3-3 ”必要なのは青春を放棄する覚悟と忍耐力と雑草魂といつでも死ねる心意気と、あと紅茶を直で喉に流し込むハイテク技術”
僕らは体育館に行くための通路と繋がっている学習棟一階に降りる。一年生のフロアだ。
東皇四天の四人はなんとも楽しそうに話している。しかしそこに僕が入るのはまずいので、ただ周りを睨みながら威張って歩く。これじゃあまるで僕がストーカーをしているみたいじゃないか。
「ほら、あれ見て東皇四天と一堂龍馬よ!」
「そういえば一堂龍馬が覇王になった噂、私知ってるよー」
「いやまさかないない。東皇四天の力あんただって知ってるでしょ? さすがの一堂龍馬もあれにはかなわないって」
確かに手も足も出ないけど……。おいそこの少女や、勘違いしてるよ! 覇王って強くてなれるわけでも実力主義でもないからね! ゆすりに恐喝、その他もろもろの軽犯罪たちで僕は覇王に仕立て上げられたんだよ!
それにしてもさっきからものすごい数の視線を感じる。当然かもしれないけど、珍しい動物を見た時の反応だ。昼休みで人が多いことも起因しているだろう。天下の東皇四天を見てキャッキャ言ってる生徒もいれば、僕の悪口を言う生徒もいる。というよりその二つしかない。
――だがそう思った瞬間、視線は突如一点に集められた。それは僕だけ、とか東皇四天だけ、ということではなくて僕たち以外のものに集中している。ただそれが何かはわからない。
「どわっ、いきなり止まらないでくださいよ」
丁度僕の前を歩いていた師匠にぶつかってしまった。
僕は師匠の耳元でつぶやく。しかしその師匠は僕に顔を向けることなく、そのまま前を見ていた。
そこには、一人の男子生徒が突っ立っていた。赤く染めた髪に、整った顔立ち。制服の着こなしは――なんと僕と一緒! ってことはこの人もヤンキーを生業としている種族なのか?
とりあえず、けんかが強そうなイメージだ。あの硬そうな拳で殴られたら、僕は三途の川を渡ってしまうかもしれない。
対する東皇四天さんもそのまま通過すればいい話なのに、またご立派に停止してしまった。
「あれ、一年の音切征治じゃない?」
「うわっホントだ。なんかこの景色すごいね! 東皇四天さん、両サイドを挟み込まれてるじゃん。あの二人意地汚いねー」
よっぽど東皇四天の通行を邪魔することがタブーなのか、噂話はすっかり彼色に染まっていく。僕も少し犠牲になっているけど。
いつの間にかこの情景は「ヤンキー二人が東皇四天を挟み撃ちにしようとしている」と勘違いされていた。東皇四天は皆、彼を見ているのにおかしいじゃないか!
そう言えば音切征治という名前はたびたび聞く。よく比較対象にされるから覚えていた。……ってことはあの男子生徒がもっと悪いことをしていれば、彼が覇王になったってことはないのか⁉ おい、そこの男子生徒ふざけるな! 過去にタイムスリップして酒飲め、タバコ吸え、白昼堂々購買部で万引きしろ。
「で、この状況は一体?」
「……まあよくあることだ」
師匠は僕がこの状況をよく理解していないと悟ったのか、無表情で僕に答える。
しかしこんなピリピリした状況が「よくある」のか? 僕だったらすぐに尻尾を巻いて逃げちゃうね。
「やはり噂は合っていたんだな」
フロアの生徒中の注目の的である音切君が東皇四天に向かって、ポツリと一言。
「申し訳ありませんが、今は用があるので後にはしてもらえませんか?」
「それはできません。俺もこれだけは譲れません」
すごいなー。敬語だけど先輩相手に二回も否定しちゃったよ。正統派ヤンキーかな? さすが、本物のヤンキーさんは違うなあ。
「――なぜ、あんなやつを覇王にしたんですか? なぜ、俺ではないんですか⁉ 自慢じゃないが俺は学年四番目の成績だ。統率力だって持っている、なのになぜ⁉」
正統派ヤンキー音切君は意味の分からない自分語りを始めた。
おっと、僕に対する反乱分子でしたね。あと、今すぐにでも交代してほしいけどね。でも覇王に学力も統率力も必要ないんですよ音切君。必要なのは青春を放棄する覚悟と忍耐力と雑草魂といつでも死ねる心意気と、あと紅茶を直で喉に流し込むハイテク技術。残念なことに僕は君より適任だね。
「えっ⁉ やっぱり一堂龍馬が覇王だったのかよ!」
「やばいぞ。号外だー!」
たちまち僕が覇王だという情報が流れ出てしまう。別に後々わかることだからいいけれど。
