5-2 ”一般生徒にあって、東皇四天にないものってなーんだ?”
「し、師匠⁉」
僕と音切君の間に、師匠がいた。
黒い布の正体は師匠の学帽学ランだった。
「学園治安部ただいま参上……ってやつだな」
師匠が視界を僕に向けたその隙を狙って、音切君は後退する。
「おい一堂龍馬! 応援を呼ぶとは卑怯者め!」
「い、いや俺は何も……」
「違うぞ音切ちん。オレはとある生徒の通報を受けて駆け付けたんだ」
僕が突然の出来事に戸惑っていると、師匠が音切君の方を振り返ってそう言った。
「は? こんな辺境の教室に誰が来るってんですか⁉」
「うーんそうだな……龍馬ちんのストーカーとかなら来るんじゃねーか?」
「「ストーカー?」」
音切君も僕も意味の分からない回答に頭を悩ませる。いやいや僕ストーカー被害なら受けてないと思うんですけど。
「違いますから杏さん!」
「ほら、そこに」
教室の外から女性にしては低めの声が飛んできた。師匠が親指で廊下の方を指す。それと同時にヤンキーとエセヤンキーも教室の入口を見る。
僕の知っている声だった。一度覚えたら必ず脳が忘れさせない、そんな声。
「……ちっ違うからな、一堂龍馬! 私はストーカーではないからな! たまに、というか毎日貴様の後をつけていただけだからな!」
教室入口に顔を出したのは純恋さんだった。顔を淡紅色に染め上げて、僕を指さしてそう言った。……でもストーカーの基準値を満遍なく超えていないかそれ?
「で、そのストーカーをしていた純恋ちんが龍馬ちん宛ての決闘申し込み書を見て、オレらに相談に来た、ってわけだ」
「だっ、だからストーカーじゃなくてですね!」
純恋さんが珍しくかわいく怒っている。これぞまさしく正真正銘のギャップ萌えだよ!
「は……? 外にいた五人は何やってんだ!」
平然と純恋さんがいることに疑問を覚えた音切君の怒号が、教室に鳴り響く。
「五人……ああこの雑魚どものことか?」
純恋さんはまたいつものペースに戻ると、廊下から一人の男子生徒の後ろ襟を持って、つき出す。その男子生徒は運のいいことにご臨終ではなかったが、明らかに気絶していた。
「お、おいふざけんじゃねえぞ!」
音切君は声を大にして純恋さんを威嚇するが、その声には動揺が限りなく含有されている。あのヤンキーでもあの王華院純恋にはかなわないようだ。
「でも……そんなことをしたら!」
僕は声を張り上げた。
校内での暴力事件は当たり前だが罰せられる。停学、運が悪ければ退学だ。これも東皇四天に相談しなかった理由の一つだったのに……僕の作戦は大失敗だ。
「なあ龍馬ちん。突然ですがここで問題です」
「は、はい?」
「一般生徒にあって、東皇四天にないものってなーんだ?」
いきなり師匠がなぞなぞクイズを始めた。ただこれは師匠が狂っているんじゃなくて、息抜きでもなくて、多分関係あることなんだと思うけど……。その答えは全くわからない。
「……夢と希望、ですかね」
「龍馬ちん後で『紅茶の刑』な」
僕なりに必死に導いた答えなのに師匠から死刑宣告を受けた。……まあもう戻らないからいいけど。
師匠は続けた。
「ちげーよ。というか東皇四天は夢と希望で溢れかえってんだろ? んな?」
語尾で師匠がごり押ししてきた。夢と希望なんてどこにあったんだ今まで?
お世辞にもそうとは言えないが、一応今は合わせておこう。
「あっはっはーそうですね。……それで答えは?」
「校則だよ」
にやりと笑う師匠。だが僕は同意ができずハテナマークが頭の中を巡りに巡った。
「……え? こうそく?」
生徒には校則があって東皇四天にはないってこと? そんな馬鹿な。
「ああ。だから正直なところオレらは何やってもいいんだ。それで学園の治安が守れるならな」
学校サイドはどれだけ東皇四天に信頼を寄せてるんだ……。人を殴っても何も言われないなんて、今の日本社会にはあるまじき光景だ。
「じゃあ純恋さんのは校則の適応外になるんですか?」
「そうだな」
五人殴って気絶させた。……なんてえげつないんだ。
じゃあ、あれも校則外になるのかな?
「師匠が部室にゲームを持ち込んでいるのも、校則違反ではないってことですか?」
「……そうだな」
それが学園の平和維持と何の因果関係があるのかはわからないけれど、今まで師匠がなぜ学校にゲームや漫画を持ち込んでいるのかやっと理解できた。
「おい一堂龍馬、それは普通に校則違反だ」
純恋さんが忠言してくれた。ってことは師匠は普通に校則違反してるじゃないか。
「……ダメじゃないですか」
僕が視線を合わせようとしても、師匠は顔を横にずらしてそれを見ようとしない。
「ほら、あれだよ学校で銃撃戦があった時のために備えてFPSゲームをだな」
ついに学園治安部の部長が言い訳をし始めた。今の師匠、すごくみっともないなあ。
「師匠FPSゲームやらないじゃないですか」
それならまだ挽回の余地があったのに、師匠は運悪くFPSゲームだけには手を出していない。
「うぐっ」
核心を突かれた師匠は最終的には何も言えず、黙り込んでしまった。
「……おい! 俺を無視してんじゃねぇ!」
後退していた音切君が吠えた。そしてその場にいた全員が思い出したように彼の方を向く。ごめんなさい、音切君のこと今本当に忘れてた。
「あとなんだ一堂のそのしゃべり方は。気持ち悪すぎるんだよ!」
あ……しまった。音切君の存在消去能力が強すぎて敬語を使ってしまった! 恐るべしヤンキーの潜伏力……。
人としては立派な敬語を使ったにもかかわらず悪口を言われた。音切君も先輩には敬語を使っているくせに叱られた。え、なんで?
……ここは何か上手い言い訳をしなくては。僕の現在の設定から考えると……うーん。あ、これだ!
「最近儒学に目覚めちまったんだよ!」
これなら儒学の性質上、一応年上を敬うという設定が盛り込めるけど……そんなヤンキーは全国に何人いるんだ? いやいるわけないだろ! 言う前にもう少し考えればよかった。
ほら、音切君を見てみろ。とんでもない驚き顔をしているじゃないか。
「まさかな……お前も儒教の信仰者だったなんて」
音切君もかよ! いやいやどんな確率で同じ学園内に同じ学年で同じ種族で同じ学問の信仰者が出るんだよ!
「しかしそんな理由で諦めるわけにはいかないんだ。くそ、不利だがやるしかない!」
そう音切君は自分を鼓舞すると、僕らに襲い掛かってきた。きっとこの人は男女平等主義者だ。真のヤンキーは女であっても容赦しないはず。
「やばいですよ師匠。どうするんです……?」
僕は小声で師匠に話しかける。このままでは二人とも殴られてしまうからだ。
その師匠はどんな表情をしているかといえば――焦りとは無縁の、余裕の表情だった。
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