第31話【エピローグ】

「全く、無茶をするもんじゃのう」

「そうかい?」

「うむ」

「だってああしろこうしろ、って言ってたら止まんなくなっちゃってさ。それでも親父が用件を飲んでくれたんだから、結果オーライじゃねえか」


 俺はみかんの皮を剥きながら、ごろりと身体を神様の方へ向けた。

 ここは神様の居住区、いわゆる天界だ。掘りごたつやらテレビやらは、相変わらず配置されている。


「なあ神様、現在のところ争いは?」

「ちょい待ち」


 すると神様は、僧侶のように両の掌を合わせてゆっくりと瞳を閉じた。

 数秒ほどの後、『うむ!』と唸るのを聞いて、俺はすかさず身を起こした。


「どうだった!?」

「武闘派の若いのと機甲派の喧嘩っ早いのが腕相撲をしとるな。レフェリーは魔術派のオーラが務めておる」

「なんだ、腕相撲か……」


 ふう、と息をついて俺はまた身を横たえた。


「決闘でも始めたのかと思ったぜ」

「そんな険悪なムードではないようじゃのう。問題なかろう」


 今の俺は、現実世界ではヘッドギアを被っている状態だ。場所は日本の俺の部屋。異世界に飛び込むための設備一式と、その異世界を構成している大型のスパコンが低い唸りを上げている――はず。


「本当にとんでもない規模の輸送になったんじゃぞ? まずは研究所から出て、警備員たちを黙らせて」

「まあ、親父が責任者だしな。あいつを人質に取ってりゃどうにかなるだろ」

「日本までの空輸と、このアパートまでの陸路を行く算段をつけて」

「うん、確かに無茶をしたな」


 俺は全く意に介さない態度で、こたつに足を突っ込んだ。しかし、親父については思うところがないわけではない。


 勝手に被験者にされたのは、確かに腹立たしい。思いっきりぶん殴った今でも。だが、親父も人生の伴侶、つまり俺のお袋を失って、どうにか現実から脱したいという気持ちもあったのかもしれない。ヴァーチャル・リアリティの世界の構築は親父の悲願だったのだ、と言われても、驚くには値しない。


 まあ、元の生活には戻れたわけだし、異論はない、か。


 と、俺が寝返りを打った時、神様が再び俺を呼び立てた。


「トウヤよ」

「どした? 今度は指相撲でも始めたか?」

「そんなことはもうよい。おぬしのパソコンに、Skypeの通話が入っておるようじゃのう」

「Skype? 一体誰が――」


 そう言いかけて、俺ははっと息を飲んだ。と同時に立ち上がる。


「も、もしかして、メアリーか!?」

「さあ? それは自分で確かめてもらった方がいいのう」


 メアリーというのは――俺の彼女だ。フランスで、麻薬に手を染めたという冤罪を被せられた女子大生。俺の次に、ヴァーチャル・リアリティの被験者にさせられるはずだった女性だ。つまり、間接的にとはいえ、俺は親父の魔手から彼女を救ったことになる。そこに惚れ込まれたらしい。

 まさか今回の事件で、リアルに彼女ができるとは思ってもみなかった。今は互いに、拙い英語で会話している。


「お、おい神様! 俺を早く現実世界に戻してくれ!」

「なんじゃ、騒がしいのう。だが、そう簡単にはいかんようじゃな」

「なんで? どうして、って、ぐっ! ぎえっ! うぐぐぐ……」


 俺は背後から忍び寄った人物に、ヘッドロックをかけられていた。


「私というものがありながら、なにを血迷っているのかな? ト・ウ・ヤ・くん?」

「サ、サン……」


 いつの間に天界にやって来たんだ? 全く、神様も意地の悪いことをする。

 するとほぼ同時に、俺の名前が連呼された。


「トウヤさん!」

「トウヤ、トウヤ!」

「エミ、オーラ、お前らまで……」


 最初は援軍かと思ったが、まさかこいつらとは。事態が余計ややこしくなる。

 わけのわからないことを喚き散らされ、俺は頭部をサンに、右腕をエミに、左腕をオーラに捕らわれることになった。


「ほっほ! 気に入られとるのう、トウヤ!」

「わ、笑ってないで解放させてくれーーーっ!!」


 引きこもりではなくなったけれど、俺が異世界に頼り、頼られるニートな日々は、もう少し続けられることになったらしい。


THE END

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ミリオタ最硬防御戦記【旧】 岩井喬 @i1g37310

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