢えず喚いてみる。だが、それで減速するわけがない。
「ちょっ、待てよ、なんだこれ!?」
俺はスカイダイビングをするように、両手両足を突っ張って背中を上に、腹部を下にして地面に吸い込まれていく。しかし、その先にあるのはただの地面ではなかった。
「……!?」
戦争だ。戦争が起こっている。弓矢や投石、剣で戦っている連中もいれば、銃器や爆弾を使っている連中、さらにはキラキラ光る何か――魔法弾、とでも言えばいいのか――で敵を跳ね飛ばしている連中もいる。
激戦が展開される地面に向かい、俺はなんの対抗術も持たずに、大の字でぐんぐん落ちていく。
「なんだよ、結局死ぬんじゃねえかあああああああ!!」
落下してくる俺に気づいたのか、数名の戦闘員(?)がこちらを見上げてくる。彼らは手を止め、引き下がっていく。それはだんだん他の戦闘員たちにも広がり、ちょうど俺が落着するであろうところに大きなスペースが空いた。
俺が再び目をつむった直後、ドオン、と凄まじい音を立てて、俺は落っこちた。
「……うげ……」
鈍いが軽い痛みが額に走る。口に土砂が入ってしまって不快だ。あれ? ということは、俺はまだ生きているのか?
「よいしょ、っと……」
めり込んだ四肢を胴体で引っ張り上げるようにして立ち上がる。周りが薄暗かったので視線を上に遣ると、大体三メートルくらいだろうか、地面にめり込んでいた。さらに見上げると、真っ青な空に穏やかな日差しが差してくるのが分かった。
と、その直後。三人の少女が、ひょっこりと顔を出して覗き込んできた。
「あー……。すみません、引っ張り上げてもらえますか?」
ダメ元で訊いてみる。しかし、三人は顔を見合わせた後、一斉に得物を構えた。
一人は弓矢を、一人は自動小銃を、残る一人は魔術的な球体を。
「っておいおいおい! 待ってくれ! 話せば分かる!」
殺気が一段と高まった瞬間、俺は小さく呻きながらその場にうずくまった。
よく分からないが、今度こそ俺はここで殺されてしまう。と、思ったその直後。
カツン、とかキリキリキリ、とかバリリリッ、とかいう音が耳に飛び込んできた。
「うわあああああああ!!」
あまりの激痛に、俺は叫ぶ――覚悟をしていたのだが、何故か痛くはなかった。感覚はあるのだが、痛みに変化する前に消えてしまうのだ。
「な、なんだ!?」
俺が再び立ち上がると、俺を狙っていた三人は武器を下ろし、上を見上げていた。いつの間にか、俺の身体にも上からの光が差してきている。
陽光ではない。それよりも鮮やかだが、優しさをまとった光の筋。それが、ちょうど真上から俺に降りかかっている。
「安心なされよ、異界の者」
どこからともなく声が聞こえる。
「な、こ、ここはどこだ? あ、あんたは誰だ?」
「少し混乱しているようじゃな。少しばかり、眠っていてもらおうか」
すると、急に俺は睡魔に襲われ、全身のバランスを失った。転倒しかけた俺の身体は、暖かい気配に包まれる。
「皆の衆! 今日のところ、戦いはここまでじゃ。しばし矛を収めよ!」
年齢を感じさせる、しかししわがれることのない声。それが、俺の耳に入った最後の言葉だった。
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