3――奴隷じゃないです(前)


   3.




「あれれー? 忠志くーん、どーしてそんなアバズレ痴女サキュバスなんかと一緒に居るわけー?」


 科捜研に帰った徳憲と愉本を待ち受けていたのは、あからさまな膨れっ面で機嫌を害した心理係だった。椅子に座った姿勢から派手にずっこけている。

 忠岡ただおか悲呂ひろ

 年齢は二〇代後半、ろくに化粧もせず身だしなみも粗雑で、髪の毛はボサボサ、白衣にも汚れが目立つぐーたら極まりない干物女である。

 名は体を表すと言うが、まさに悲哀をにじませた残念系女子である忠岡悲呂は、訪れた徳憲を見るなり盛大な舌打ちを連発するのだった。


「忠岡さん、なぜそんなにむくれているんですか」


 徳憲は全く心当たりがない。

 これから鑑定依頼をしたいのに、非協力的な態度を取られると困ってしまう。

 隣に立つ愉本は何事か察した様子で、うふふとほくそ笑みながら間に割って入った。


「あ~ら、ちんちくりんの忠岡さ~ん? アタシと徳憲クンは一緒に仕事をしているパートナーなのよ~。そんなに蔑んだ目で見ないで下さらな~い?」

「むっかー!」椅子の上にあぐらをかく忠岡。「何よ何よー、いつの間にそんな仲良くなったわけー? あたしと忠志くんは同じ『忠』の字を持つ仲なのにーっ!」

「いや、同じ漢字だから何だって言うんですか……」


 徳憲本人が、もはや何度目かも判らない忠告を入れた。

 どうやら忠岡は、徳憲が愉本と同行していたことが気に食わないらしい。単に仕事の都合で連れ立っただけなのだが、どうしてそこまで立腹するのだろう。以前から奇矯な女性だとは思っていたが、ますます気心の知れない女傑だと再認識した。


「俺と愉本さんは任意捜査で同道しています。忠岡さんには心理分析をお願いしたくて」

「えーやだー。あたしだって忙しーのよー? 忠志クンの依頼は今まで優先的に引き受けて来たけどー、その女の差し金なら話は別よーっ!」

「くすくす。アタシも嫌われたものだわね~。アタシの大人の魅力がそんなに眩し~のかしら? 地味なブス女の嫉妬ほど見苦し~ものはないわね~?」

「ち、違うわよーっなに勘違いしてんのさー淫売女! 淫乱! 淫靡! サキュバス!」


 椅子から立ち上がった忠岡は、子供の喧嘩さながらに悪口雑言をばらまいた。

 愉本にたてつこうと肉迫するも、小柄な幼児体型の彼女に対し、愉本は長身かつグラマラスなスーパーモデル級の体型を誇る。まるで大人と子供のような対立となり、はなから勝負になっていない。

 徳憲がレフェリーストップよろしく手で制し、二人を引き剥がした。


「どちらも、落ち着いて下さい。お二方がそりの合わない烈女ということは知っていましたけど、それにしたって異常ですよ? ここは協力して下さいよ。仕事なんですから」

「あ~ら、アタシは最初から協力を要請しているわよ~? そこのちんちくりんが一方的に噛み付いて来るだけで~」


 愉本はしなを切って、徳憲の首へ両腕を回した。

 密着すると同時に豊満な胸を彼へ押し付ける。それを目の当たりにした忠岡はますます怒髪天をいたから、なお収拾が付かない。


「きーっ! サキュバスは忠志くんから離れなさいよーっ! 忠志くんはあたしだけの奴隷なのよーバーカバーカ!」

「奴隷じゃないです」


 徳憲は冷静に待遇改善を訴えた。

 下僕扱いされている気はしていたが、まさか奴隷レベルだったとは。

 徳憲としてはもっと対等な、同じ目線で歩んで行ける女性が好みなのだが、どうして彼の回りには豪胆な才女ばかり集まるのか。


「とにかく忠岡さん、正式な鑑定依頼です。実ヶ丘市に住む憶寺懲ノ介という老人の『ポリグラフ検査』をして下さい」

「あー。未解決事件のアレねー。残念だけどこれさー、事件の洗い直しを一から始めないとー、ポリグラフの引っかけ問題は作れそーにないわよー?」


 引っかけ問題、とかクイズ番組みたいな言い方をしないで欲しかったが、ニュアンスとしては似たようなものか。

 ポリグラフ検査は通称『ウソ発見器』とも呼ばれている。被検者に事件と関連性のある質問を複数浴びせることで、隠し事や後ろめたいことを暴き出す心理分析方法だ。


 過去にもこの方法で、忠岡は犯罪を解決して来た。心理係の十八番とも謳われる最新の科学捜査である。

 それゆえに質問内容の作成は、被検者のウソを引き出す巧妙な『引っかけ』や『誘導』が不可欠であり、核心を突く文言も織り込まなければいけない。


 ましてや何年も昔の事件となれば、犯罪者や関係者の記憶も薄れている。どんなに微に入り細を穿つ質問を浴びせたとしても、本人が忘れていたら検査は反応しない。きちんと被検者が覚えている内容で、事件の揚げ足取りをしなければならないのだ。

 現行の事件以上に繊細さが要求される仕事となるだろう。


「あー面倒臭ーい。サキュバスに力を貸すってゆーのが最高にかったるーい」

「うふふ~、語るに落ちたわね~? 業務に私情を混ぜるなんて、プロとしてあるまじき醜態じゃないかしら~?」


 愉本は徳憲にしがみついたまま、見せ付けるように忠岡を挑発した。

 両者の間に火花が散る。

 心の底から犬猿の仲なんだな、と徳憲は肩を落とした。


「アタシはも~じき血痕を検出してみせるわ~。それが憶寺懲ノ介のDNAであることも分析するからね~。そ~すれば徳憲クンも、アタシの方が有能だって認めてくれるわよね~? そこのちんちくりんとは格が違うのよ~?」

「ムカーッ! 言ったわねーっ!」

「言~ましたが、何か?」

「じょーとーよ……いーわよやってやるわよ、あたしの方がはるかに優秀だってこと、証明してやるんだからーっ!」


 頼むから喧嘩しないでもらいたい。

 まるで徳憲を挟んで女二人が奪い合いしているような構図になって、非常に居心地が悪かった。




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