1-6 ”見えない何かに、彼は殴られていた”

 犠牲というのは明らかに僕のことだろう。一体この人たちに何されるの? 殺人?


「そのー、犠牲ってのは……?」

「それを言っては面白くありません。ではどうぞ綾芽さん」


 白峰先輩はクスッと笑うと、空宮さんに会話をふった。


「はい、わかりましたー。少し待っていてくださいね龍馬君」

「綾芽さん。これを使うといいですよ」


 空宮さんは自分のスカートからスマホを出すと、何やら弄りだした。


 対する白峰先輩はどこから取り出したかはわからないが、プロジェクターのようなものを机に置く。はて、これから何が始まるんだろう。


「あっ、それはいいアイディアですねー。では龍馬君、ついでと言ってはなんだけど電気を消してくれない? 入り口のところにあるから」

「……おう」


 空宮さんは一体何を考えているのか、そのニコニコした表情からは何も読み取れない。新しいタイプのポーカーフェイスだね。


 第一、そんなことをしたら本来僕に逃げられてしまうじゃないか。もう絶対に逃げられいけどね! まあまさか僕が逃げられないのを見越している、ってわけじゃないだろうし……。


 僕は電気を消すと元の所へ腰かけた。


 その間に空宮さんは何やら準備を終えていた。スマホとプロジェクターのようなものがコードで接続されている。


「ではでは皆さん準備はオッケーですか?」

「「オッケー」」


 白峰先輩と都城先輩が拳を握って突き上げる。ええ、何このライブ特有のノリみたいなやつ……。


「これは監視対象を一週間前に撮った動画です」

「あ、綾芽ちんがまだ見せていない、秘蔵ってやつ? 今度はどんな面白さなんだろ。ずっと楽しみにしてたんだよねー」


 皆動画見るくらい暇なの?


 都城先輩が思い出し笑いをしている。そしてそれを見て白峰先輩が「そうね」なんて言いながらクスリと笑った。白峰先輩が本当の意味で笑ってしまうほどの面白い動画ってなんなんだろう。気になる。


 というかなんで僕は東皇四天に秘蔵のおもしろ動画見せられようとしているの?


「これはもう最強です。多分SNSに上げたら絶対にバズると思います。今日許可取るつもりなんで、夜には動画上げられると」

「そんなことより早く早くー」

「……分かりました。ポチッ、と」


 空宮さんが再生ボタンを押した。するとプロジェクターによって壁一面に動画が映し出される。


 映っていたのは東皇学園の制服を着崩し、金髪のオールバックで、目つきが悪いというお見事過ぎるほどにヤンキー適正が三拍子そろった一人の男子生徒だった。


 途端、男子生徒がズームアップされる。


 彼は何かを眺めている。そして何かを見つけると、そこを見続けていた。


 カメラが視線を追う。彼の目線の先は職員室だった。


 彼はキョロキョロ辺りを見回した。だが撮影者は隠れていたのだろうか、小さいスマホカメラに彼が気づくことはなかった。


 誰もいないと理解した彼。そして彼は突如叫びだした。


『うわっ! 一堂龍馬が暴れているぞー! あの一堂龍馬だぁーっ!』

『きゃあっ! 一堂君やめて! やめて! 一堂龍馬君!』

『やばいでやんす! 誰か一堂龍馬を止めるでやんす!』

『やっ、やめろ一堂! ぐはぁっ! 覚えていやがれ一堂龍馬ァァァァ!』


 セリフの中には『一堂龍馬』という名前がフルネームでおぞましいくらい誇張されていた。


 彼はいちいち場所を変えて、声色を変えたり、口調を変えたりしている。女性役を演じているときはなかなか様になっていた。声だけ聴けば完全に女の子。最後の人に関してはリアリティーを追求した結果なのか、スマホカメラには見えない何かに、彼は殴られていた。


