3-2 ”この子ったら何を言ったって自殺ルートを提示してきちゃう。”

 覇王になって四日目。僕は学習棟のフリースペースに一人で寂しく立っている。


 昼休みだからか、ここが待ち合わせ場所に最適だからかは知らないが、やはりこの場所は数多の生徒でごった返している。……基本僕の半径五メートルの向こう側に。


 僕嫌われ過ぎじゃないか? 


「おい、誰か言って来いよ」

「じゃあお前が行けよ」

「なんでフリースペースに一堂がいるんだよ。しかもあいつ五分前からいるぞ」

「たちわるーい」


 ご学友たちからの痛烈な文句が否が応でも聞こえてくる。僕が寡黙に寂しく突っ立っているだけでこの有様だ。ひどい世界だよね。


 僕が五分もここで立っているのには明確な理由がある。決して学園の仲間たちの友情の育みを邪魔しようとしているわけじゃない。僕以外から見ればそうとられるかもしれないが、そんな気は毛頭ない。僕の分まで是非とも青春を謳歌してほしいくらいだ。


 僕は今、東皇四天さんを待っているのだ。しかし待てども来ない。僕が集合五分前に着いたのが悪いのか? でも集合時間の五分前には集合するのが当たり前じゃないのか? あれ、僕が真面目過ぎるだけ? 今の僕の恰好じゃ言えないけど、将来ロクな大人にならないよ!


 とりあえず、東皇四天さんが来るまで内容のおさらいをしておこう。


 昨日僕は部室を出る前、師匠に「どんなことを言えばいいんですか?」という覇王らしからぬ弱腰な質問をした。でも師匠は意外と真面目に答えてくれて、

「学園のトップらしく威張り散らせばいい」


 と、言ってくれた。かなり明瞭で簡潔なわかりやすい意見なんだけど、実際にやる方の僕とすれば本当にこれは難しい問題だ。だって偽物のヤンキーだよ、エセヤンキーですよ?


 でも最終的に『低い声』で、『僕』という言葉と『敬語』を使わなければ僕としては大成功だ。正直これに尽きる。


 よし、発声練習でもしておこう。


「俺俺俺俺俺俺……あーあー。俺は一堂龍馬だ。この学園で覇王の座についている。俺は――」

「どうしたの龍馬君? 風邪?」

「わあっ!」


 下を向いてぼやいていた僕の視界に――空宮さんの顔が収められた。当然僕は驚いて地声のまま叫んでしまう。


 顔を上げれば近くに他の三人もいた。相変わらず王華院さんの僕に向ける表情は怖いね。白峰先輩はいつも通りの回復能力を持つ微笑みだ。そして師匠は――⁉


「し、師匠。どうされたんですかその恰好!」 


 他の生徒にはばれないように小声で叫んだ。まあ僕の半径五メートルには不思議と東皇四天以外の人を寄せつけない最強のシールドがあるから、決して彼らには聞こえないんだけど。


「悪いかよ……」


 明らかに照れているご様子の師匠。そりゃ照れちゃうよねー、『男を目指している』師匠がそんな格好していたら。


 師匠は学帽学ランさらしの姿じゃなかった。当然あの状態で学園を闊歩できるわけないから部活以外は普通の制服で生活しているとは思っていたけど……。そう言えば初めに見た時もこんな感じだったな。後の姿が強烈過ぎて忘れていたけど。


「いえいえ全然! 超かわいいですよ!」


 学帽にしまっていた後ろ髪は微妙に肩にかかり、前髪は学帽に隠れていたから分からなかったけれど可愛くカールしている。そしてその袖の長いブレザーからは手が完全に通せていない。なんて愛くるしいんだ! これこそ真のギャップ萌えだね!


「どうしてだろうな。異性から褒められたのにこんなにドキッとしないなんて。やっぱり龍馬ちんって女の子じゃないのか?」

「何度でも言いますよ。僕は男です」


 でもその可愛さとは裏腹に性格は変わっていない。これほど残念なことがあるだろうか、いやない。


「……ていうか四人で来るなら僕も呼んでくださいよ! ああそうですかまたそうやって僕をイジメるんですか。東皇四天さんも僕を省くんですね」

「悪かったよ、泣くなって」

「いや泣いてないですけど」


 そしてやはり僕と五メートル以上離れている生徒たちは、たちまち僕を噂話を開始する。


 そりゃあ天下の東皇四天と学園一のワルが話していたら騒がれるに決まってる。もう少しましな集合場所はなかったのだろうか。


「ねえ。あそこにいるの東皇四天と一堂龍馬じゃない?」

「今都城さんが一堂に話しかけてたよな。しかもさっき『わあっ!』って」

「じゃあさっきの叫び声は都城さん? まさか一堂に暴力振るわれたんじゃないか?」


 それはもう理不尽な言語攻撃に暴力を振るわれていた。なんてひどいこじつけのされ方だ!


