1-3 ”第五十代覇王は一堂龍馬君、あなたに決定しました”

「おい、何してんだ王華院」


 僕はこんな屈辱的な行為を受けている時でもヤンキー精神を忘れない。負けを認めるよりこっちの方が数倍かっこいい。


「分からないのか。貴様の頭を踏んでいる」


 即答された。


「……聞いてるのは『WHY』の方」


 僕はと言うと、いちいち敬語を使わないようにするために脳内で言葉洗濯をしているので、少々どもってしまう。


「じき分かる。そろそろだ」

「そろそろってなんだよ!」

「……」


 そろそろ? 何がじきに分かるんだ? まさか僕の写真を撮って学園中に撒き散らすのか? 


 王華院さんは何をするでもなく、ただ無言で僕の頭を踏み続けている。いや、今王華院さんがなにしているのかなんてわからないんだけど。もしかしたらスマホとかを弄っているのかもしれない。無音カメラでシャッターをきっているのかもしれない。


 それにしても、『そろそろ』という時間が来るまでこのままなのは結構メンタル的に辛いものがある。物凄くお見苦しい。だって尊敬している女の子に踏まれているんだよ? あれ、いいのか?


 いやいやいや! それは絶対におかしい。間違ってるよ!


 危うく新属性のMが飛び出すところだった。


 しかし何度立ち上がろうとしたって、王華院さんの足はちっともどいてくれない。むしろ抵抗するたびに強くなっているような気がする。痛い! 


 そしてその連続が連続する。

 何回繰り返したんだろう。もう疲れてきた。


 体内時計の感覚ではすでに頭を踏まれてから三分が経過していた。



 『そろそろ』の時間が来るのは、そう遅くはなかった。


 ガラガラ、と扉の開く音がした。僕は横目でその音の鳴る方向を見る。


「こんにちはー。ってあらあら、もうお客さんが来ていたのね」

「おっ、純恋ちん、ちゃんと捕まえてきたんだね!」

「計画通りです。さすが純恋さんですね」


 三人の女の子が入ってきた。三人の視線の先には当然僕がいる。珍妙で無様な光景をばっちり見られている。死にたい。


 しかし三人はそれに怯むことなく、むしろ笑顔で僕を見た。え、なんで?


 この変な状況をさぞ当たり前の情景みたいな振る舞いを見せている三人。なんとも不思議な感覚だ。誰もおかしいと思わないのかこの状況。もしかして、実はこの人達がサディストの集団で、寄ってたかったって僕を虐めようってことか?


 あと計画通りって何? 怖いんだけど!


「これくらい、当然です」


 王華院さんはやはりぶつ切りな文章で受け答える。そしてやはり僕の頭の上には足がある。まったくもって当然じゃないから! 頭のネジが数本飛んでるから!


「純恋さん、お怪我はありませんか?」


 四人の中では一番背が高い、大人の雰囲気を醸し出した女生徒が王華院さんを訊ねる。ということは当然僕よりも背が高いということだ。しくしく。


 彼女の風貌もまた魅力的だった。彼女のストレートな髪は、一本一本が細く、美しく、例えるなら湧き水のようにさらさらしている。そして、外見は王華院さんとは違って『クール系』ではなく、『大人の女性』と言えばいいのだろうか。ダンディーでお金持ちの男性と結婚してそうな感じだ。間違いなく僕の偏見だけど。


「大丈夫です。やはり鈴蘭さんのデータは正解でした」


 鈴蘭さんと呼ばれる銀髪ストレートさん。ということはあの人が二年生の白峰鈴蘭……先輩か。僕は咄嗟にあの席配置を思い出した。


 しかし。データ? 何のことだ? 僕の犯罪歴とか? いやいや僕一回も罪犯したことなかったよ。


「ならもう決定でいいじゃねぇかっ!」


 甲高い女の子の声がした。


 だからさっきから何の話を……!


