学園覇王の一堂君は男になりたいっ！

１ 学園覇王の一堂君は、男になりたいっ！

１章 ヒロインの一堂君は、学園の覇王をしている。

1-1 ”僕は学園の覇王をしているけれど、現在部下に頭を踏まれている。”

　僕は学園の覇王をしているけれど、現在部下に頭を踏まれている。

　簡潔に言おう。覇王の僕こと一堂龍馬（いちどう りょうま）は今踏まれている。全然簡潔じゃないね。でもこれ以外の説明の仕様がないから困ってしまう。

　嘘じゃないぞ。前者も後者も嘘なんかじゃない。僕も嘘だと信じたいが残念なことにこの教室にいることが前者を、そしてひんやりとした床の感覚が後者を、「嘘ではない」と教えてくれている。

　確かに踏まれていた。僕の根まで染まった金髪の後頭部の上には足があった。上履きはさすがに脱いでくれたのだろう、なんだか生暖かい。そして黒のストッキングの細かな編み目が軽く擦れる。

　僕を踏んでいる黒足の所持者は女の子だった。しかも学園を代表するような美女である。彼女の他にも僕を包囲するように三人の女の子がいるが、彼女たちもきっと美少女のうちに入るのであろう。

　あとついでに言っておくけれど、これは僕の御所望だとか、SMプレイごっこをしているんじゃない。一部のマゾヒスト層には受けそうだが、生憎僕にそんな属性は存在していない。

　ではなぜこの擬似SMプレイを体験しているのかと言えば……敗者の洗礼？　とかそんな感じにあたるのだろう。僕は負けたんだ、この美女に。主に武力で。

　おっと、そんな流暢に物事を考えている暇はなかった。今はどうにかしてこの状況を打開せねばならない。そうしないと僕のオトコとしてのプライドってものがずたずたに汚されてしまうし、もしこの女子四人以外にこんな醜態を見られたら、僕は速攻学園の屋上から鳥となって飛ぶことになるだろう。

　なぜこんな状況になっているんだっけ。

　踏まれながら他にすることもないので、少し思い出してみよう。何故僕が覇王と呼ばれているのかと、何故僕が美少女に頭を踏まれているのかを。

　＊＊＊

　これは今日の放課後のこと。

　帰りの会を終えた僕は教室を出るといつも通り、廊下のど真ん中を我が物顔で歩いていた。おっと左手はポケットに、右手に持っている通学カバンは背中に乗せて、だったね。その決まりは欠かせない。

　僕が廊下のど真ん中を歩く。すると対向から来る人たちはそそくさと端っこに避けていった。生徒だけではなく教師もだ。

　そして目が合った人には鋭い目つきで眼を飛ばしてやる。そのターゲットになった人たちは僕に怯えて、全員そそくさと逃げていった。

　これが僕――いや、ここでは『俺』と言った方がいいんだろうか。

　すれ違う人々が恐怖を覚えるのも不思議ではないと思う。

　金髪でオールバック、右耳のピアス、この上なく悪い目つき。極めつけは校則違反の限りを尽くした制服の着こなし。

　それが僕の学校での仮の姿だった。我ながらよく出来たヤンキー像だ。もし僕がこんな犯罪者臭のする輩と出会ってしまったら即財布を置いて走り逃げるだろう。

「今日も睨まれた、こわーい」

「そういや、あいつタバコ吸ってんだってよ。この前見たやつがいたんだって」

「えー！　それってマジ？」

「まじまじ。しかも学園内でだってよ」

「タバコ臭とか移ってないかな、くんくん」

「ってかなんであんなヤンキーがこの高校に入れてるんだよ」

「どーせコネだろ。あ、学園長を脅迫したって噂もあるぜ」

「うわ、こわっ。あんなやつとは一生関わりたくないな」

　僕が通り過ぎた廊下では、男女のこそこそナイショ話が嫌でも聞こえてくる。

　この通り僕はこの高校で、ひどく恐れられ嫌われている。というか自分から嫌われに行っているかもしれない。

　友達ができないのが物凄く残念だけど、でもそれでいい。それにも勝るメリットが僕にはあるから。

　ちなみに「タバコを吸っている」という噂を流したのは僕だ。生徒会の『なんでも相談ボックス』とやらがあったので、試験的に『一堂君が学園内でタバコを吸っているのを目撃した』と投書してみればほら大当たり。

