3章 覇王な僕は威張り散らしている。
3-1 ”もし一人でも入ってきたら男子が数人異世界転生することになるだろう。”
覇王になって八日目。『来週のいつの日か』と言ってからもう一週間近く経っている。しかし仕事が来ない。……なんで?
「失礼します」
部室の扉を開けると、東皇四天の皆さんが各々デスクに座って何やら議論を開催していた。なんとも慌ただしく仕事する会社員を彷彿とさせる。
やっと先週言っていた部活動紹介か……。
僕はずっと気になっていたのに、この一週間はただお話するだけで簡単に過ぎていったのだ。今か今かと待ちわびましたよ。
「少し遅かったですね。何かあったのですか?」
「すいません。ちょっとクラス会議があって」
「それは仕方がありませんね」
僕は『僕モード』に変身しながら自分の『覇王:一堂龍馬』と書かれたデスクに座る。
「おい一堂龍馬。あと三メートル離れろ。男菌がうつる」
おっといきなり罵倒から入りましたね。でも慣れたのでライフゲージは減りません。
証明という名の呪文を唱え続けていた昨日の王華院さんの面影はどこにもない。昨晩はしっかりと考えて、心機一転でもしたのだろう。
「王華院さん、また戻っちゃったんですね。前の方がかわいかったのに」
「んなっ!」
見る限り、りんごみたいに紅に染まった王華院さんのほっぺたは温度上昇している。これは「かわいい」という言葉に反応して照れていらっしゃいますな。
「龍馬ちんあざといなー」
「よく言われます、妹に」
「それはそれでどうかと思うけど」
「龍馬君、今紅茶の準備をするね」
立ち上がる空宮さん。そしてそのまま毒薬を生成しに奥の台所へ向かった。だめだ! この確定死亡ルートから脱するには何か飲まなくても済む言い訳を考えないと!
「あああ! 大丈夫です空宮さん! 僕お茶を大量に持ってきちゃったんで!」
「ああそうなの?」
必死になって浮かんできた言い訳が空宮さんを止める。僕は白峰先輩のように慣れているわけじゃないし、味蕾に紅茶を当てずに飲む革新的発想も知らない。僕にはまだ早いんだ。だから空宮さんの紅茶を飲めるようになったら本当の大人だな。成人した瞬間まもなく他界してしまいそうだけど。
「せこいぞ龍馬ちん……。オレはさっき飲まされたっつーのに」
普通に考えれば運動するわけでもないのにお茶を大量に所持しているなんておかしい。けれど、空宮さんは疑わなかった。ただジト目で僕を見つめる師匠だけが耳打ちで疑ってくる。
「僕の人生の死因が紅茶死になるのは嫌ですからね」
同じく僕も師匠に耳打ちする。
師匠は僕が魔の紅茶を飲まなかったのがそれほど悔しかったのか、僕を軽く無視すると自分のデスクに置いてある資料に目線を戻した。
「えーと会議の途中だったな、龍馬ちんはその資料に目を通しとけ」
「これですね」
僕はデスクに置かれた一枚のプリントを手に取る。
えー何々? 『部活動紹介』ね。って明日の五、六時間目じゃないか! よくこんなぎりぎりになるまで放っておいたな。僕だったらプレゼンを重ねて一週間前には終わらせますよ?
今更にはなるが部活動紹介とは部活動を紹介する会のことだ。そのまんまだけど正直言ってこれ以外の説明のしようがない。対象は今年入学の一年生で、体育館で催されるらしい。
本来であれば僕も参加することになるんだけど……、僕は覇王だからどうせ東皇四天の皆さんのコバンザメになるんだろうな。悲しいなー覇王って。
「あのすいません。学園治安部も部活動紹介するんですか?」
「ああするぞ、一応な。でもオレらの部活は任命制だから募集はしないけど。だからほらその紙にも書いてあるとーり、オレらはトリのお飾りだ」
本当だ。生徒会長のあいさつから始まって、各部活の紹介を通って最後のシメみたいな感じで学園治安部の紹介、とある。
「龍馬ちんが来たからもう一度説明しよう。本来の部活動紹介が終わる。そしたら東皇四天がステージに出る。んで、ここからが部長のオレの華麗なるスピーチよ!」
「わかりました。では次に進んでください」
「そうね。杏、それで次はどうするのです?」
「ううっ、純恋ちんも鈴ちんも厳しいなぁ……」
今のは師匠にだいぶ精神的ダメージが蓄積されただろう。いくら「部長のオレの華麗なる~」がひどかったからってあそこまでないがしろにされるなんて。そうだよ「部長のオレの~」がいくら面白くなかったからって……ん?
「ぶっ、部長⁉」
「なんだ龍馬ちん、そんな『師匠が部長だなんて信じられない! てっきり白峰先輩だと思ってました!』みたいな顔をして」
心の端々まで全て読まれてるじゃないか……。師匠はいつからエスパータイプになったんですか。
「部長は主席の人がなる決まりなのですよ。だから来年は純恋さんが部長ね」
ということは白峰先輩が次席? てっきり逆だと……。見た目と中身は違うってこのことなんだなあ、どっちも頭いいけど。
「でも純恋ちゃんが部長なら安泰だよねー」
「それなりに、頑張るよ」
空宮さんはちゃんと考えてそれをのんきに言っているのかな? もしそうだとすれば脳内改造が必要になるかもしれない。
それはとんでもなく大変な話だ、空宮さんも新覇王も新一年も。どうか来年入学する男子生徒が全員バカでありますように。もし一人でも入ってきたら男子が数人異世界転生することになるだろう。
「ごほん。今は部長の話はどうだっていい。次に進むぞー」
部長の師匠が一回咳ばらいを入れて、続ける。
「オレの話が終わる。そして最後の最後、覇王の登場だ。んで――」
はい? ちょっと待ってください! 聞き捨てならないセリフが聞こえました!
「『んで――』じゃないです! 僕も出るんですか部活動紹介⁉」
「ああそりゃ出るだろ学園のトップだし」
ある意味権威の濫用じゃないかそんなの。
「まさか僕、そこで演説しろとかじゃないですよね?」
「お、流石次席だな。わかってんじゃん。じゃ、明日までに内容考えといてー。はい今日はかいさーん」
東皇四天たちは解散を告げられると各々のいた場所へ戻っていった。王華院さんに関しては明らかに僕から遠ざかるように離れていった。そこまでしなくても……とほほ。
「そうだ、明日は内容とかもチェックするから昼休みに一旦集まるぞ。場所は……学習棟のフリースペースにしよう」
「「はい」」
この学園には教員棟、学習棟、部室棟と体育館のおおまかな四つの建物がある。学習棟というのは僕ら生徒が学ぶ教室がある棟のことだ。その中には各階にフリースペースというのが在って、主に待ち合わせで使われている。当然ながら僕は今まで使ったことはない。だって友達が――、……やめておこう。
はあ、演説かあ……。そんなことをするのはいつぶりだろう、中学校以来かな。
僕は別に内容を考えることが面倒くさくて悩んでいるのではない。確かに一年生全体の前で登壇しなければならない、というのは緊張するけれど、嫌いなわけじゃない。
でも高校生になった僕にはそれをはるかに上回る不安があった。
一番の原因は、この演説をするのは僕じゃないってことだ。
そう、僕は『俺モード』で演説をしないといけないんだ。
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