そうだ、僕が言いたいのは一つだけ――、
「覇王の希望者がいたなら、彼にしておけばよかったじゃないですか!」
また声を潜めて叫ぶ。
「いやだめだ。音切ちんは覇王には慣れない」
「なんでですか⁉」
「そりゃ龍馬ちんと比べて知名度は低いし、つまんなさそうだし、的確にツッコんでくれなさそうだし、でも一番の理由は――」
つまんなさそう、ツッコんでくれなさそう、って明らかに個人の主観じゃないですか! 音切君が哀れだよ。
「……理由は?」
「弄り甲斐がない」
「僕は東皇四天のストレスレスマシーンじゃないんですよ!」
師匠はそれはもう至って真面目に呟いた。
まあ確かにこれを音切君のような人が続けていたら、あまりのギャップに不登校になってしまうかもしれない。
「ほら、オレは今そういう的確なツッコみを求めてたんだよ。な?」
「へへ。なんかありがとうございます」
「だからその顔で言われると気持ちわりーんだって」
思ったことをドストレートに言ってしまう師匠に、僕は黙り込んだ。別にそこまでいわなくてもいいじゃないですか。……あ、こういうときの精神力だね。
未だに前方では音切君の『覇王になりたいプレゼン』が続いている。それはもうただの自慢話じゃないのでしょうか。
「もう、殺してもいいでしょうか?」
業を煮やしたせいで殺人衝動が生まれた王華院さんが一歩前に出る。音切君もうやめて!
「いえいえ純恋さん。ここで殺してしまったら生徒の皆さんが可哀そうですよ」
「そうですね、すみません」
王華院さんがまた一歩下がる。
ならば人目のつかないところでは殺してもいい、ということか。今のは王華院さんよりも怖いよ白峰先輩。
「では何故あなたはそこまでして覇王になりたいのでしょう」
「そ、それは……」
なんで音切君はそこで黙るんだ? 学園の最高権力を持ちたいからじゃないのかな?
「お、俺は昔からそういうのに憧れてたっていうか、……リーダーになりたかった、というか」
どうしてだろう、音切君の言葉に突如覇気が失われてしまった。さっきまであんなに威勢がよかったのに、今ではおびえる小鹿のように発言がたどたどしい。
「本当に、ですか?」
「い、いや、その、なんていうか、覇王、というのに、憧れてた、というか」
白峰先輩の言葉のトーンが心なしか下がったような気がする。気のせいかな?
対する音切君の語彙力が何者かに吸い取られていくみたいに、言葉の間隙にブレスが入る。
「本当は?」
ついに白峰先輩から敬語と優しさが消し飛んだ。その三文字はとても重く、音切君にのしかかる。すると、
「空宮さんが好きなので、覇王になってお話したかったのであります!」
音切君は新人の警察官みたいにびしっと敬礼。
「「は?」」
「あれ?」
音切君の大胆な告白は、フロアの全生徒の注目を集めざるを得なかった。
「ごめんなさい私は好きじゃないので」
空宮さんのあっさりした声は静寂のフロアによく響く。そして音切君が一瞬で振られたァァァッ!
フロアを襲う何とも言えない静寂の魔物。
「まじかよ綾芽ちん、決断早いな」
「そうだよ空宮さん。告白だよ告白!」
「いやなんで龍馬ちんが乙女みたいにアタフタしてんだよ、キモイぞ?」
「だって告白ですよ、今音切君は勇気を振り絞って告白したんですよ!」
空宮さんの横でかなり引いている師匠と、後ろで『公開告白』にじたばたする僕。……っと今は覇王だったね、ごほん。
「とりあえず、ごめんなさい、本当に無理です」
いつもの天然無垢な空宮さんはどこへ行ってしまったのだろうか。いやむしろこれが天然の恐ろしさなのかもしれない。僕が音切君の立場だったらもう絶対に学校に来れなくなるだろうなあ。
「な、なっ、うわぁーっ!」
完全に振られ、恥ずかしい思いをしてしまった音切君は走ってどこか遠くへ逃げ去ってしまった。本当にいたたまれない。
「では行きましょうか!」
空宮さんは急にパッと笑顔に戻ると、何事もなかったかのように一人で音頭をとりながら体育館に進んでいく。フロアはたちまちいつも通りの空気になった。
何だったんだ今のは。結局、覇王交代の文句を言いに来たのかと思ったら、空宮さんに告白して振られて逃げていっちゃったよ……。
体育館への道のりは長い。
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