5-5 ”帰ろうぜ、オレらの部室へ!”

「事件解決、だな」


 師匠がすました顔を見せた。


 確かに無事に戦いは終わった。……僕が思っていたフィナーレではなかったけれど。


「都城先輩。無事に男子生徒五名を引き渡してきました。停学期間も五日にするそうです」

「ごくろーさん」


 音切君と入れ替わりの形で純恋さんが教室へ入ってきた。その手際の良さには感服するけれど、こなれた感が滲み出ているせいでちょっとばかり怖い。


「はぁぁ。どっと疲れが回ってきました」

「慣れないことをするからだ。ほら」

「あ、ありがとう純恋さん」

「……」


 純恋さんが僕に汗拭き用のタオルを投げつけてきた。彼女の不自然な優しさには困ってしまうが、ありがたく受け取っておこう。


 僕はそのまま『僕モード』へと戻っていく。


「お疲れ様です一堂君」

「やっぱり龍馬君はそっちの方がいいよ」


 見事な精神攻撃ターンを見せた鈴蘭先輩と綾芽さんが僕を激励(?)してくれた。


「部室があんなことになったのは自分のせいだと思ってたんだろ?」

「今思うと恥ずかしいです」


 部室を飛び出してから、ずっと考えていた。僕がよく思われていないから東皇四天に迷惑をかけてしまったこと。僕さえいなければ学園治安部に迷惑が掛からずに潤滑すること。


 もうあの場所には帰れないんじゃないかって、もう戻れないのかもって。そればっかりが脳内を支配していたものだから。


「結局一堂龍馬の早計だったわけだ」


 純恋さんがやれやれと言わんばかりの顔で僕を見た。


「そーゆーことだ。龍馬ちんが気負う必要なんてねーよ。あえて言うなら……そうだな、男子にモテる綾芽ちんが悪い」


「えっ私のせいなんですか? ……あと褒められても嬉しくないです」


 師匠にビシッと指を差された綾芽さんが目を丸くさせた。


「嘘だよ嘘。悪いのは全部音切ちんだ」

「なんだ、びっくりしちゃいましたよ」


 そのジョークに安心した綾芽さんが胸をなでおろす。


 部室で繰り広げられるような、いつもと変わらない会話劇。それを見ていたら、途端にとある言葉が体の奥底から舞い上がってきた。


「皆さん……迷惑かけてごめんなさい!」


 体が自然に、直角に腰を曲げて謝っていた。


「だから龍馬ちん、お前のせいじゃねーんだよ」


 励ますように師匠が肩をたたいてくれた。でも、今謝っているのはそのことじゃない。


「そうじゃなくて、僕が……」


「オレらのためにわざと殴られに来たんだろ? かっこいいぞ。それでこそ男だ、我が弟子だ」

「かっこよかったよ」

「はい。杏の言う通りです」

「まぁ、そうだな」


 四人の言葉が心の中で反芻を続けた。どこか突き抜けた爽快感が僕の体に隅々まで伝播した。


「皆さん……、それじゃあ僕は戻ってもいいんでしょうか」


 頭より口が先に行動して、気づけば覇王再任を懇願していた。前の僕だったらこんなことは言っていなかっただろう。


「覇王がいなくなったらこの学園はどーすんだよ」


 師匠がケラケラ笑う。それに合わせて他の三人からも笑みがこぼれた。


「でも……まぁあと数日ですけど、僕のせいで東皇四天に迷惑がかかるかもしれません」


 音切君はもう来ないだろうけど、他の人が来ることだって無きにしも非ずだ。


「おいおい、覇王の責任は覇王を決定したオレらにあるんだ。だから龍馬ちんは別に思いっきり迷惑かけても問題ないんだぜ?」


 最後に「まぁそのあとでじっくりとお仕置きするけどな」と師匠は付け加えた。多分『紅茶の刑』だろうな。


「師匠、せっかくの感動が台無しですよ?」

「あれれ、でも目が潤んできてねーか?」


 上ずってしまった声がバレたのか、師匠が背伸びして僕の目元を覗いてきた。本当のことを言ってしまえば、僕は今泣きそうだ。でも我慢だ、頑張れ一堂龍馬。


「全然そんなことないですよ! 男だから泣いたことないんで!」


 勢いに任せて、なんとか振り切った。


「男でも泣くときは泣くと思うがな……」


 師匠が言っているのは『男泣き』のことだろう。でも僕の場合は、ただめそめそしているだけなので当然違う。


「ではそろそろ私たちも戻りましょうか。もちろん覇王も一緒に」


「帰ろうぜ、オレらの部室へ!」


「…………はい!」


 僕の前を東皇四天が歩いて、覇王をエスコートした。部室に戻るまでの間、僕は『俺モード』になるのも忘れるくらい、楽しく歩いた。


「龍馬君、昨日スーツケース置いていっちゃったでしょ!」

「あ、忘れてた」



 覇王生活は残り二日。学園治安部は今日も賑やかです。(五章終→最終章)

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