5章 覇王に危機が襲い掛かる。
5-1 ”そんなことやってたら整形外科クリニックの診察時間が終わってしまう”
ゴールデンウィーク明けの翌日の朝、僕はいつもどおり『俺モード』で登校した。
「なんだこれ」
憂鬱な気分になりながら下駄箱を開けると一枚の紙切れが入っていた。それはラブレターだなんて大層なものではないし、もしそうだとしてもそれは入れ間違いだ。
『放課後、多目的室にて』
喧嘩の申込書だった。字体は部活動紹介の時に投げられた時の物と同じもの。
僕はむしゃくしゃして、それをぐしゃぐしゃに丸めて床に叩きつけた。なんで僕は苛立ったんだ? 部室を荒らされたから? 脅迫文の送り主にむかついたから? それとも、東皇四天との関係が崩れてしまうと思ったから?
周辺にいた人たちは突然怒りを露わにした僕の姿を見て驚き、たちまち噂話を開催する。
僕はそれを振り切って一目散に自分の教室へと向かって行った。筋肉痛なんてどこかに飛んで行ってしまった。
誰がやったのかなんて見当がついている。学園一の荒くれものに手紙を差し出せるほど勇気がある人。僕に恨みがある人。そして僕の知っている男子生徒。
そんな人、僕の脳内には一人しかいない。
*
「気を付けー、礼」
「「ありがとうございました」」
今日もクラス会議で少し授業が長引いてしまった。
いつもどおりクラスメイトの声が聞き終わる前に、僕はずけずけと教室を出る。
「あ、こっちじゃないんだった」
最近の僕はいつも学園治安部に行っていたもんだから、すっかりと体が慣れてしまっていた。
そうだったよ。僕もう行けないんだ。
僕は足を真後ろにくるりと方向転換して、多目的室がある棟へと急ぐ。
猛ダッシュで階段を上り、廊下を駆け抜けた。
多目的室は教員棟の三階にある教室で、普段は使われていない。多目的とは言っても使い道がないからね。言うなれば、『誰からも見つかりにくい部屋』ということだ。だからあの人はこの教室を選んだのだろう。
「はあはあ……」
多目的室に着いた途端、僕は息を切らす。特訓の成果でちょっとだけ長く走れたが、この教室は廊下の一番奥という学園治安部並みの悪質物件。遠すぎる。もう体力の限界だ。
扉の向こうにはけんか腰の男子がいる。勝負は見え見えだ。
そう考えただけで逃げ出したくなるのが僕の弱いところ。
でも――でも、今だけはそんな僕に勇気が欲しい。
よし! 一堂龍馬、男になれ!
僕は自分自身を鼓舞して、扉に手をかけた。
「おう、待ちわびたよ覇王様」
勇気にすべてを任せて扉を開くとそこには、一人の男子生徒が椅子の上で足を組みながら座っていた。そしてそれを取り囲む五人の男子。
まじですか。計六人から殴ったり蹴ったりされるんですか。僕の体大丈夫かな。
僕が教室へと入った瞬間に睨みつけられた。それを見て僕は思わずたじろぐが、すぐに態勢を整える。
「やっぱりお前だったんだな、音切征治。そんなにあや――空宮に振られたことを根に持ってるのか?」
音切征治。ざっと説明してしまうと『覇王に僕が選ばれたのが不服で、綾芽さんに告白してしまった生徒』で、同じく一年生。ちょっと違うような気もするけど、まあいいや。
僕は毎度のようにポケットに手を突っ込んで、音切君になめた態度をとる。大丈夫、声は震えてない。
「うるせえっ! もちろんそれもあるが、一番はお前だ、一堂龍馬!」
音切君の顔が一瞬赤くなるが、すぐに元通りのヤンキースタイルになる。
このセリフを第三者から見ると告白シーンに見えてしまうが、全く違う。これは音切君の『怒っていること』の発表なのだ。
ということは、音切君は綾芽さんに振られたからあんなことをしたのではなく、僕が覇王になったことに対して怒っている。よかった、正当な理由で。
もし前者が一番の理由だとしたら僕はここに来ることはなかっただろう。
「じゃあお前が俺に勝ったら俺は覇王をやめてやるよ。でも覇王を譲るのは無理だ。それは東皇四天が決めることだからな」
