4-5 ”金目的? 怨恨? 興味? 突発的衝動?”

 愛のメッセージの届け先は、畳に正座する――王華院さんになっていた。


 王華院さんは恥ずかしそうに一息入れると、また元のクーレストさんに戻る。


「……黙れ」

「はい」

「そこに座れ」

「はい」


 僕は王華院さんの短文に促されるがまま、卓袱台をはさんで座布団に座った。主導権はすでに王華院さんが握っている。……別に僕が居住権をもっているわけではないけど心の中で言わせてほしい。ここ僕の部屋。


「王華院さん、どうやって入ったんです?」

「女将さんからマスターキーを貸してもらった」


 珍しく僕の質問に答えてくれた王華院さん。何の風の吹き回しなんだろう。

 絶対に女将さんビビって渡しちゃっただけでしょ。あんなに応援してくれたのにこんなに早々裏切られるなんて……。相談の名目上で、あとで話を聞きに行こう。


「さっき温泉入ってませんでした?」

「私は長風呂が苦手だからな」


 王華院さんはそう言ってぱたぱた手で仰いだ。


 それにしてもなぜここに王華院さんが? 一堂龍馬、考えろ。


 選択肢は複数個でてきた。金目的? 怨恨? 興味? 突発的衝動? 一体どんな理由で殺されるんだ?


 死ぬのは確定だ。だから僕は『殺人の動機』を探っている。


「あ、あの、何か御用があったんですよね。まさか僕と茶会だなんてあはは……すいません黙りますね」


 王華院さんの鋭い視線に僕はたじろぐ。


「ああ。用があってきたのだ、きさ……一堂龍馬お前にな」


 王華院さんは一度『貴様』と言おうとしたが、すぐに本名で言いなおす。それに何の意図があったのかは僕にはわからない。まさか「死ぬのだから最後くらいは名前で呼んであげよう」みたいな優しい配慮なのか? そんな嬉しくない配慮は初めてだ。


「はあ……」


 今のうちに唱えておこう。来世はサルになれますように来世はサルになれますように来世はサルになれますように。というより人間以外ならなんでもいいや。


 ふと対岸の王華院さんを見ると、急に前髪を引っ張りながら何やらもじもじしていた。人を殺めるカミングアウトにそれは不必要だと思うのですが。


「僕の骨はハワイの海に撒いてほしいです」


 散骨希望は通らなさそうだけど、一応言ってみる。あれ、骨は残るよね?


「何がだ?」

「いいえ、スルーしてほしいです」

「そうか……。それで用というのはな……そ、そのだな……謝りたいことがある」

「神様に、ですね」

「はあ?」


 珍しく王華院さんが口をぽかんと開けていた。なんとも間抜けな表情をしている。


 今のは神様に「人を殺めることをお許しください」的なメッセージを送ったものだと……。


「違うんですか?」

「貴様に、に決まっているだろ!」


 いきなり王華院さんが卓袱台を叩いて怒鳴った。感情の変動が目まぐるしい。しかし頬の紅潮、これだけは変わらない。


 卓袱台さんは無実なのに殴られて、かわいそうにみしみし泣いている。ついでに言うと多分僕も無実。


「はいすいません。……え、僕?」


 今度は僕が口をぽかんと開けてしまった。なぜならまったく理由がわからないからだ。


「僕、王華院さんに何か謝られるようなことされましたっけ?」


 殺害予告。頭を踏むなどの暴力。行き過ぎた暴言。いや王華院さんはそんなライトなことを謝罪するような人ではない。他には……うーん、全く思いつかない。


「その、……告白」

「告白……ああ、そのことですか? いいですよ別に。僕がすぐに教えてあげられなかったのが悪いんですから。こちらこそごめんなさい」


 覇王二日目の僕が王華院さんに告白を受けた事件のことだった。結局王華院さんが好きなのは『僕』でもなく、『俺』でもなく、本来存在せしめない『私』だったんだけどね。以後出て来ることもない。いやもう出ないで。


 王華院さんは今までになく申し訳なさそうな顔をしていた。どうりで王華院さんの顔が温泉の熱気じゃ説明できないくらい火照っていたわけだ。照れていたんだ。


 立ち直っていたとは思っていたけどまだ考えていたのか。


「許してくれるのか?」


 王華院さんの顔がぱぁっと明るくなった。今日はやけに感情の起伏があるな。


「そもそも許すも何も、って感じです」

「そ、そうか。ならいいんだ。それだけをどうしても言いたくてな」


 王華院さんの口元がほころぶ。


 いくら男嫌いだからって、自分が間違えたことは素直に謝ることができる。流石王華院さんだ。色々と残念なところはあるけど、尊敬していて損はなかった。


 そして王華院さんはまだ何か言いたいことがあるようで。


「貴様に借りを作ってしまったな。何か言ってくれないか。可能な範囲で一つ願いを叶えよう」


「別に借りなんて返さなくていいんですけど……。どうしてもと言うのなら――」


 僕の中には沢山の願いが浮かんでいた。決して王華院さんは神様ではないので、「来世はサルになりたい」と言っても聞き入れてはもらえないだろう。だから現実で叶えられそうな、突拍子もない殺害予告はやめてほしいとか、もう少し優しくしてほしい、などなど、そんなちっぽけなことしか思い浮かばなかった。


 でも、それらに勝る願いがふと脳に浮かんだ。よし願い事はそれにしよう。


「なんで王華院さんは『男嫌い』なんですか? 前から気になっていたんです」

「そんなことでいいのか?」


 王華院さんはまた目を丸くする。


「はい。それがいいんです。理由を知らないまま嫌われるのは辛いですからね」

「そうだな。貴様がそれでいいと言うのならそうしよう。私が男を嫌う理由。それはな――」

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