1-8 ”な、なんだと! エーか、いや違う。これは未開の伝説の新大陸。トリプルエーというやつなのか?”
僕は立ち上がって声高らかに叫ぶ。アルトボイスだけが部室中に響き渡った。
その余韻が残る部室で、三人はそれはもう目を真ん丸にして僕を直視した。あの白峰先輩や空宮さんでさえもだ。
「りょ、龍馬君⁉」
「どーした龍馬ちん!」
想定外の言動たちに、持っていたティーカップから少量紅茶をこぼす空宮さんと直接ローテーブルに身を乗り上げる都城先輩。空宮さんのこの感じは多分激レアな気がしたので、僕の脳内にすぐインプットされる。
「……まさか一堂君」
白峰先輩はごくりと唾をのむ。セリフだけは冷静だが、本心では焦っているはずだ。あっけにとられて声が震えている。
「そうです」
僕はオールバック用に留めていた男ものカチューシャを外して、ローテーブルの上に置いた。髪を前におろすと、今度はワイシャツの一番上のボタンを付ける。そして最後に目つきの悪い一重の目をこすり、もとの優しいぱっちり二重へ戻した。
俺は、僕に戻ってしまった。本当にいたたまれない。
「僕、こっちが本物なんです。すいません今まで先輩にため口聞いたりして」
僕はそんな彼女に応答すると、全体を通して今までの無礼を詫びた。なんでだろう、悔しいけれどやっぱりこっちの方が僕は楽だ。
ただ東皇四天の目の前で起立している僕と、あんぐりと僕を見つめる東皇四天。
「「かわいい」」
あまりの衝撃に彼女たちは、どもっていたり詰まったりしていたが全員がそのセリフを吐いた。やっぱり吐いた。
「しゃ、写真撮っていい?」
パシャパシャパシャ、と無許可で何枚も撮っていく。しかし僕はそれを指摘できず、
「やめてくださいよぅ」
と、そんなことしか言えなかった。外見を戻すとやはりどうしても口調も戻ってしまう。
そしてその言葉は空宮さんの行動を助長させてしまう。急に、アイドルを撮るカメラマンみたいに「かわいいねーかわいいねー」と言い寄ってきた。キュートな声を発しながらオヤジ臭いというカオスワールドだけど。
こんな壊れた空宮さんは嫌だ!
「ええあの一堂龍馬がなぁ……。まっ、まさかオレと同じさらし族だって言うのか! どれどれ触らせてみ? 触らせてみ?」
都城先輩がとんでもない表情で笑っている。まるでかわいい女の子を見つけた時の男子の顔だ。さらに手つきが気持ち悪い。『さらし族』ってなんですか。新手のヤンキー集団ですか?
忍び寄る魔の手。それは一直線で僕の胸元へ飛び込んできた。
「うひゃっ! やめてくださいって。ふふふひゃひゃひゃ!」
「な、なんだと! エーか、いや違う。これは未開の伝説の新大陸。トリプルエーというやつなのか?」
都城先輩が僕をぺたぺた触った。それが終わり元の場所へ戻ると、何故か自分の手の感覚をまじまじと確かめていた。
「揉め……なかった」
死に際のセリフみたく、都城先輩が意気消沈。
ん? 待てよ。何か大きな勘違いをされていないか?
「みや――」
「一堂君。いやごめんなさい一堂さんでしたね。いいんですよ、人は皆それぞれでみんな違ってみんないい、ですから!」
んんんんんんんんんんんんんんんんんん?
白峰先輩の意味の分からないフォローが続いた。いやあほんと分からないよね。まるでこれじゃあ皆さんが僕を――いやそんなまさかねー偶然偶然!
ちょっと話を整理しますね。万が一話が食い違っていた、なんてそんなことが起こるわけがないんだけどね。一応確認だよ、確認。
「こほん。……つまり何が言いたかったっていうとですね?」
「「一堂龍馬は女だった」」
「ちがうわ!」
僕の渾身のツッコミが東皇四天のお三方の脳内を駆け巡る。そこを勘違いしちゃったか! 物凄く泣きそうだよ!
「僕は正真正銘の男です!」
部室中に閑静の匂いが漂う。あれ、僕何もおかしいこと言ってないよね。ね⁉
「えーーーー‼」
少し空気を溜め込んだ彼女たちの閑静は、喚声へと大きく変わる。
彼女たちの反応と驚きは今日一のピークに達した。そこで達するのはおかしいでしょう。
「いや、僕って言う一人称だし、制服もほら! 男用じゃないですか!」
「でもオレもオレって言うし、今着てんのもほら、学ランじゃねーか」
「都城先輩のは普通じゃないです」
「えーそうか?」
学ランをびらびら見せてくる都城先輩を僕が冷静沈着に一喝。いや、どうみてもあなたの格好はおかしい。
「なんで龍馬君は不良みたいな恰好をしているの?」
「そーだぞ。その姿だったら学園のマドンナになれたのに。オレもさっき惚れちまいそうになったぜ」
「そんなに東皇四天に入りたくなかったのですか? 確かに強制参加ですが……」
「あ、いえいえ。東皇四天は入学するまで知らなかったので違います」
強制参加なんだ。不良になってよかったぁ。
「ではなぜ?」
「……聞いてくれますか?――」
僕は勝手に回想を始める。そしてなぜ不良オーラを出しているのかを、三人にすべて話した。
「わがるよぉぉぉ!」
話の途中で泣いてしまった都城先輩。キャラ濃いなーこの人。一体どこに琴線に触れるポイントが?
「ええっと、今のどこに共感されたんですか?」
「……全て。グズッ」
「は?」
「うんうん、わかるぞその気持ち! オレもそうだからなー。誰からも認められないその悲しさ、虚しさ! だから高校で男らしい不良に変わったんだよな?」
都城先輩が僕の肩に手を置いて、興奮冷めあらぬ勢いでそう言った。
まさか都城先輩が同じ悩みを抱えていたなんて……。確かにその恰好を見れば理解できるけど。
「本当ですか、分かってくれるんですか都城先輩。共感者がいて嬉しいです。ありがとうございます。都城先輩!」
「都城先輩なんてよせやい。オレのことは……うーん、『師匠』とでも呼んでくれ」
「はい分かりました師匠! また話聞いてもらってもいいですか?」
「おーけー、いつでも待ってるぞ!」
かっこいい……。
僕は今完全に、オトコとしての都城先輩、いや『師匠』に惚れた。これからオトコ道について詳しく聞いていこう。
「あのー二人で盛り上がっているところすいませんが。もう下校時間です」
空宮さんが肩を組みあった僕たちに、壁掛け時計を指して言う。短針はすでに真下に降りていて、長針は真上よりも少し右にずれていた。
「あ、じゃあ僕は失礼します。白峰先輩、空宮さん。そして師匠、また明日」
また明日、と言ったのは師匠と『オトコ道』について談義するからだ。決して一か月限定覇王だからじゃない。
僕は颯爽と部室を出、廊下をスキップで駆けだす。
ああ部室外ではしっかりと演じなくては。ボタンを開けて、目をこする。
そして僕は、一か月限定覇王の初日勤務を終えた。(一章終わり)
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