「けど勝ったら実質俺が覇王ってことじゃねーか」
白い歯を見せながら口が裂けそうになるくらい笑う音切君。
音切君は勘違いしている。覇王は武力の高さでなれるものじゃない。一番下っ端の覇王は雑用スキルがレベルマックスかつ東皇四天全員のお世話が出来なければ務まらないブラック形態なのだ。つまり平社員。イコール君はそんな部室で干されることになるだろう。いろんな意味でね。
「……じゃあ行くぞ」
僕は早速『楽勝』みたいな調子に乗った顔をしながら音切君を見つめる。余興は全くなしだ。そんなことやってたら整形外科クリニックの診察時間が終わってしまう。その前にさっさと決着をつけてしまおう、という算段だ。
「ちょっと待て。六対一では俺が勝っても拍が付かない」
「確かにな」
「そうだな。……お前らは外の警備でもやってろ」
そう音切君が言うと、五人の男子生徒は「はい」と言って全員外の廊下へと出払ってしまった。なんとも男らしい。本来の意味での覇王だったら全然君の方がお似合いだ。
「よし、いつでもいいぜ。かかって来い」
音切君もやる気だ。ボクシングの構えを見せる。うわぁジャブが早い。早くて目が追い付かない。
作戦はこうだ。『殴られる負ける覇王陥落する』。ざっとまとめればこんな感じになる。東皇四天の誰も傷つかない最もオーソドックスな幸せルート。……うん。僕だけがダメージを負うけどね、でもこれは前提だ。
ここで僕が負ければ覇王の座は陥落する。そして僕が覇王から退けばもう東皇四天が害を被ることは確実にない。二度とこんなことは起こらない。
そう。僕だけが消えれば万事解決ってことだね! うん。
「……おらぁァァァァッ!」
殴る構えをすること自体が初めてなので、そのあたりの作法とかは知らない。とりあえず拳に力を全力で注いで、僕は音切君に殴りかかってみた。
するとこの世界はスローモーションのセカイへと変貌を遂げる。あー、走馬灯ですか。早速死亡フラグの走馬灯ですか。
しかしいつまで経っても過去のことが映像化されない。……どうやら違ったみたいで。
僕の腕が音切君にさしあたるところ、すでに彼は僕の右手のへにょへにょパンチを避ける態勢に入っていた。そしてそれと同時に彼の右腕が僕の腹の方へと向かってくる。
流石ガチヤンキー。喧嘩慣れというやつなのか、動きが早すぎる。こんなの僕が格闘ゲームの最強キャラを使っても倒せない自信がある。
ああ、終わったな僕の覇王生活。いいや、学園生活。
僕は目をつぶってひたすらお腹に神経を集中させる。
――だがしかし待てど待てど彼の拳は僕に入ってこなかった。あれ?
薄目で音切君を見てみた。その音切君はというと、『何があったの』と聞きたいくらいのびっくり顔。いや、なんでよ。殴る前に変顔しないといけないルールなんて僕知らないよ。
そんなことを思っていたら今度は僕のへにょへにょパンチが手でキャッチされていた。音切君すごいな、と思って彼を見たら、彼の手は違うところにあった。
だとしたら一体これは何? 音切君はヤンキーだから手が三本あるの? まさかね。
すると黒い布がにょきっと僕の視野に入る。どうやら音切君はこれに驚いているらしい。
なんだこれ? そう思った瞬間、この世界は通常の時間の流れに戻った。
現在僕の手が何者かに掴まれ、音切君が僕の目の前にある黒い布に驚いている状況だ。全く意味が分からない。
音切君も僕と同じようにこの摩訶不思議な現象にただただ驚いているようだった。氷漬けにされたみたいにかちんこちんに固まっている。
「校内で暴力事件とは。男になったねえ、龍馬ちん。師匠としてはこの上なく嬉しいぜ。……でも東皇四天としては、見過ごすことはできねーな」
黒い布が急に言葉を話し始めた。ん? 待てよ。その口調は……、
「し、師匠⁉」
僕と音切君の間に、師匠がいた。
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