4-8 ”カタストロフィは突然、僕たちに襲いかかる。”
部室棟三階の廊下では、四つの足音と四つのスーツケースが滑る音がする。
「なんとか日が暮れる前に帰ってこれたなー」
「なぜ学園に帰ってきたんですか?」
「だってゲーム機とか部室から持ってきたものだし」
学園治安部って暇なのかな。まあ僕が過ごしてきた中では『超』が付くほどの暇っぷりだったけども。
「じゃあ師匠一人で来ればよかったじゃないですか。僕部室からは何も持ってきてませんし、多分師匠だけですよ?」
僕がそう言うとそれに賛同するように周りの三人も相槌を打った。
そしてそれに反抗するように、
「がっ、学園にこの格好でスーツケース持って入ったら変な人だと思われるだろうが!」
「いや、変な人だと思われる人が複数人になっただけだと……」
師匠が猛虎みたく騒ぎ、吠えた。僕は小声で文句を口に出す。
確かに師匠は学帽学ラン胸さらしだから相当ヤバい人だと思われてしまうけど、だったら着替えればいい話で。
「なんか文句あるのかおい!」
師匠の威圧。純恋さんと違って背も低いので全く怖くない。今のを純恋さんがやっていたら僕は思わずちびるだろう。うん、汚いね。
「ないですってないですから」
「杏。後輩いびりは良くないですよ」
「うぐっ」
鈴蘭先輩が師匠の後ろから耳元で囁く。それにたじろぐ師匠。
師匠は鈴蘭先輩だけには勝てないようだ。黙り込んでそっぽを向いている。
それにしてもこの学園は学生証さえあれば日曜でも長期休暇でも入れるのか。夜以外はいつでも来て勉強していいよ、という狙いなのはいいが、旅行帰りの生徒をよく通したな。普通止めるでしょ。
ゴールデンウィークなので部室棟には僕たちしかいない。いつもの風景なのになぜか不思議だ。
「それで、歓迎旅行はどうでした一堂君?」
「あ、はい。楽しかったです」
「ならよかったです」
「筋肉痛で体がもげ散りそうですけど」
ついでに僕はそう付け足した。実際のところ歩くのもつらい。今日の朝からコンパスみたいなぎこちない動き方になってしまっている。
「そんなグロいこと言うなよ」
対する師匠の歩きは平常通りの滑らかだ。特訓を重ねていればそうならないのかもしれないけど、幾年月も運動をしてないと筋肉がすぐに限界突破を迎えてしまう。
これだからニート筋肉は困っちゃうね。僕のせいだけど。
「でもまさかパーティー中に二人が倒れるなんて、びっくりしちゃった」
今度は綾芽さんが先頭を歩く僕と師匠の間に入った。
師匠と麦茶を一気飲みした後、僕らは見事に倒れた。すぐにこっちの世界に戻ったけども。
確かに喉を焼き尽くすような地獄味の麦茶を飲んだら誰もがそうなるだろう。辛めのジンジャーエールよりも遥かに濃度が高かったからね。ちなみに飲んだのは麦茶です。
「ははは、特訓で体が疲れてたのかもなははは」
師匠が何やら回想して体を震わせた。完全にトラウマになりましたねこれは。
「そうだったんですか。麦茶を飲んだ後に倒れてしまったので、てっきり私のせいだと思ってました。ふふっ」
「ななななわけないじゃないか! 綾芽さんが作る紅茶は格別においしいよ!」
「だよねー。でもなんで紅茶の話?」
「どわわわわ――」
口が滑ってしまった。というより綾芽さんに核心を突かれて思わず喉から出てしまった。
僕が救助ボートを要請しようと他の三人の目を見ると、皆が明後日の方向を見ていた。自分の踏んだ地雷は自分で回収しろ、みたいな雰囲気が漂いまくっている。その中でも純恋さんは笑いをこらえていた。僕がそれをじろりと見ているとすぐに気づき、息を整えてクールさんに戻る。どこまでも僕のことが嫌いだなあ。
「まあいいや、別にこうやって帰ってこれたわけだし」
「ウ、ウン。ソウダネ」
僕は片言になってしまった。決して来日三年目くらいの外国人の物まねをやってみたわけじゃない。
そんなやり取りをしていたら、いつのまにか学園治安部と書かれた教室の目の前にいた。
「ありゃ、鍵が壊れてんな。いつ壊したっけ」
鍵を差し込もうとした師匠が異変に気付いた。
「どうしたんです?」
「いや、鍵を開けようとしたんだけどよ。ほら、ものの見事に壊れちまってんだ」
「ああ、本当だ」
鍵穴――キーシリンダーの部分がなくなっていた。
まるで意図的に鍵を壊されたように……、
「まさか!」
とある日の出来事を思い出した。まさか、まさか本当のことだったなんて!
僕は扉を思いっきり開ける。でもそこは、やはりそこは――いつもの部室ではなく、退廃した終末世界に変貌を遂げていた。
「は……」
「どうした……ってこりゃあひでぇな」
師匠を皮切りに、他の三人も顔を出す。しかし誰一人驚くこともなく、平然と部室へと入っていった。
ただ僕は、扉の前で時間が制止したみたいに固まっているばかりだ。
「僕のせいだ」
「貴様が覇王だからといってこれとは関係ないだろう」
純恋さんが僕を初めてフォローしてくれた。でも今は何の感情も浮かんでこない。浮かぶわけがない。
違うんだ純恋さん。僕のせいで、皆の部室が。僕がよく思われていないせいで、皆が。
「……」
「そーだなー。よし今日は帰ろう。んで明日皆で片づけよう」
「「わかりました」」
師匠は僕を見かねたのか、手をぱちんと叩くとそう言った。
でもそれは、僕の導火線に火をつけただけでしかなく。
「なんでそんなに平気でいられるんですか!」
僕の感情が最高潮に達して、噴き出す。
その言葉は僕らしかいない部室棟の隅々を駆け巡る。
「まあ、オレらは恨まれる仕事だからな」
しばらくして、師匠が落ち着いて呟く。
「だからっ――」
一度言おうか迷った言葉が、胸の奥から制御を外せなくて、はじけ飛ぶ。
「…………もう部活には行かないかもしれません」
僕はそう告げると、部室を飛び出した。
「龍馬君!」
決して東皇四天に嫌気がさして飛び出したわけじゃない。そんなわけがない。むしろその逆の感情が働いたと言ってもいいだろう。
もう二度と迷惑をかけたくないから、飛び出したんだ。
カタストロフィは突然、僕たちに襲いかかる。(四章終)
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