2-4 ”女性に告白されたのは初めてだったからだ。そう、女性にはね。”

 覇王生活二日目。僕は『俺モード』で、ただ茫然と部室へと向かっている。


 今日の授業は全て寝てしまった。いや、ヤンキーの僕は毎日寝ていたけど、それは寝たふりだ。寝たふりをして授業態度を悪く見せていただけ。


 でも今日は完全に睡魔に襲われたせいで、本当に寝てしまっていた。ああ、家に帰って勉強しないと……。


 なぜ先生の素晴らしい授業の最中に眠気に襲われたのか。その理由は多分一つしかない。


 ――王華院純恋さんの一件だ。


 僕は昨日彼女に告白されてしまった。ちなみにそれは『僕』でもなく、『俺』でもない、ニュータイプの……『私』とでも言えばいいのだろうか。それは意図せず創り出されてしまったものだけど。


 そのせいで昨日は眠りに着けずに夜更かしをしてしまった。いくら『僕』ではないにしても、女性に告白されたのは初めてだったからだ。そう、女性にはね。


 花梨との食卓にも遅刻し、ちょっとだけ冷めてしまったミルフィーユカツも、のどを通った感じがしなかった。きっと天才妹の作るご飯はおいしいんだろうけど、その味を知るのはまだ先になりそうだ。


 覇王+東皇四天の部室『学園治安部』の扉を目の前にして、僕の億劫な性格が滲み出る。のんきに入っていったって現在『俺モード』なのだから、大丈夫と言えばそうなんだけど。


 王華院さんは今日必ず来るだろう。なんて言ったって好きな女の子と待ち合わせの約束をしたんだから、まず来ないはずがない。あと何度でも言うが僕は男だ。もう一度言おう。僕は男だ。


「ちわーっす」


 僕は何事もなかったかのようにすまし顔をしながら部室へと入る。そして覇王の席に荷物もろもろを置くと、辺りを見回した。


「こんにちは。一堂君」

「お、龍馬ちんちゃんと来たんだな」

「龍馬君、紅茶入れるね」


 白峰先輩、師匠、空宮さんの順に、僕を挨拶してくれた。僕は何も考えず、ただ「どーも」とだけ返事をした。


「龍馬ちん、今日はヤンキーモードなんだな。オレはこれがこの部室にいるときの正装だからいいけどよ、別に今は力抜いてもいいんじゃねーか?」

「ちょ、ちょっと師匠……!」


 今日も相変わらず学帽学ラン、そしてさらしを巻いた師匠が口を滑らせた。もちろん僕はあたふたする。


「おっと……そうだったな。でもまあ大丈夫だ、まだ純恋ちんは来てない」

「確かに純恋さんがまだですね。どうしたんでしょうか」

「ああ、今日は純恋ちゃん委員会らしいですよ。『少し遅れる』ってメールが来ましたから」


 この学園には委員会というシステムがある。これ自体はどの学校にも存在することだが、この学園では委員会がカリキュラムに入っているのだ。わかりやすく言うと、『授業』としてカウントされる、ということ。普段は六時間で授業は終わるのだが、月に一度、各委員会で一時間活動しなければならない。でもそれは各委員会でやる日にちはバラバラで、今日は王華院さんが入っている委員会の活動日のようだ。


 ということは、王華院さんは一時間帰ってこない。


「はぁー、よかったー」

「どうしたのです? そんなほっとしたような顔をして」


 ソファーに座って紅茶をすすっている白峰先輩が、僕の方を振り返る。


「いやですね。昨日の放課後に色々とありまして……」

「龍馬ちん、その目つきでその口調だと本当に気持ち悪いな。オカマみたい」

「そこまで言わなくても……」


 師匠に言われ気づくと、僕は普段通りの『僕モード』へと変身していく。


「やっぱりそっちの方がいいよ」


 覇王のデスクに紅茶を持ってきてくれた空宮さんが僕を残念なほうで褒めてくれる。白峰先輩も師匠も「うんうん」と頷いている。なんとも納得いかない。


「杏先輩もいります、紅茶?」

「い、いやいらない」


 相変わらず師匠は紅茶が飲めないようだ。微笑ましいなあ。


「あ、昨日は紅茶を折角出してもらったのに飲めなくてすいません」


 紅茶を見ていたらそんなことを思い出したので、僕は空宮さんに謝った。


「いやいや大丈夫だよ。……で、昨日の放課後に何があったの?」

「ああその話に戻りますか。あのですね――」


 王華院さんには悪いかもしれないが、この三人に相談しておいて損はないだろう。僕に『モード切替』があることは知っているし、もしかしたらいい解決策を導き出してくれるかもしれない。


「実は……」

「「実は?」」


 僕の横に立つ空宮さんが、東皇四天のデスクに座る。


「おう――」

「やあブロンド姫、待たせたね!」


 いきなり部室の扉が開く。そしてこの神妙な雰囲気は一瞬にしてハイテンションバージョンの王華院さん色に染まってしまった。


 なんで王華院さんがいるの⁉ 一時間は来ないっていったから普段の姿になったのに!


「あばばばばばば」


 僕は王華院さんを見た瞬間、メデューサに石化されたみたいに固まった。そして電池を抜かれたアンドロイドのように黙り込む。そうすることしかできなかった。


「純恋さん? なぜここに?」

「純恋ちゃん、委員会は?」

「そんなもの早退してきた。約束があるのだ、私の将来の花嫁とな!」

「おいおい純恋ちん、支離滅裂で何言ってんのかわかんねーよ……」

「おっとやはり来てくれたかブロンド姫! 約束を守ってくれたのだな!」


 先輩たちの言葉には全く反応せず、ずんずんと王子様感あふれる王華院さんが迫ってくる。昨日の僕がこのシーンを見ていたら何を思うだろう。……軽く目が飛び出しそうだな。


 日本には『ギャップ萌え』という言葉が存在するけれど、王華院さんには適応外だ。ギャップが大きすぎてもはや『二重人格』を疑ってしまう。というよりそれで説明づけた方がよりしっくりくる。


 どうか僕ではありませんように。王華院さんがあと三歩進んだら僕に関する記憶をすべて失いますように。あと、壮大なドッキリであったら泣いて喜びます。


「やあブロンド姫。あのことについては考えてくれたかい?」


 できるだけ目を合わせないように下を向き続けてきたが、王華院さんはついに僕の横まで回り込んで、覗き込んだ。


 やはり僕だった。ついでに記憶も消えていなかった。


「チョットダレノコトカワカラナイデスネー。ヒトチガイデハアリマセンカ?」


 僕はまだ日本慣れしていない帰国子女を装うが、それもうまく行かないみたいだ。


「何を言っているんだブロンド姫。私の眼が間違えるわけないじゃないか。さあ、顔を上げて?」

「……なあ純恋ちん、さっきから何をやっているんだ? 気がおかしくなっちまったのか? しかもさっきそいつを花嫁だとかなんとか……」

「いいえ私は至って正常ですけど……はい、このブロンド姫は私と結婚するのです。まだ予定ですが」

「ぐはぉっ」


 恥ずかしそうに答えた一言で完全に場は硬直してしまった。もうやり方は何でもいいから気絶させてほしい。


「「はいーーーーー⁉」」


 そしてお決まりのように喚声が響く学園治安部の教室。


「……なあ純恋ちん、そいつ、龍馬ちんだぜ?」

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