『大丈夫か⁉』


 次々と教師が職員室の窓を開け、身を乗りだした。


 彼はそれに気づいた瞬間、木陰に隠れてひっそりとその場を後にした。


『くそっ、また誰もいない……! また拉致監禁騒ぎか……? 俺は下へ行きます。○○先生と××先生は回り込んでください! 今日こそ現場を押さえるぞ!』


 マッチョな体育教師たちがこぞって職員室から出ていく音がする。完全に騙されていた。


 そこで動画は終了していた。


 空宮さんが口に含んだ紅茶を今にも噴き出しそうな勢いで笑いをこらえていた。ぷるぷる震えている。


 都城先輩が床をゴロゴロ転がりながら、腹筋を押さえて笑い悶えていた。高笑いが止まらないようだ。


 白峰先輩は……スクリーンを見ながら涙を頬に流していた。ちなみにこの動画の芸術性に感動したのではなく、笑い泣きをしていると思われる。


 最後に僕だが――言わずもがなだ。


 体内の水分量はほぼゼロに等しくなり、砂漠に転がる小枝みたいに乾ききっていた。埴輪を思い浮かべればわかると思う。


「すいません……! 噴き出しそうです……!」

「傑作だなこりゃ! あっひゃひゃひゃひゃひゃ!」

「どうしてかしら、涙が止まりません……!」


 彼女たちの言葉が僕のライフゲージを攻撃する。しかし一撃必殺の技に僕は耐えられない。最終的にはライフゲージをぶっ壊すと、僕の心臓をそのまま突き破る。


 ようやく犠牲の意味がわかった気がする。痛すぎるけども。


「ど、どうです龍馬君? 感想は……ぷっ!」

「……すごく誰かに殺されたい気分」


 空宮さんからの質問に、僕は亡霊のような暗い顔と声で答える。


「お望み通り殺してやろうか、一堂龍馬?」


 突如ドスの効いた重低音が僕を嘲笑い、鼓膜を襲う。僕はその一度聴いたら忘れることのない声の主の方角へ、咄嗟に後ろを振り返った。


「おっ王華院しゃん!」

「……しゃん?」


 ろれつが回らなかった。しかしそれを聞いていたのは、首を傾げながらもにんまり笑う王華院さんだけみたいだ。……他の人は僕の動画を見て悶えてるからね。ある意味作戦成功だ。


「あっ、純恋さんいつの間に?」


 白峰先輩も気づき、次第に後の二人も同じく気づいた。


「純恋ちゃんも見る、これ? 超面白いよ?」

「いや、今日は用事があるのでな。これで失礼するよ」


 王華院さんは空宮さんの誘いを優しく断った。王華院さんは無類の男子嫌いだけど、どんだけ男子に強い偏見持ってるんだよ!


「じゃあねー純恋ちん!」


 ようやく笑いの治まった都城先輩が手を振る。そしてそれを見送りながら王華院さんは部室からフェードアウトしていった。


「はあ……」


 僕はため息をせずにはいられなかった。それは王華院さんが消えて安心した気持ち三割、動画を流されたことによる恥ずかしさ六割、安泰の青春が消失したことによる虚無感一割で構成されている。


「まだあるけど流す?」

「いや、いい」


 空宮さんの悪魔の微笑みが精神的に重くのしかかる。天然の皮をかぶった悪魔だこの人!


「それで、どうします?」


 何を? なんてもう聞かないし、言いたくもない。ここまで知られてしまった以上、容認するしかない。ここで断ったら動画を流されて、翌日笑いものになること間違いなしだ。


 校内新聞の見出しは『一堂龍馬、見えない何かに殴られる(笑)』になってしまうんだ。そうなるに決まってる。


「……わかった降伏するよ。そうだ、その動画は俺だし、生徒会に投書したのも俺だ」


 僕はこの放課後戦争の負けを認める。認める他に方法や言い訳はなかった。もしあったとしてもそれは東皇四天により対策済みだろう。


 これは最初から積みゲーだったんだ。


「では覇王になってもらえる、ということですね?」

「……ああ」

「聞こえないぞー?」


 距離的には都城先輩に絶対に聞こえているはずなのに……。ただの陰湿な後輩いびりじゃないか。


「わかりました! 『覇王』のお役目是非俺にやらせてください!」


 天井に向かって叫ばれた断末魔は、部室中の壁に反響する。

 たった今僕は、負けを認めたのにもかかわらず、学園のトップの座に君臨してしまった。

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