1-7 ”ああ、言ってやるよ俺がそうした理由を! ……いいえ。言います、僕がそうした理由を!”
「うぇーい。今度こそおめでとー龍馬ちん!」
「待ってください都城先輩。まだ解決していませんよ?」
「ん?」
シンバルを叩くおサルのおもちゃみたいに拍手する都城先輩を空宮さんが割って入る。
「そうですね。まだわかっていないことが一つあります」
同時に、悩みながら自分の顎を触る白峰先輩。ある一つの疑問が脳内に残っているらしい。まあそれが何か、僕にはわかる。僕史上最大の禁忌だけれど。
ああ帰りたい。あの温もりの生家へ今すぐに舞い戻りたい。
帰宅権すら奪われている僕は、座りながらもいついかなる時も帰れるように学校かばんを肩にかける。覇王になったはずなのに、この絶大なる権力差はなんだろう。
「なぜ一堂君はそんなことをしたのですか?」
「あっ確かに! オレもそれ気になる!」
白峰先輩の核心の質問が飛んできた。女子にしては革新的な一人称をお持ちの都城先輩も期待の眼差しで僕を見る。そしてそれを確信していた僕はやっぱり背筋を震わせる。
彼女たちの視線のレーザービームがただただ僕を襲撃する。
そんな放課後の学園治安部で僕は先ほどよりもピンチな、いや、人生で最大のピンチを迎えてしまった。
「そっ、それはだな……」
また僕は言い訳を探す。しかし今回はすぐに見つかった。
覇王の権限を使ってしまえばいいんだ。覇王は東皇四天より上。日本社会で言うところの『直属の上司』ってやつだ! 俺だって一応は次席なんだ。あの東皇四天にだって勝てるかもしれない。
「それはできない。……ちなみにこれは命令だ」
成功者の脚組み。上から見下す優越感。鳴動せよ僕のテノール。
うおー、僕超かっちょいいぃぃっ! 言ってやったぞ東皇四天!
王華院さんが帰りリアルで殺される心配がなくなった今、満面どや顔の僕の態度はかなりでかい。おかげでこの僕も重低音イケメンボイスを繰り出すことができた。
「勘違いをなさっているようですが、それもできません」
「ウェ⁉ どうして! 覇王なのに!」
「覇王に権利はねえんだなー。義務ならあるけど」
「龍馬君、さっきのを動画に撮っておいたのでアップしてもいい?」
「だめだめすぐ消して!」
「ええ、せっかく面白かったのに……残念」
空宮さんが気落ちしながら動画を消す。初めて違う表情を見た気がするんだけど……。
「えっとあの義務、とは?」
「監視する義務だな」
「は?」
覇王の仕事ってそれだけ? そんなの動物園の飼育員と変わらなくないか?
「監視っていったい何を……ってまさか」
僕は白峰先輩の机上に置いてある『覇王のお仕事マニュアル』を手に取る。タイトルロゴがチャーミングってのが気になるけど……。
僕は勢いよくそれを開いた。
するとそこに書いてあるのは習字筆で書かれた六文字だった。なんと簡潔。シンプルイズベストってやつかな? それとも紙の無駄遣いをなくそうというエコキャンペーンなのかな?
そんな事情、僕は知る由もない。
「東皇四天の監視……」
ペラ、とその紙をめくる。しかし次のページは存在していないどころか、その紙の裏にすら何も書いていなかった。まっしろ。
どうりで最初薄いと思ったんだ! こんなの覇王じゃないじゃないか! 動物園の飼育員連れてくればいいじゃないか!
決して飼育員さんを侮辱しているだとか馬鹿にしている、なんてことはない。むしろ飼育員さんを連れてきてほしい。飼育甲斐があるだろう、きっと。
「なんだこれは!」
僕はファイルを目いっぱい開いて東皇四天の皆様に見せる。
「そのままです。よって一堂君には私たちへの命令権はありません」
「そんな……」
白峰先輩が僕の勇猛を完璧に断ち斬り、証明終了。
対して斬られた僕はただ黙り込むしかなかった。
「で、なんであんなことしたんだよー。ぷっ、思い出すだけで……くっくっ」
笑いをこらえるため、自分の膝を叩きまくる都城先輩。はいはい涙流せるくらい面白いなんてよっぽど僕のギャグセンスがあったんですねすごいすごーい。
しかしこれからどうしようか。覇王になってしまった以上、もう逃げられない。そんなことをしたら王華院さんの代理の都城先輩に何かされるかもしれない。というより逃げたところで王華院さんに翌日殺されるけどね、それはもう確実に。
僕の『いつも通り』を打ち明けるのはほぼ決まったと言っていい。だってここで言わなかったら翌日学園で、『一堂龍馬の一人ショートコント』を流されて爆笑をかっさらってしまうだろう。とても悪い意味で。
ただ、この禁忌を打ち明けるには何かもっと僕に好都合になるような条件が欲しい。何か僕にとって有益なこと――なんだろう?
「それを話すにはもう少し俺にとって有益な条件を出してほしい。いきなり連れてこられて、は、恥ずかしい動画見せられて? 覇王に仕立て上げられたんだ。それくらい考えてくれてもいいんじゃないか?」
中盤の文句は完全に悪い原因は僕なのだが……、今はいい。
そして「はっ」と一笑。ついでにさっきから平然と先輩にため口を聞いている僕に、僕は感動した。
「そうですね。少しいいですか?」
白峰先輩はそう言うと東皇四天のお二人を手招きする。すると何やら小声で会話し始めた。当然僕にはか細い息使いしか聞こえてこない。
一応、言ってみるものだね。
数秒後、話し終えた彼女たちは最後に儀式的なグーサインすると、また元に戻って僕を見る。
「それで何か思い浮かんだか?」
「一ヶ月でいいですよ」
躊躇う間もなく、代表として白峰先輩が条件を差し出した。
かなり割り切ったな、東皇四天は。あんなに覇王探しに執念を燃やしていたのに……。いや、僕にとっては予想外の結末でびっくりするくらいうれしいんだけど。でも心の中で「東皇四天可哀そう」と思ってしまった自分がいた。
「何か裏がありそうだが……?」
「ありませんよ。私たちは東皇四天です。嘘をつくようなことはしません」
「……ああ。それで吞もう」
人をイジメ抜くのと、罠にはめることはしていたけどな!
「あ、でも理由が面白くなかったら期間は伸びていくけどね!」
「おいおい綾芽ちん、ハードル上げるなよ」
これも作戦のうちなのか、ただの空宮さんの思い付きなのかは知らない。――が! 悲しいがこの秘密はそんな低いハードルを余裕で飛び越えられる自信がある。
男にはやらなきゃいけない時がある。約束は守らないといけない。
それが今この時だ!
「ああ、言ってやるよ俺がそうした理由を! ……いいえ。言います、僕がそうした理由を!」
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