2-2 ”王華院さんの表情が僕的に作画崩壊している。”

 運動系の部活動は七時まで認められている一方、文化系の部活は六時までとされている。


 ちなみに先ほど僕が入部してしまった『学園治安部』は文化系の部活だ、と思う。断言はできない。一見僕には運動系に見えてしまうのだが……。それはなんでだろう。


 結局何が言いたいのかと言うと、『学校はまだ空いている』ということ。七時までならカチューシャを取り返せるわけだ。


 僕は学園の駐輪所に自転車を停めると、息遣いを荒くしながら部室へと急ぐ。


 いくら学園の運動部が活動してようが、やはり文化部のある部室棟は静かだ。


 部室棟廊下の窓から外を覗けば太陽はすっかり落ちて、夜の始まりを告げる市民薄明が薄暗い青を描いている。学園外の団地からは、ちらほらと電光が漏れている。


「ふう、やっとついたー。それにしても遠いなこの部室」


 三階建ての部室棟の中で最も入口から遠いのがこの学園治安部だ。三階の廊下奥、という何とも最悪な物件。


 開きっぱなしの教室に恐る恐る侵入。すぐに帰るので電気はつけなくても大丈夫だろう。


 少し見渡して、流石に部室には誰もいない、とわかると扉を閉めてローテーブルの方へ向かう。


「あ、あった。よかったー」


 東皇四天の誰にも弄られていないようだ。カチューシャをポケットにすぐしまい、僕は安堵して溜息を一回。ちなみに僕のカチューシャは折り畳み式という結構な代物だ。ポーチにも入るから便利だよね。


 家を出てから五分が経過。自転車でゆっくり帰っても余裕くらいのセーフティータイムだ。


「帰ってミルフィーユカツ食べるぞー!」


 僕は流暢なことを一人言いながら、扉のところまで歩いた。


 そして扉に手をかけようとする――が、僕が手をかける前にそれは開いた。廊下の蛍光灯が僕の両目に光を注ぎ込む。


「まさか部室の鍵を持って帰ってしまうとは……我ながら情けない」


 クールな低音が聞こえてきた。僕が知っているその堅苦しい口調の持ち主は、たったひとりしかいない。


 その光の中には――王華院純恋さんがいた。


「おっ王華院さん!」


 驚いて腰を落としそうになった僕だが、なんとか後ろ足で踏みとどまることができた。


「ん、なんだ貴様。侵入者か? 顔を見せろ、暗くてよく見えない」


 王華院は僕を見てそう言う。僕は心臓が飛び出すくらい驚いたのに、彼女は全く動じない。


 王華院さんは、電気を付ければいいのに、スイッチよりも僕の方が近かったためかどんどんと迫ってくる。僕が後ろに下がれば下がるほど彼女は前に前に進んでいく。


 最終的には追い詰められてしまった。背中が窓際にある柱にぺたんと触れた。しかし彼女はまだ進む。


 ああどうしよう! 殺されてしまう! ここが僕の墓場になってしまう!


「顔を見せろ。さもなくば……」


 僕がまだ彼女の顔が見えていないのと同じで、まだ彼女は僕の顔が見えていない。このままだと一堂龍馬だとばれて殺されてしまう。


 ドシィーン、と鳴り響く柱。王華院さんが柱に壁ドンならぬ、柱ドンを打ち込んだ。


 その瞬間、王華院さんの顔が至近距離までせまり、夜の明るさが彼女を照らした。


 王華院さんの表情をやっとみることができた。そこから読み取れるのは――困惑? なぜ王華院さんは困ったような顔をしているんだ?


「あ、……君は?」


 僕が死を覚悟した瞬間、王華院さんが間抜けな声を漏らした。心なしか声が上ずっている。あと「君」って何⁉ 今までずっと貴様呼ばわりだったのに!


「あのっ……」

「ああ名乗りたくなければいいんだ。私は王華院純恋という。よろしくな」


 違います。そういう事じゃなくてですね……。


 僕はきっと夢を見ているんだ。もしくはすでに王華院さんに殺されているんだ。じゃないとこの超常現象の説明がつかない。今の王華院さんは完全にとち狂っている。怖すぎる。


 ついでに僕の顔の横にある腕を離してよ! これじゃあまるで僕が口説かれているみたいじゃないか。第三者が目撃すれば絶対にそういうシーンだと勘違いしてしまうだろう。


「制服を見る限り、君は男装が趣味だと考える。あ、いいんだ。人の趣味をしているんじゃない。むしろ私は好きだぞ」

「あの僕は……」

「一人称は『僕』なのか。本格的に男性になりきってるな。私の部活にも男に憧れている女子がいてな、あ、今度紹介してあげよう」


 どう考えてもその人って師匠のことじゃないか。紹介してあげるどころか強制的にあわされたじゃないですか、あなたに踏まれて。


 僕は男装が趣味とか、女性になりきっているではなく、そもそも男子なんですけど……。そこまで言われると本当に悲しいなあ。


「それにしても君は……かわいいな」

「へっ?」


 王華院さんから「かわいい」だなんて言葉が出てくるとは思わなかったため、僕は恐怖を感じた。


 あ、そういうことか。


 僕は王華院さんに「かわいい」と言われ、非常に無念だけど気づく。王華院さんが壊れてしまった理由が僕にもやっと理解できた。


 僕は今、『俺』じゃないんだ。制服のボタンは全部閉めているし、オールバックにもしていない。一番肝心な目つきも変えていない。


 王華院さんは『僕』のことを知らない。確かカミングアウトしたとき王華院さんはすでに下校していた。逆に知っているのは『俺』という王華院さんの大嫌いな『男』の姿。さらに他の東皇四天と同じ流れを辿っている。


 ――王華院さんは僕を女の子だと勘違いしている。


 そして、王華院さんの言葉の局所から出てくる言葉からわかるように、僕を『女』として口説いている。男が嫌いなのは重々知っているけれど、女性がこんなに好きだなんて知らなかったよ! 僕、男子だけどね!


 やばい、すぐに教えなくては。僕が男であるという事や、先ほど踏まれていた一堂龍馬だということを。


 もし今教えなかったら後々ばれて、バラバラ死体として川辺で発見されそうだ。今教えておけば心臓を一突きされて焼却処分されるくらいには緩和されるだろう。


 って死ぬ以外の選択肢はないのかよ。……いや、どう考えてもなさそうだ。


「おう――」

「ブロンド姫だ。そうしよう。私は君をブロンド姫と呼ぼう」

「はい⁉」


 僕は王華院さんにすべて打ち明けて死んでしまおうと決意したのに、対する王華院さんはこれから人を殺めるのにもかかわらず、のんきに僕のあだ名を考えていた。


 しかもブロンド姫だ。きっとこの頭から来ているんだろうが、これが男ならめちゃくちゃな言われようだったに違いない。ちなみに妹からは金髪にした当初は、『金太郎』などという男勝りなかっこいいあだ名で呼ばれていた。


「そしてブロンド姫……」

「は、はい……?」


 王華院さんの表情が僕的に作画崩壊している。近いよ!


 僕が尊敬していたクーレストで寡黙な王華院さんはどこかへと消え、今ではただのナンパ師だ。


 一度言葉を溜めていた王華院さんの口がまた開く。


 そして衝撃のセリフが僕に告げられた。



「私と、結婚を前提に付き合ってほしい」

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