「龍馬ちん嫌われすぎだろ」


 僕を鼻で笑う師匠。性格にギャップがなさすぎる。


「しょうがないですよ、日々の素行の悪さには定評があるんで」

「なんかちょっと悲しくなってくるな」

「でしょう?」


 そう僕は同意を求めるが、「悲しい」と言ってくれた張本人はニヤついていた。


「……それじゃあ、全員集まったことだし行くぞ?」

「師匠。ちょっと待ってくれませんか?」


 そう言えば確認を取らなきゃいけないことがあったんだ。ちなみにその確認を完遂するには三体の雑魚モンスターと一体のボスモンスターを倒さなくてはいけない。


「なんだ龍馬ちん?」

「あのですね、これから僕は『俺モード』になるんですけど。場合によっては皆さんにため口を聞くかもしれません。だからこの時間だけは許してもらえませんか?」


「オレは別にいいぜ?」

「私も別に構いません」

「私と純恋ちゃんは同学年だから普通に敬語使わなくていいんだけどね」


 ここまでは順調。むしろこの先の一人が大問題。ボス戦の始まりだ!


「……王華院さんは?」

「断る」

「ですよねー」


 王華院さんの断絶した言葉が脳を一瞬で駆け抜けた。


 知ってた。数パーセントの確率を信じていたけれどその願いも虚しく廃れた。まずこれは好感度の問題だ。ええっと第一に僕が男である。はい、ここで好感度はゼロを下回ってメーターが壊れます。よって無理でしたね。


「でももし、そんな場面が来たらどうするんです?」

「舌を噛み切って死ね」

「もしそれが出来なかったら……?」

「腹を切れ」

「極端すぎますよ!」


 あ、だめだわこれ。この子ったら何を言ったって自殺ルートを提示してきちゃう。


 頭上に重い言葉が石のように積み重なっていく。この掛け合いを無限にやっていたらいつか王華院さんのセリフで『死因大全』なるものが作れてしまうのではないか。それは少し読んでみたい気もするが……。


 どうしよう。


 その時、空宮さんから思いがけない助け船が届いた。


「純恋ちゃん、取引しない?」

「何の取引だ?」


 僕の時とは違って案外真面目に聞いている王華院さん。男嫌いを突き通すねえ。


「あのね。今回は龍馬君の言っていた通りにするかわりに、私のスマホのフォルダに入ってる龍馬君の『僕モード(照れた時Ver)』の写真をあげる。それでいい?」

「なっ、なんでそんな写真持ってるんですか!」

「ほら、初日にたくさん撮ったじゃん」


 思い出した。僕が「やめてくださいよぅ」だなんて気持ち悪いセリフを吐いていた時のことだ。


「どうする純恋ちゃん?」

「……わかった。そうしよう」


 なんでそこでオッケーが出るんだァァァァ! 王華院さんは僕のことが嫌いなんだよね? そうなんだよね?


「空宮さん、僕の写真はダメですよ! プライバシーの侵害です!」

「でもよく聞いて龍馬君……」


 空宮さんがひそひそ声で王華院さんに聞こえないように耳打ちする。


「多分残されてる方法はこれとあと一つしかないよ?」

「あと一つ、というのは何でしょう?」

「龍馬君が性転換手術を受けて純恋ちゃんと結婚する」

「……すいません僕の写真の方で」

「オッケー」


 もちろん即答。嫌だよ、唯一残された僕の男の象徴を消すなんて! 


「では、万事解決したということで……。すいません時間を取ってしまって」


 なんとかボスを倒すことができた。ゲームクリアだ。……その犠牲として僕の写真が出回ること以外はね!


「そろそろ体育館の方へ向かいましょうか?」

「おー!」


 白峰先輩が先導を切って進む。後に続くように王華院さんが先頭につき、その後ろに空宮さんと師匠がついていった。当然お飾り覇王の僕は、一番後ろで威張り散らしながら歩かないといけない。


なんとも憂鬱な昼下がり、僕は学友たちのあらぬ噂に耐えながら行進を続ける。

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