5-3 ”龍馬ちんも罪な女”

「ああそうだな。ここは純恋ちんに任せてみよう」

「その純恋さんは僕たちよりも後ろじゃないですか!」


 現在僕と師匠は音切君と純恋さんに挟まれている状態で、音切君はすでに僕らに襲い掛かってきている。通常であれば僕らはこのまま殴られる。師匠は鍛えているからかわせるかもしれないが、運動神経がないに等しい僕はもろに当たる。


 さっきまではこれでよかったのだが、すでに作戦に失敗している僕に、今はよけること以外の願望はない。


「おいおい、さっき見たオレの能力忘れたのかよ」

「でもそれって自分だけじゃないんですか?」

「まあ龍馬ちんは何もしなくていいからよ、ほれ」


 突如師匠が僕の体に抱き着いてきた。なんだなんだなんだ、虚しい胸が僕にくっついているではないか! ひえええええ!


「うわっ、し、ししょっ――」


 そう言い終える前に、急に何かの圧力を受けて、後ろへとふっ飛ばされた。


 景色がぐにゃりと曲がって、落ち着いてみれば、気づくとそこは教室の入口。そしてやはり隣には純恋さんが立っていた。


「び、びっくりしたあ」


 何がびっくりしたって突如景色が変わったところだけだからね。決して師匠の胸にびっくりしたわけじゃないんだからね!


「おい龍馬ちん。今失礼なこと考えてなかったか?」

「そんなー、何も考えてないですよ。やだなー師匠」


 あっぶな! そうだ僕師匠とテレパシーができるんでした。


 と、とりあえず師匠のおかげで難を逃れたな……。


 追記しておこう。今のは師匠の特殊能力的な何かで、僕はそれを瞬間移動と呼んでいる。実際にはそんな超能力的なものではなく、瞬時に反応できる力のことで、どちらかというと瞬発力といった方が理解しやすい。


 そしてたった今、その能力が発動した。師匠だけではなく、僕にも。


「おらぁっ! ……ってあれ?」


 教室の真ん中で思い切り空気を殴った音切君が間抜けた声を出す。


「はい、あとは純恋ちんの番だぜ」


 師匠が純恋さんの背中をポンと叩いた。


「わかりました。一瞬で片づけてきます」


 拳を握る純恋さん。もう少し黒づくめになれば、その姿は完全にアサシンだ。


 しかし、さすがの純恋さんでも相手はガチヤンキーの音切君。分が悪いかもしれない。


 よし、役立たずな僕も純恋さんを応援しよう!


「頑張ってね純恋さん!」

「……」


 毎度のごとくすぐにそっぽを向いて、無視されてしまった。気に食わなかったのか、そのままゆっくり音切君の方へと向かう。


「龍馬ちんも罪な女だなあ」


 僕と同様、教室の入口に残された師匠が純恋さんを見ながらそう言った。またこのボケか……僕はもう飽き飽きだっていうのにこの人は。


「僕は男ですって! ……て、なんで僕が罪なんです?」


 盛大に突っ込ませていただいたけど、理由もなく咎人になったのは理解不能だ。


「子供にはまだ早い話」

「僕、先輩と一個しか離れてないんですけど……」


 身長の観点から言ってしまえば師匠はまだまだ中学生サイズだ。他にもいろいろと。


 そんなことを話していたら教室の中心はすでにバトルフェイズになっていた。


「先鋒は王華院ってことか、いいぜ。かかってこい。でも容赦はしねーぞ?」


 音切君は余裕の表情を見せる。だがそれは純恋さんも同じ。


「ああ、全力でかかってこい。余談だが一堂龍馬は一瞬だった。それよりは楽しませてくれよ?」

「は? 一堂が一瞬だと? そんなことがあるわけないじゃないか」


 なんでそんなに僕の前評判が高いんだよ。噂を鵜呑みにしすぎだよ音切君。


 音切君は純恋さんが嘘をついていると考えたのか、鼻で笑った。確かに一瞬というよりは不意打ちに近い何かだけど。


「では、こちらから行くぞ」

「苦しまないように一瞬で終わらせてやるよ。………………ぐへぇ⁉」

「え?」


 それはまさに刹那の出来事。僕が瞬きをし終えたころには、純恋さんの必殺必勝ボディーブローが音切君のお腹にめり込んでいた。まだ拳を上げる前だった音切君も何が起きているのかわからないようだ。当然僕にも見えていない。


「……弱い」


 純恋さんがいつぞやの蔑んだ目で見降ろす。


「待て、今、何をした!」


 そのまま腹を押さえて地に落ちる音切君が苦し紛れに言い放った。あまりの速さに何かずるをしたんじゃないかと疑っているようで。


「ボディーブローを普通に打ち込んだだけだが?」


 純恋さんはしれっと返す。あれが普通って……、本気で打ったらどうなるんですか。


「そんなわけ――ゲホゲホっ!」

「動かない方がいいぞ。折れているやもしれん――」


 立ち上がろうとした音切君は、それもできずに小さく丸まって咳をした。


「貴様は私の大事な部下の心に傷を負わせたんだ。それくらいの償いは当然のこと。むしろまだ甘い」


 それは僕のことなのか、綾芽さんのことか、どっちかはわからなかった。でも正直どっちでもいい。純恋さんが仲間思いのいい人、というのがわかっただけで僕は途端に嬉しくなった。


 そしてターンエンドと共に、勝負の決着がついた。


「いやーさすが純恋ちん。仕事が早くて助かるよ」

「いいえ。そんなことないです」


 師匠が拍手をしながら純恋さんを出迎える。勝ったといって驕り高ぶらないのも純恋さんらしい。


「でさー、『大事な部下』って誰の事だよ?」


 わざと僕は触らなかったのに、師匠は気になったことはとことん聞きたいタイプのようで。


「はっ⁉ ……そうです、綾芽です。音切に深く傷つけられたので……」


 純恋さんは一瞬慌てふためくが、すぐに本調子に戻るとそう言った。あー残念。やっぱりそうだったかー、納得だけどね。


「ふーん、まあいいや。じゃあとりあえずオレらの物理攻撃ターンは終わりだな」

「そうですね」

「物理攻撃ターンって。それじゃ今から精神攻撃ターンがあるみたいじゃないですか」


 まったく師匠の言っていることは奇々怪々で意味不明だ。


「よくわかったな龍馬ちん。んじゃあとよろしくなー」


 そう師匠が言うと、純恋さんと一緒に廊下の外へと出てしまった。どうやら僕は正解を当ててしまったらしい。


 それに合わせて僕も後ろへ振りかえる。


「師匠誰に言っているん――⁉」


「ここからは私の出番ですね」

「はろー龍馬君、昨日ぶりだね」



 僕たちの後ろから現れたのは――鈴蘭先輩と綾芽さんだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る