1-4 ”僕は学園で、最高権力の『覇王』という称号を得た”
……。沈黙というただ一つの音が流れた。もう何秒経っただろう。三十秒? 五秒かもしれない。
「は……なんで⁉」
僕はおでこを初めて上げ、叫んだ。しかし、すぐに足によって静止させられた。
「おめでとー、龍馬ちん」
「おめでとうございます。龍馬君」
いかにも空気の読めない都城先輩と空宮さんが手を叩きながら、祝福する。
しかしそんなのは全然うれしくない。覇王? なんで僕が? 明らかにこっちサイドの人間ではないだろう。
「そういうことだから、今日からよろしくね。覇王の一堂龍馬君」
白峰先輩は語尾にアクセントをつけて僕に告げる。
「嫌、と言ったら?」
僕は白峰先輩の方を見て、少し笑ってみせる。男の余裕ってやつを見せつけてやるよ!
「埋める」
白峰先輩に言ったはずなのに、返答してきたのは王華院さんだった。
こわっ。怖すぎるよ王華院さん。女子とは思えないほど、どすの効いた声だ。
僕は言い返すこともできなかった。弱い自分はただ彼女たちの言いなりになる他なかった。
「わ、わかった……」
僕は決死の思いで、なんとか敬語を出さずに済んだ。僕はよく頑張った。きっと、この人たちが規格外なんだ。
桜も落ちる四月の中旬。
僕は学園で、最高権力の『覇王』という称号を得た。
***
そして現在に至る。
この珍妙な情景が完成してしまった次第は、ご理解いただけただろうか? ちなみに僕はご理解いただけていない。
痛みも引いてくると、だんだん床の冷たさを感じることができる。とくにおでこなんてさっきからずっと床に触れている。『てっきりキスだと思ってしまった』僕にとって頭を冷やすいい機会かもしれない。本当に冷たいけどね。
本当に、何やってんだか。やったのは全て東皇四天の皆さまですが。
僕は東皇四天の武力と圧力という、今の日本社会にそぐわない方法で学園トップの座、『覇王』になってしまった。任命されてしまった。
超平和主義で至って温厚、気弱という、外見とは真逆の特性を数々持つ僕にはとても荷が重い仕事だった。
校内で権力を手にするという、完全なオトコ道を目指す僕にとっては大きなメリットなのだが、それにしても階段を上りすぎだ。いきなり重課金装備して初期ボス楽に倒しちゃうソシャゲ厨かよ。
さようなら安泰な日々。こんにちは事実上の終焉。
「覇王の一堂君。早速なんだけどこの資料に目を通してくれるかしら」
また僕の元へ来てかがむ白峰先輩。すると一冊のファイルを差し出した。
ええと何々? タイトルは……『覇王のお仕事マニュアル』。結構優しい世界なんですね!
「いや、この足をどうにかしてくれないと、見えないで……見えねぇ!」
おっと、不覚も不覚だった。本当にごめんなさい白峰先輩、心の奥底からお詫び申し上げているので許してください。
「純恋さん」
「はい」
白峰先輩がひとたびそう言うと、すぐに王華院さんの足は離れた。どこまで従順なんだよ、犬みたいだ。
「では私は汚れた足を洗ってきます」
王華院さんは上履きを履くと、部室のドアを開け、トイレの方へ向かっていった。
僕はたいへん失礼なことを言われて傷心する。毎日ちゃんとお風呂に入ってるよ!
「はあ」
溜息をつきながら僕は立ち上がる。首からぽきぽきと音がする。視点の位置が元の高さに戻ったので、久しぶりのこの世界に懐かしさを覚えた。
「ではこのマニュアルを……」
と、白峰先輩に言われるが、僕はまだそれを読もうとはしない。
僕が覇王に任命された理由をまだ聞いていないからね。
「なぜ俺は覇王に選ばれたんだ? 理由を教えてほしい」
「ああそうでしたね。ではそこにでもかけてください」
白峰先輩が勧めるのはふかふかそうなソファー。僕はそこに言われた通り座る。
目の前にあるのはガラス製のローテーブル。さらにその向こうには僕が座っているソファーと対になって、もう一つ置いてあった。お金持ちのリビング感がすごい。最初にこの入った時から思っていたが、ここ校長室より豪華じゃない? 天下の東皇四天といえどもこんな好待遇はおかしくない?
白峰先輩が対岸のソファーに座る。それに倣うかのように都城先輩も隣に座った。
「紅茶できましたよー?」
じきに空宮さんがいつぞやの紅茶を持ってきた。そしてローテーブルに置くと、僕の横に座った。
「なぜ、一堂君が覇王に選ばれたのか、でしたね」
「聞いて驚くなよ?」
神妙に告げる白峰先輩と、またニッとはにかむ都城先輩。隣では空宮さんが自分の紅茶をすすっている。
「名前です」
へっ? 確かに都城先輩が言った通り驚いたけど……。名前?
「もう少し詳しく言いましょう。一堂君の名前には価値がある、ということです」
「ネームバリューってことか……」
僕はそう口にした。なんだ、そういうことか。
僕はさらに続ける。
「学園の覇王たるもの、東皇四天並みに、もしくはそれ以上、学園中に名を知られていないといけない。ってわけだろ」
自慢ではないが、学園に名をとどろかせているランキングを付けるとすれば上位に入れること間違いなしだ。そりゃ入学二週間でこんなに騒がせていたらね。
「察しが早くて助かります」
「で、俺がそれを引き受けると思うか?」
先ほどは認めたが、それは王華院さんに殺されると思ったからだ。王華院さんがいない今、すぐに逃げ帰ってしまえばいい。
僕のオトコ道の『男は一度決めたことはやり通す』に大きく反するが、今回は適応外とさせていただきます。
「そう来ると思っていました」
白峰先輩はそんな怖いことを言う。周りの二人も、「策にはまったな」みたいな表情をしている。
「えっ……?」
僕は思い切り狼狽した。裏を返されたときの気持ちは焦燥一色で構成される。
「では、これを」
白峰先輩のポケットから折りたたまれた一枚のプリントがローテーブルに置かれた。
僕はそれを手繰り寄せると、プリントの中身を見る。
「こ、これって」
二枚の写真が載っている。中心には二枚の写真を挟むように、四文字の漢字が載っていた。
僕の手の先から先までの全細胞から汗が噴き出し、紙が滲む。
それを僕はすでに見たことがある。いや、それは僕の書いたものだった。
写真の一つは僕の入学試験の解答用紙を部分抜粋したもの。もう一つは、僕が生徒会に送った『一堂君が学園内でタバコを吸っているのを目撃した』という告発文。
そして僕が驚愕したのは真ん中に書いてある四文字。
そこには『同一人物』と、それだけ書かれてあった。
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