5-4 ”威圧”

「ここからは私の出番ですね」

「はろー龍馬君、昨日ぶりだね」


 僕たちの後ろから現れたのは――鈴蘭先輩と綾芽さんだった。


「いつからそこに⁉」

「ついさっき来たばかりです」


 鈴蘭先輩が淑やかに微笑んだ。


「声かけてくださいよ。びっくりしちゃったじゃないですか」

「いやーびっくりするかなーって」


 胸をなでおろした僕のことを気楽にからかう綾芽さん。


「そっ、空宮さん⁉」


 音切君は愛しの人を見つけると、みぞおちを押さえながら無理をして立とうとする。好きな人に弱いところを見られたくない、その思いが見事なまでに具現している。


 しかしやはりダメージの蓄積は物凄いようで、音切君はすぐに崩れ落ちてしまった。

「それでは行ってきます」


 そう鈴蘭先輩が言うと、綾芽さんと共に音切君が悶えている教室の中心へと歩いていく。


「それじゃあ純恋ちんはそいつらを職員室に持ってってくれ。そうだな、停学五日ほどでいいだろ」

「はい。わかりました」


 純恋さんはそう言うと音切君の下っ端五人の制服の襟を持って、引きずって行ってしまった。ホラーすぎる。


「停学とか勝手に決めちゃっていいんですか?」

「まあ東皇四天だからな」


 学園での権限が強すぎないかこの人たち。それだったらゲーム持ち込みも許してやれないものなのかな。


 僕は目線を純恋さんから音切君へと向ける。


「音切君ですね?」

「ふーふーふー……そうだが?」


 苦しそうに息をする音切君のもとに行き、目線を合わせるためにかがむ鈴蘭先輩。綾芽さんは隣でただ音切君を無表情で見つめるだけだ。


「……なぜ、一堂君に脅迫文を送りつけたのです?」


 鈴蘭先輩の尋問タイムへとフェーズはうつる。師匠は『精神攻撃ターン』と言っていたけれど、一体どんなことをするんだ?


「一堂龍馬が覇王であることに納得していないからです」


 まあそうなるな。さっき音切君も言っていたわけだし。


「だから音切く、音切は俺に決闘を申し込んだんですよ、鈴蘭先輩?」

「それは建前というやつです。もう一度お聞きします。なぜ、一堂君に脅迫文を送り付けたのです?」

「……? 鈴蘭先輩?」


 建前。ということは本音じゃないってこと? でもそれ以外には僕に喧嘩を売る無くないか?


「一堂龍馬が、……覇王に、なった、からだ。……くそっ、なんで!」


 音切君の様子がどうもおかしい。まるで誰かに操られているみたいなセリフじゃないか。


 前もこんなシーンを見た気がする。……そうだ、鈴蘭先輩が問い詰め続けていたらいつの間にか音切君が告白していたんだっけ。


「おお怖えーな、鈴ちん」


 隣で体を震わせる師匠。


「何が怖いんですか?」


「――あ、そうか。龍馬ちんには言ってなかったんだっけな、鈴ちんの『変わっているところ』……」

「え、あれが鈴蘭先輩の変わっているところなんですか? 見ている限りは何もありませんが」


 今起きていることと言えば、鈴蘭先輩が音切君に誘導尋問をしているくらいだ。


「威圧だよ」


 なんだその意味不明な補足説明は。


「イアツ?」

「ああそうだ。何回も同じ質問をすることで相手に本音を言わせる能力、って言えばわかるか?」

「……あの素敵な笑顔の裏側にはそんな怖い能力が秘められてたんですね」


 問い続ける鈴蘭先輩の表情は相変わらずの雲一つない快晴。ポーカーフェイスって怖いなあ。


「女というのは何を考えているのかわからないもんだ。だろ?」

「僕はもうツッコミませんよ」

「ちぇ、つまんねーの」


 僕の冷めた対応に師匠が舌打ちする。


 ん? いや待てよ、じゃあなんであの時は僕に能力を使わなかったんだ?


「あの師匠。覇王になる前に僕って色々な隠し事してたじゃないですか。あの場面で使っていれば僕はそのまま従うことしかできなかったのに、なんで使わなかったんですか?」


「ああ、あの『見えない何かに殴られてたヤツ』か? 今でもたまに見て、笑いまくってストレス解消させてもらってるよ」


 自分で自分の地雷黒歴史を掘り返してしまうとは……恥ずかしい。


「綾芽さん、あの動画消してって言わなかったっけ。いや、言ったよね?」

「スマホからはちゃんと消したよ?」


 鈴蘭先輩の隣にいる、こっちに振りかえって自慢げに笑う綾芽さん。


 パソコンにはデータがあるってことか……、この策士め。


「って、そんなことはどうでもよくてですね!」

「龍馬ちんが言ったんじゃねーか……」


 師匠に冷静にツッコまれてしまった。


「それで、なんで能力を使わなかったんですか?」

「鈴ちんが『威圧』を使うには条件があるんだ」

「条件?」


 なんだそのバトルマンガにありそうな設定。まあこれ自体マンガっぽいけど。


「ああ。本人曰く『怒っている時』にしか発動してくれないんだと」

「じゃあ今鈴蘭先輩は怒っているんですか?」

「そうなるな。多分激おこだ」


 鈴蘭先輩はいつも微笑んでいるせいで怒りの表情がわからなかったけど、笑いながら怒っていたんですね。なにそれ超怖いじゃないですか。


「次で最後にしましょう。なぜ、一堂君に脅迫文を送り付けたのです?」


 いつの間にか精神攻撃ターンは終盤へと差し掛かっていた。


 音切君はもう汗だらだらで疲れ果てている。現状誰が見てもこれは拷問だ。


「うう、そ、それは……ですね」

「よく聞こえませんでした、もう一回お願いします」


 聞き返す鈴蘭先輩。ドSだ。これはまさしくドSだ!


 威圧の対抗策だと考えたのか、喉を必死に押さえている音切君。しかしその努力も虚しく、ついには我慢できずに言い放ってしまった。


「一堂を倒して俺が新覇王になって空宮さんとお話したかったからです!」


 ……。


 ……は? なんだって⁉


「おい音切! お前嘘ついてたのかよ!」

「……」


 地べたに這いつくばる音切君は何も言わなかった。


 まさかそんな本当にしょうもない理由で僕に喧嘩を売ったのか? それじゃあ今まで僕の思い過ごしだったっていうのか?


「それで、綾芽さんの答えはどうですか?」


 鈴蘭先輩は横にいた綾芽さんをちらりと見て訊ねる。


「嫌です、本当に無理です」


 その毒台詞を言うためだけに来たのか、綾芽さんが音切君にとどめの一撃を刺した。


 そしてお決まりのようにまた音切君が振られる。


「くっ、くそぉぉぉっ!」


 音切君は決死の力を振り絞って立ち上がり、僕たちの方へ突っ走る。最後に何かされるんじゃないかと思って僕は避ける態勢に入ったが、結局それも余計な心配になった。音切君はそのまま僕の横を通り過ぎ、廊下に抜け出して、どこかへと消え去ってしまったのだ。


 多目的室のデシベルが急降下していく。


「事件解決、だな」


 師匠がすました顔を見せた。


 確かに無事に戦いは終わった。……僕が思っていたフィナーレではなかったけれど。


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