2章 要約すると、変わり者たちをまとめている。
2-1 ”こんなことされたら、にーの美貌なら間違いなしに男子はイチコロだよ? 気を付けてね?”
「ただいまー。花梨いるー?」
僕は玄関から、妹の花梨がいるかどうか確認する。
「にー、おかえりー」
今年で中学一年生になった妹がリビングルームからひょこっと顔を出す。そして屈託のない純粋な笑顔を僕に向けた。今日一日のライフゲージが全回復してしまうくらい、かわいげがある。
ちなみに花梨からは「にー」と呼ばれている。外に出ると少々恥ずかしいけれど、「お姉ちゃん」だなんて言われるよりははるかにマシだ。
「ごめんな遅れちゃって、すぐに準備するから待っててね」
僕はそそくさと洗面台に行き、手を洗い終えるとエプロンを手に取る。
そう、準備というのは晩御飯のことだ。親は仕事が忙しく、この時間帯にはそうそう帰ってこれない。だから僕が休日を除いて毎日、晩御飯を作っている。
いつもであれば四時には家についてゆっくりと準備ができるんだけど……今日は覇王だ東皇四天だ、その他もろもろの問題で現在時刻は六時十五分。大遅刻だ。家が学校から十分の距離にあって、本当に良かったと思う。
「ふふー、その必要はないのですよ!」
僕が焦ってエプロンを巻いている中、洗面台までついてきた花梨が鼻高々に言い張る。「なんだよ」と僕が失笑。
「本当にいらないんだけど……まあいいや。――ではリビングにご招待します、お兄様」
僕はエプロンを巻き終わる。花梨に言われた通りにはしなかった。
花梨は紳士みたいに頭を下げると、僕の前に立って先導する。ああ紳士っていうのもいいなあ、もうこのスタイルを確立しているから無理なんだけど……。
そしてそのままリビングまで招待される僕。
「うわぁっ!」
そこには、目を疑うような光景が広がっていた。
「これ全部花梨が?」
「うん! どう?」
緑だけではなく赤や黄色が混じった、まさに絵の具で色付けされたようなサラダボール。もちろんそれだけではない。定食屋さんのメニューにありそうな見た目でサクサクとわかるようなミルフィーユカツ。切られたお肉とお肉の隙間から、光り輝く汁が流れ落ちている。
一言でいえば旨そうだ。しかし、花梨はご飯を作れないはずじゃ……?
「こんなの、どうやって……」
「えっとねー、にーが帰るの遅かったからお料理レシピ見て作ってみた」
「え、練習とかもせず? レシピを一度見ただけで?」
「おいしそうでしょ!」
そうだった。僕の妹は天才なんだった。それは学力だけじゃなく、器用さなども含めてオールマイティ。僕が長年やってできたことを、いともたやすく瞬間的にこなしてしまうんだ。僕の人生経験の中では我が妹がダントツで一番の天才。
「ああすごいよ。これから晩御飯は花梨に任せようかな」
「いいよ! 任せといて!」
冗談半分に言ったつもりだったんだけど……受け入れられてしまった。でも、妹が「やる」と言っていることを否定するのは僕の『お兄ちゃん美学』に反するので、そのままお願いすることにした。
「でも……大丈夫、無理してない? 油がはねてやけどとかしてない? 包丁で指切ったりしていない? ほら手見せてみて?」
僕はわなわなしながら花梨の手を取ると、それをぺたぺた触ったりして観察する。しかしやけどの痕なんてなかったし、切り傷もなかった。ただベージュの華奢できれいな手。
「にー……あざとい。あと大丈夫だから」
「へっ?」
花梨は僕の手を払うと、「やれやれ」と頭を抱える。僕、今何か悪いことした?
「こんなことされたら、にーの美貌なら間違いなしに男子はイチコロだよ? 気を付けてね?」
花梨は何故かとても真面目そうに僕に説教をかます。しかし最後に「あ、でも学校では不良だったのか」と付け加えると、落ち着いた。
途端に僕はかーっと恥ずかしくなる。……ってそれおかしくない?
花梨がそれを兄の僕に言うのもなんともおかしい情景だ。
ちなみに僕が不良を装っていることは家族は知っていて、しかも了承済みでもあるのだ。理由を話したら分かってくれるくらい、僕の親はいい親で、金髪にすることも許可してくれた。まあそのの代償にテストでの好成績を求められたけど。一応今も約束は守り続けている。
「……じゃあせっかく花梨が作った料理なんだ。熱いうちにいただいちゃおう」
「そーだね。ん、あ、そうそう。さっきので思い出したんだけどさ」
「どうしたの?」
僕がいただきまーす、を言う前に花梨に止められる。「さっきの」ということは、あざといお話のところで何かあったのだろうか。
「ほら、にー。頭だよ頭。今日はどうしたの珍しい」
花梨が僕の頭を指さした。なんのことだ――あ、
「このカチューシャのこ……あれ」
今度は両手で触ってみる。しかしない。まず僕の髪が少し目にかかっている時点で、あるはずがない。
「が、学校に忘れた」
どこにあるのかはすぐに思い出せた。確かに、ローテーブルの上に置きっぱなしだ。
「えっ、それってやばくない?」
「超やばいかも……」
言葉の通りだ。すごくよろしくない。これじゃあ明日恥ずかしくて学校に行けない。どうする僕?
「花梨、カチューシャ持ってない?」
「そもそも持ってないし、あったら女の子のカチューシャ着けていくの? それこそやばいでしょ」
「確かに、それはもっとまずい」
妹の的確な判断に、僕はだいぶ狼狽える。
他に……、友達に取ってきてもらう? あ、だめだ僕友達いないじゃん。ぐはっ!
予期せず、自動的に僕のライフゲージが減っていった。
「とってくれば?」
花梨が平然とした顔で言う。
「でも……」
そんなことをすれば花梨の初手料理が冷めてしまう。まず、この流れの時点で結構冷めてきているとは思うけど、まだ湯気だって立っている。
「十分くらいなら大丈夫でしょ。ほら、にーの学校なら自転車でならすぐじゃん。私の自転車貸してあげるからとっとと行ってきなよ」
「……うん。わかった! じゃあ行ってくる、すぐ帰って来るからな!」
「おー!」
僕は勢いよく立ち上がり、玄関まで猛ダッシュで突き進む。
そして花梨の自転車を貸してもらうと、一目散に学校へ向かった。
この時はまだ、たった一つの忘れ物をしたことが、僕の人生をめまぐるしく変えてしまうなんて思いもしなかった。
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