「うっ!」


 僕の腰に突如重たい衝撃が走る。


 僕はそれはもう眼筋の制御が外れそうなくらい横目にして、できる範囲で首を捻じ曲げ、腰を凝視した。


 一風変わった明るい茶髪の女の子があぐら姿勢でにひひと笑う。


 飛び乗ってきたんだ、三人のうちの一人の女生徒が。しかも先ほど室内に入ってきた時とは違う格好だった。後ろで着替えてきたのか。


 学帽に学ラン、ボタンは全てオープンにしてその下はさらしで、誇張の虚しい胸のあたりをぐるぐる巻いているだけ。ちなみにこの学園は学帽はないし、ブレザーなのだが……。


 ……超かっこいい! 僕はそう思った。『ヤンキー入門1~3』に書いてなかったぞそれ! よし、今日家に帰ったら即刻やってみよう。帰ることができるか否かは今は置いといて。


 そんなことに視線をくぎ付けにしていた僕は、また強く踏まれた。痛い。腰の女の子は背も一番低かったし実際軽いけれど、足で踏まれその上体重をかけられると……っていだだだだだ!


「はい皆さん、紅茶ができましたよ。杏先輩も椅子に座って。はい、どーぞ」

「うっ……、ありがと綾芽ちん」


 奥から最後の一人の女の子が出てきて、学帽学ランさらしの女の子におぼんに乗った紅茶を差し出した。さらしの女生徒は僕の腰から離れ、机に付属した自分の椅子にもたれる。


 ということは腰に乗っていた子が都城先輩、ということか。幼い顔立ちだったので、てっきり同じ学年だと思っていた。まさか先輩だったとは。


 反応を見る限り、紅茶が苦手なのかな? なんとも子供っぽいや。


 それに対して余った名前は空宮綾芽。同じ一年なのか。


 肌は雪のように白くて、髪は後ろで束ねられていた。声を聞く限り、おっとりとした性格なのかな、と思わされる。実際この殺伐とした光景を目の前に皆さんに紅茶が提供できるんだから、そりゃそうだけど。


「あ、龍馬君も飲みます? 紅茶」


 空宮さんはかがんで、踏まれている僕に屈託のない笑顔を向けるとそう言った。それは天然にもほどがあるだろう。ちょっとサイコパスなのかと思っちゃったよ。


 この状況で飲めるか! それ以前に僕の頭の上にある足をどうにかしてくれよ!

 僕は無言で訴える。しかし彼女は「わかりました。少し待っていてくださいね」だなんていいながら奥の多分キッチンの方へ戻っていった。違うよ空宮さぁぁぁぁぁん!


「そうね。この子にしましょう」


 白峰先輩はかがんで僕を見ると飼い犬の購入間際みたいなことを言った。僕は何の品定めをされているんだ。皆目見当もつかない。


 周りにいるその他三名の女生徒も「うん」とか「はい」とか言って納得の色を見せている。


「……おい! いったい何なんだ!」


 僕は我慢ならなくて、ようやく口を開く。


「貴様は黙れ」


 瞬間的に王華院さんがクーレストに呟くと、より一層足に力を入れた。いだだだだだ。拒否権だけでなく、発言権すらないのか僕は。


「いいのです、王華院さん」


 声の主は王華院さんの足よりも向こう側、自分の席に座った白峰先輩だった。


 白峰先輩の制止で、王華院さんは少し力を弱めた。白峰先輩すげぇぇぇぇ! あいかわらず王華院さんの足はどいてくれないけど。


 僕がこの場から逃げるとでも思っているのかな。そんなことしないよ、オトコ道という僕のポリシーを守らなくちゃいけないからね!


「もう一度言う。これはどういうことなんだ!」


 ごめんなさい本当にごめんなさい。僕の分際で先輩にため口を聞いてしまうことをお許しください!


 僕は大層な口火を切ったが、心中では涙流しながら思いっきり土下座している。


 そしてやはり力の増す王華院さんの足。絶対にただの不機嫌じゃないか! いだだだだ! この無限ループすごく嫌だ!


「覇王探しの結末、と言えば良いのでしょうか」


 覇王探しの結末? 確かに東皇四天が覇王を探している、とは聞いているけれど……。


 え、そんな、ま、まさか…………!


 僕は大きく目を見開いて白峰先輩を見た。彼女はそれを見て僕に優しく微笑んだ。



「第五十代覇王は一堂龍馬君、あなたに決定しました」

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