　生徒会から誰かが噂として流したんだろう。結局予想通りに広まった。ラッキーなことに生徒会は僕の思った通りに動いてくれた。

　さらにあの会話に解説を入れよう。さっきの男子生徒が「ってかなんであんなヤンキーがこの高校に入れてるんだよ」と、なかなかに鋭いツッコミをしてくれたので。

　なぜなら僕が通っているこの私立東皇学園は県内でもトップクラスの進学校だからだ。皆プライドというものがあるんだろう。なんて言ったってこの学校は推薦では入ることのできない難関校だからね。

　ちなみに僕はコネとか脅迫とかで入学したとかではなく、しっかりと学力で合格した頑張り屋さんです。一応学年次席で合格したんだよ？　

　まあそれは――僕が俺になる前の話なんだけど。

　振り返る先は中学時代。僕はある悩みを抱えていた。

　――それは極度に童顔、かつ女顔であるという事。

　普通であれば軽い感じのノリでやり過ごしてしまえばいいのだが、その事実は自分にとって最大のコンプレックスだった。

「一堂ってさー、かわいいね」

「女装させたらなんでも似合うって」

「ほら、この綺麗な黒髪も女の子みたい」

「女子より女子らしいね」

　中学校の時に言われたセリフたちが脳裏をよぎる。

　客観的に見れば褒め言葉の雨嵐かもしれないが、男の子の僕にとっては恥ずかしさの極限でしかなかった。

　言った本人たちも悪気があって言っていたわけじゃなく、冗談もしくは素直に述べた感想だと思う。

　でも、家族を除けば誰も僕のことを男扱いしてくれなかった。

　洗面台の鏡を見るたびに思ったよ。僕かわいいって。かわいすぎて罪だって。

　だから僕は、『高校デビュー』の名のもとに過去を捨てて、僕から俺へと変えたんだ。そしたら見事に大成功！　男らしいってわけだ。

　しかし変わったのは外見だけで、意気地なしで弱虫なところとか、性格もろもろは変わっていないんだけどね。そこまで変えられたら良かったけれど、どうも自分に暗示をかけるのは無理みたいで。

　だからこそ今の僕は孤高の狼を演じている。これなら人と話す必要がないからね。まさか学校に来て一回もしゃべらず帰る日があるなんて中学時代の僕はきっとおもわなかっただろう。

　もうすぐ死ぬわけではないのに僕は走馬灯を並べる。そうやって過去を振り返りながら、今の外見の成長を感じるのが楽しくて仕方なかった。

　そんな心の中ではスキップで、実際にはどすどすガニ股で歩く、矛盾の僕である。

　だがしかし、そんな嬉しい楽しい矛盾な僕は長く続かなかった。

　ひいいいっ！　……びっくりしたぁ。

　下駄箱まで五十メートルくらにさしかかったところ、歩く僕の目の前に一人の女の子が怖気づくことなく立っていたのだ。荘厳な面持ちで。かつ仁王立ちで。

　心の中ではガクガクブルブルでも僕は『俺』として前に進む。

　しかし僕は透き通るような乳白色の肌と海よりも深い黒髪のコントラストに驚愕し、ただ立ち止まるほかなかった。決して身長差が五センチくらいあってびっくりしたわけじゃないよ！

　彼女はかつかつと長い足を二回前に出し、無表情のまま僕の真ん前にそびえたつ。まるで僕はヒマラヤを初めて知った富士山みたいな状態になってしまった。ここまで威圧がある人だなんて知らなかった。

　そしてそのまま気持ち的にはすごく長い数秒が経つと、きりりと締まった彼女の唇が上下に別れ、告げる。

「貴様、一堂龍馬だな」