2-3 ”今日のうちにお墓の相談をしておいた方がいいのかもしれない。”
「……私と、結婚を前提に付き合ってほしい」
本来であれば男が言うべきなセリフが、僕の耳元で優しくかすれた。顔の距離はほぼない。密接しすぎて王華院さんからいい匂いがしてくる。期待している訳じゃないのに、心臓の鼓動が激しく波打っている。……ほんのわずかな男としての僕が陥落してしまう。
王華院さんは決してふざけているわけじゃない。本気だ。本気で僕を口説いている。結婚しようとしている。もちろん彼女が夫で僕が妻だけどね。
もともとふざけるようなことはしない性格だとは思うけど、今だけは「ドッキリだ」とでも言って残酷な笑みを浮かべてほしい。
しかし、僕の微かな希望は叶うはずもない。
僕は――告白を受けてしまったんだ。しかもさっきまで頭を踏まれていた超男嫌いの女の子に、そして僕が女の子だと絶対に笑えない勘違いをして……。
こんな状況で僕は王華院さんになんて言えばいい? 「一堂龍馬です」とでも言えばいいのか? そんなことではこのピンチを回避できないだろう。どうせ「悪い冗談だ。しかしそんなジョークも言えるブロンド姫も素敵だ。結婚しよう」と言われてハッピーエンドになってしまうに決まっている。……いや何でハッピーエンドになってんのよ。嫌だよ。
じゃあここで変身するか? いやいやできるはずもない。王華院さんの体が密着しすぎていて、まともに動けそうにない。目つきを一重にしてしまえば何とかなるかもしれないが、生憎僕はそれを自動で変えることはできないのだ。もし手を動かしてここで体のどこかに触れてしまえば王華院さんに、「認めてくれるのだな。では結婚しよう」と言われてハッピーエンドになってしまうに決まっている。……いや何でハッピーエンドになってんのよ。嫌だよ。
もし仮に変身できたとしよう。王華院さんは確実に解放してくれるだろう。しかしその代償としてまず確実に命を取られる。これは免れない。瞬間的に「殺す」、もしくはそれ以外の放送禁止用語を彼女は呟きながら、僕はあの世に召されてデッドエンドになってしまうに決まっている。……いや何でデッドエンドになってんのよ。超嫌だよ。
結論。僕は死ぬ。いろんな意味で。
解決策がなぁぁぁぁぁぁぁっい! ねえどうするの? どうすれば僕個人のハッピーエンドが訪れるの? 隙を狙って逃げる? もうそれしかないじゃないか!
「ええと、そう言ってくれるのは嬉しいんだけど」
この場面ではラッキーだけど、もとの声を変えなくても女の子になりきれるのは本当に情けない。
まあいい。さあ王華院さんはどう出る?
「ダメ……か?」
王華院さんは僕の顔面の至近距離で彼女らしくないことを言う。その悲しそうな表情が男としての僕をくすぐる。断らなきゃいけない身だけど相手の気持ちを考えてしまうと、なかなかにつらいものがある。
「僕、王華院さんのこと知らないし……」
だからこそ、そんな情けない逃げのセリフが僕の口から滑り落ちてしまったんだ。
この状況での「ダメ」の二文字は、僕にとっては荷が重すぎる。そんなことも言えないなんて、僕は情けない人間だ。いくら外見を強く見せていても、この弱すぎる性格は結局変わらない。
「ならこれから知ればいい。私は君を必ず幸せにできるぞ」
「でも……」
そう返されるのはわかっていた。何かを返せばすぐに帰ってくる。接戦の駆けっこのような会話劇が続く。
「……でも、何故僕を?」
今にでも逃げ出したいが、王華院さんは隙をまったく見せてくれないのでまだ駆けっこを続ける。一瞬の間隙を感じたらすぐにでもこの檻から抜け出そう。あと、興味本位が数割。今のところ「かわいい」以外何も知らない。僕はそれに納得いってないけど!
「『かわいい』ところだ」
王華院さんはいとも簡単に簡潔にまとめた。いやいやどこに『かわいさ』だけで結婚する人がいるんだ!
王華院さんは続ける。
「恥ずかしい話だが私は……昔からかわいいものが好きでね。正直、一目惚れだ。この学園をくまなく探したはずなのが、君のような子を見逃していたなんて……。あの時の自分を殴ってやりたい」
そりゃあ見逃すよ。女の子でいないもんそんな子。
王華院さんの中では僕が学園で一番かわいいらしい。しかし一番とついても、これほどうれしくない名誉はない。
「しかし見つけた。結婚でなくてもいい、生涯を共にしてくれればそれで私はいいんだ!」
それはもう事実上の結婚だよ王華院さん。
陰気な表情が急に明るく変わる。そしてテンションがハイになった彼女の顔がさらに近づく。
ついには顎をくいっと持ち上げられてしまった。
王華院さんのやろうとしていることは――キスだ。それしかない。前回とは違って今回ばかりは確信できる。
だめだこんなことしちゃ。王華院さんにとってもよくないし、初キッスがこんなのになってしまうのも嫌だ!
近づいてくる王華院さん。ひいいいいい!
目を閉じる王華院さん。……これは! 逃げる千載一遇のチャンス! しかし、遅いか?
「すみません王華院さん!」
「ふにゃっ」
僕と王華院さんの唇が触れ合いそうになる十センチ手前。
僕は謝りながら強引に顔の前に手の平を出す。そしてそこに押される唇の印鑑。そこで王華院さんはらしくない小動物のような声を出して、目を開けた。
手を犠牲に、王華院さんの束縛から逃れる僕。
「すみません王華院さん。僕、急に用を思い出してしまったので失礼します! では!」
すぐに態勢を持ち直し、王華院さんの腕が届かない範囲まで逃げた。そして振り向くと、僕はそう言い残して部室の出口まで行く。
「では……明日またここへ来てくれないか?」
王華院さんも態勢を整えると、僕の方を振り返ってそう言った。
「……はい」
と、僕はまた断れずに、約束をしてしまった。どこまでも根性なしだ。
「また明日」
僕はそう呟くと、部室棟の廊下を駆けだした。ミルフィーユカツのことなんて忘れていた。「やばい」を心の中で連呼する僕。今脳内に広がるのは明日の約束のことばかりで、それ以外のことは何も考えられなかった。
今日のうちにお墓の相談をしておいた方がいいのかもしれない。
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