4-4 ”なぜ水面に移っている僕はそんな顔をしているんだよ”
一度部屋に戻り浴衣やタオルや下着類を袋に詰めると、旅館内にある温泉に向かった。
「汗をかいた後の風呂は気持ちいんだろうなー」
前にも言ったが僕は部活に入ったことはない。かといって何かスポーツの習い事をしていたわけでもない。そして僕はそんなに発汗する体質ではないので、夏でも汗は滅多にかかない。
冷や汗ならかくけどね。主に最近。
風呂の入口で僕がそんな独り言を口にしていたその時、通路から聞いたことのあるしゃべり声が聞こえてきた。
「あっ、おーい。龍馬君もお風呂?」
綾芽さんが僕の存在に気づくと手を振ってくれた。鈴蘭先輩も王華院さんもいた。
「綾芽さん。うん、さっき師匠と一緒に帰ってきたんだ。師匠は?」
「あとで来るって」
「ふーん」
「それじゃあ早速風呂いこっか」
「うん!」
鈴蘭先輩と王華院さんは先に扉を開けて、中へと入っていった。それに続いて綾芽さんと僕も……、は?
「行きません!」
赤の暖簾をめくったところで、はっと我に返った僕は全力で床に脱いだスリッパを投げ捨てた。
危ないよ。危なすぎるよ。健全な男子高校生が女子風呂に入ろうとしちゃったよ。そのまま現地の警察にお世話になるところだったわ。
綾芽さんに完全に流されてしまった。
「なんで?」
「僕が男だからです!」
僕が喚く。すると背後に誰かいることに気づいた。
「どーしたどーした? お、龍馬ちんじゃねーか。風呂入りに行こうぜ!」
ただの師匠だった。いや、『ただの』ってなんだよ。
「わかりました……じゃないんです!」
ここでも同じことが起きている。デジャヴを感じるのがあまりにも早すぎる。三十秒も経っていない。
「おお。疲れててもいいツッコミだねえ。いい風呂に入れそうだ」
「褒められてもうれしくないです!」
僕は回れ右をすると反対側にある青の暖簾をめくる。僕が最近アニメで見た『ヒロインが主人公にお風呂を見られてビンタする』というシーンは、機会があっても永久に来ないのだろうか。
*
「はぁ~。気持ちいい」
かぽーん、という温泉特有の音が響く。
流石人気旅館。この時間は人が多く、先ほどから数十人が出入りしていた。
そして僕は……たくさんの視線を浴びていた。ちらちらと男の目玉が動いている。さらに顔もほんのりと赤い。
もういいよこの展開。僕もう飽きたよこれ。
僕の嬉しくない温泉あるあるだ。どこの温泉に行ってもこんな感じで見られてしまう。その理由は言わずもがな。
唯一そんな目で見てこなかったのは北海道の温泉でおサルさんと一緒に入った時くらい。あのおサルさんだけは僕を男として判断してくれたのだ。すごくいい奴。友達になりたい。
そして来世はそんな超平等主義者のおサルさんになりたい。
「ねえパパ。なんで女の子が男湯に入ってるの?」
「こら見ちゃだめだ!」
僕の対岸にいた小学校低学年くらいの男の子が僕を指さした。咄嗟に父と思しき人が男の子の目を手で覆い隠す。……なのになぜお父さんは僕のことを見ているのだろう。めっちゃ見てくるじゃん。ガン見じゃないですか。
「はー……ブクブク」
僕はお湯に口をつけ、水中で溜息をつく。
そんな嫌なのなら『男』になればいいじゃないか、と言われるかもしれない。慣れてしまったとはいえ、嫌なことには違いない。でも『俺モード』は異常なまでに体力を蝕む。温泉に入ってまでつかれる方が正直ごめんだ。
何か違うことを考えよう。そーだな……、覇王になってからの回想でもしよう。
そういえばもう数十日覇王の座にいるんだよなあ。相変わらず学園のトップっていう自覚は芽生えない。
ということはあと一週間くらいで普通の生活に戻るのか。普通といってもヤンキーだけど。
意外と早かったな、今日まで。
脅迫されたり雑談したり紅茶の毒薬飲まされたり罵られたり部活動紹介したり、こうやって部員で旅行したり。
本当、東皇四天と一緒にいるとそれだけで疲れる。
でもそうやって疲弊するのも、あと一週間で終わり。うれしいじゃないか。ノルマ達成じゃないか一堂龍馬。
なのに――なぜ水面に移っている僕はそんな顔をしているんだよ。マネしてよちゃんと、時間差があるにしても長すぎじゃないか。面白いね、ははは。……はは。
「考えるのやめた。……上がって夜ご飯まで寝よう」
僕は立ち上がって体もろもろを洗うと、すぐに脱衣場へと向かう。
何人かが僕の下部を見てげんなりしたり言葉を失っていたけれど、もはやこの分野に関してスペシャリストである僕は、全く動じなかった。
僕のいない温泉に、平穏と落着きが戻る。ただ僕には戻らなかった。
*
特訓から戻って一時間ほどが経つと、徐々に筋肉痛というのが体中に回ってきた。今の時点でこの痛みってことは、明日起きたころには動けないんじゃないだろうか。
風呂を早めに出たため、まだ三十分ほど時間がある。仮眠をとるには最適な時間かもしれない。……疲労が溜まっているから、そのまま寝落ちしないように気を付けよう。
ついそんなことを考えていたら本当に眠くなってきてしまった。
「ふああ」
大きなあくびと背伸びを一回。
僕は部屋の場所まで戻り、鍵をさして開ける。――が開かなかった。どうやら閉め忘れていたみたいだ。
「あれーおかしいな」
僕はもう一度鍵をひねる。すると今度はちゃんと開いた。
玄関なるところにスリッパを置き、畳のあるゾーンにそのまま直進。
「(我が愛しの畳さん、)愛してるよー!」
僕は畳にダイブしようとジャン――え?
僕の視界にあり得ないものが映った。それはあまりにも唐突に。
「ひゃい⁉」
そんなかわいい小動物の声がして立ち止まった。もちろん畳からそんな声はでない。いや、そもそも畳から声は出ない。
そこにいたのは動物ではあった。がしかし、
「ぉぉぉおおあおあああっっっっ王華院さん⁉」
愛のメッセージの届け先は、畳に正座する――王華院さんになっていた。
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