2-5 ”QED.”

「……なあ純恋ちん、そいつ、龍馬ちんだぜ?」

「師匠ーーっ!」

「もういいじゃねーか。龍馬ちんが言いたかったのってこのことだろ?」

「そうですが……」


 師匠が思いっきりネタバレをしてしまったわけだが、王華院さんは当然「悪い冗談だ」だなんて言って笑っている。


「ブロンド姫が一堂龍馬だと? 金髪が同じというだけで全くの別人ではないですか」

「まあ普通の人だったらそう思うよなあ」


 師匠が共感して首を縦に振る。何故僕が責められているのでしょうか。


 王華院さんに疑いの目などなかった。ただ晴れやかな微笑みを僕に向けている。それが僕にとって「なかなか言い出せない」最大の要因だった。


「証拠もなしにあの低俗な人間がブロンド姫だと言うのはやめてください。先輩だとしても怒りますよ?」


 だからなぜ言葉の端々で僕は傷つかなければいけないのでしょうか。とっても不思議だね!


「じゃあ証拠を見してやんよ。な、龍馬ちん」

「で、でも……」


 途端に師匠から話を振られる。この流れになるのは当然と言っていい程確実だった。


 こればかりはあの王華院さんも表情を引き締めた。心の中では「そんなわけがないだろ」みたいにバカにしているとは思うけど。


「『漢』がピンチに遭遇したら?」

「腹をくくれ」

「そーゆーこった」

「先輩もあの本読んでたんですね」

「ブロンド姫は女の子なのだが……」


 『漢入門』を師匠も読んでいたとは……やっぱり僕の師匠だ。いつか追い付けるように頑張ろう。……僕ってば女の子に『漢』について教えられているんだ。悲しいね。


 対する王華院さんは散々な警告の数々を無視に無視して、まだ僕が女の子だと勘違いしている。


「では失礼して」


 まずはワイシャツをだらしなく外に出し、第二ボタンまでオープン。次にポケットからカチューシャを出し、オールバックにして頭に装着。そして最後に大本命。目をこすって強制一重にする。あっという間に一堂龍馬『俺モード』に変身!


「お、王華院。こういうことだ」

「別にセリフまで変える必要はねーと思うが……」


 男らしい低い声と敬語を取っ払ったその口調に、師匠がツッコむ。


 さて……僕の横でじっくり見ていた王華院さんはどんな反応――をッ⁉


「貴様、私の婚約相手をどこに消した? 場合によっては翌日川辺で発見されることになるが……?」


 王華院さんに胸ぐらをつかまれていた。これでもまだ信じてないのかよ! そしてやっぱり僕は死ぬんですか?


「おいおい純恋ちん、ちゃんと見てただろさっき。まだ信じられないつもりかよ。純恋ちんの言ってるブロンド姫は龍馬ちんで龍馬ちんはブロンド姫なんだよ」

「いいえこれはマジックです。もしくは瞬間転移魔法です」


 物凄い圧で現実を叩きつける師匠と、意味の分からない答えを導き出す王華院さんと、とりあえず胸ぐらをつかまれている僕。


 王華院さんの目がぐるぐるとかき混ぜられているみたいに回っている。現実という名の猛毒が体中に回ってきたのだろう、終いには僕から離れていってしまう。


「おい龍馬ちん、純恋ちんがなんか呟いてるぞ……」


 最終的には部屋の隅っこに壁に向かって体育座り、という形で落ち着いた王華院さんの方を見ると確かに何か言っている。


「……一堂龍馬がブロンド姫。ブロンド姫が一堂龍馬。男がブロンド姫。仮定より男イコールごみくず。よって一堂龍馬イコールごみくず。……QED.」

「そんなところで証明終了しないでくださいっ!」


 ボソッと聞こえてくる言葉たちが呪いの言葉みたいに聞こえてくる。そして王華院さんからあふれ出る負のオーラ。


 正直ちょっとかわいそうだ。僕のせい……いやそれはわからないけど、王華院さんがダークサイドに堕ちてしまいそうなのでとりあえず救出しよう。


「あのー王華院さん?」


 僕は元の姿の『僕モード』にチェンジすると、負のパワーにたじろぐことなく話しかけた。


「…………なんだごみくずの一堂龍馬?」


 現実を受け入れ始めた王華院さんに、早速僕はごみくず認定されたらしい。


 王華院さんはまたすぐに顔を伏した。


「えっとですねー。まああのー結婚のことなんですが……。僕は女の子じゃないのでできません。……一応、『男』なのでケジメはつけさせてもらいました」


「ああ。私も貴様のことは嫌いだ。……そうだ、貴様が女になればいいのだ。それで全てが解決だ。はははははは……はぁ」


 もう『二重人格』とかではなくサイコパスにでもなったのだろうか、王華院さんがとても怖いことを言っている。僕に性転換手術を受けろ、だなんて常人の発想ではないだろう。というかまだあきらめてないのですね!


「あはは……じゃあ僕は失礼しまーす」


 僕はそのまま自分のデスクへとリターンする。結局王華院さんは体を丸めて体育座りのままだ。そんな王華院さんに紅茶を勧める空宮さん。あの方も天然というよりは、サイコパスさんに近い何かだ。


「……王華院さんって、結構変わってますよね」


 僕は席に座ると王華院さんに聞こえないよう呟いた。


「もぐ……頭がいい奴は変人が多いって言うだろ? そーゆーことじゃん?」


 僕の右前に座っている師匠がいつの間にかポテトチップスをあり得ないほどもぐもぐ食べていた。僕が師匠を見た瞬間、「これオレのだから」だなんてポテトチップスを遠くへ置く。


「いや別に食べる気はないですけど……。でもそんなこと言ったら東皇四天の皆さん全員変人ってことになっちゃいますよ」


 うん。変人だけど。師匠は『男を目指している』、空宮さんは『天然』、王華院さんは見ての通りの『かわいいもの好き』で、白峰先輩はまだ詳細は不明だが、物静かな表情の奥には何かが隠されているはずだ。


「龍馬ちんが思っているのだけじゃないと思うぞきっと」


 師匠が僕の考えていたことを見透かした。師匠は『エスパー』持ちだって言うのか……、いや冷静に考えてそれはないな。


「そうだな。龍馬ちんも一応覇王なわけだし、教えておいてもいいか」

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