4-7 ”さんずのかわのじゅうにん”
女子の部屋では僕の歓迎パーティーが開催されていた。当然僕もそこに招待される。
「龍馬ちんの覇王就任を祝ってー、かんぱーい!」
「「かんぱーい」」
師匠が乾杯の音頭をとる。それに合わせる僕と東皇四天の他の三人。
僕の部屋の机は一人用と言うこともあり小っちゃい卓袱台だったが、女子の複数人部屋には立派な座卓が一つ置かれていた。
そんな座卓の上にはしゃぶしゃぶだの刺身だの、如何にも旅館と言った料理が連なっている。
「すごいですね、僕刺身好きなんですよ。……すいません王華院さん、そこにある醤油取って――はっ!」
自分の近くに醤油がなかったため王華院さんに取ってもらおうと思った僕だが、さっそく地雷みたいな何かを踏んづけてしまったらしい。
まるで狼が獲物を見るような眼力の、レーザービームが僕の瞳に一直線。
「純恋さん……そこにある醤油取ってくれない?」
「ああいいだろう」
僕がしっかり言い直すと、おう――純恋さんは醤油を渡してくれた。
そしてその反応を聞いていた東皇四天の三天さんが驚いたような顔をしている。やっぱりね、と言った感じだけど。
「急にどうしたのです、純恋さん?」
「いつもだったら『ちっ』って言って、その後龍馬君を散々侮蔑してたのに……!」
そんなことしてたんですか純恋さん。
僕が視線を合わせようとすると純恋さんはプイと顔をそらした。
「ははーん。さてはさっき何かあったな? どーりで二人ともいねーと思ったんだよ」
謎の探偵をそれはもうへたくそに演じる師匠。当たってはいるけれど物まねが下手過ぎて話に入れない。
「……そうですね。たくさん話しました。ね、純恋さん?」
「ああそうだな。しかし特に何もない」
相変わらず短文が僕の精神をえぐってくる。これは変わらないんだね。
「じゃあなんで純恋ちゃんの耳は赤くなってるの?」
「ひゃぁっ! こ、これはその……」
綾芽さんが純恋さんの耳を引っ張った。それと同時に純恋さんの口からこぼれ出る甲高い声。……確かに見れば耳が赤い。
そのまま純恋さんはしょげたように黙り込んでしまった。
「すげーな龍馬ちん、こんなに早く純恋ちんと話せるようになるなんて……。オレでさえ最近のことなのに」
よくわからないけれど師匠に褒められた。それにしても攻略の難しいボスモンスターみたいな言い方しないであげてください。
「これからも純恋ちゃんをよろしくね」
なぜか純恋さんのお母さん役として登場してくる綾芽さん。
「って言っても僕あと一週間くらいで辞任なんですけどね、覇王」
「時が経つのは非常に早いですね」
鈴蘭先輩の表情がほころんだ。結局この人の『変わったところ』だけはわからなかったなあ。……わからない方が幸せだとは思うけど、そう教えられると気になってしまうものだ。
「そうですねー」
僕はそう言いながらヘラヘラと笑う。いや、笑ってみせた。
もう少し「残念」的な言葉を言ってくれるのかと思ったけれど……、彼女たちからしたら僕はただの通過地点なのかもしれない。それがただ虚しかった。心の中の僕がうなだれる。
「でもあと一週間で龍馬ちんはノルマ達成ってことじゃねーか。よかったな一か月限定覇王。よーし、そうだ! 前祝いをしよう! 綾芽ちん、龍馬ちんのコップにお茶を注いでやれ!」
そうやって師匠は場を盛り上げると僕の肩をたたいた。そして皆には見えないようにニンマリと笑顔になる。くそ! 師匠にハメられた!
「あの師匠。まさか部室外でも綾芽さんの能力って使えるんですか? ……まさか違いますよね。部室には紅茶を不味くしてしまう魔物が住んでるんですよね? そうと言ってください!」
「いえすっ!」
僕が小声でささやくと、師匠が舌をペロリと見せる。その肯定は『魔物が住み着いていること』ではなく、『綾芽さんの特殊能力が部室以外でも発揮されること』の方だ。
なぜ前祝いで毒薬を飲まなければいけないのか、僕には到底理解できない。
「はい! ささ、龍馬君。コップを貸して?」
「…………はひ」
僕は従うしかなかった。こんな場面で断ってしまっては、この楽しい雰囲気がぶち壊しになってしまうに決まっている。
コポコポと薄い麦茶の皮をかぶった何かが注がれていく。ちなみにこの『麦茶』のルビは『さんずのかわのじゅうにん』と読む。
「はいどうぞ」
綾芽さんが屈託のない笑顔で麦茶を僕に渡した。
師匠が僕を見ていた。ここまで来て師匠に何かされるとは想定外だ。よし、こちらからも何かしかけてみよう。
「あーっと、綾芽さん?」
「何、龍馬君?」
「今日師匠ね、あんなに特訓して疲れたのに水を全く飲んでいないんだ――」
「お、おいやめろ!」
師匠が座卓に身を乗り出して僕を止める。当然の反応だ、人間ならば。
ちなみにこの話は本当だ。せっかくペットボトルを五本も持ってきたのに、クマに遭遇した時逃げるおとりとして使ってしまったのだ。
「それは大変だね」
「――でさ、師匠にも注いであげて欲しいんだ。きっと喜ぶと思うよ」
「待て待て待て待ってくれ! 水なら大丈夫だ、ほら、あれ、温泉のお湯沢山飲んできたから!」
「汚っ!」
咄嗟に考えた言い訳が女子の言うセリフではないくらいの問題発言だ。もはや人間の言うセリフでもないと思う。
そんなひと悶着の間に、師匠のコップに『さんずのかわのじゅうにん』が注がれた。そして師匠の息が一瞬止まった。
ごくり。僕と師匠は目を合わせる。
「し、師匠。ここは二人で一気にいきませんか?(一気に逝きませんか?)」
「そ、そうだな弟子よ。行くときは一緒だ!(逝くときは一緒だ!)」
だからなんで師匠とテレパシーができるんだよ。
覇王の僕も、東皇四天の四人も笑っている。僕と師匠のは感情が違うけど。
びっくりなのは、あの純恋さんも笑っているということだ。クスクスと口に手を置いて笑っていた。そんな彼女の笑う姿はやっぱり特別で、当分忘れることはないだろう。
なんでだろうね。捨てたはずの青春だったのに、そんなしょうもないことが楽しくて仕方なかった。
僕はこの時間がいつまでも続いてほしいと思った。
いや、思ってしまったんだ。
「「せーの!」」
突如視点が合わなくなりぼやけ始める。そのまま僕の意識は、遠のいてしまった。
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