4――酒に飲まれて死に急ぐ(後)


「……ただいま、お父さん」

「おぉ、慫子かぁ。お帰りなさい。警察はどうだったかなぁ? 事件の調書を取りに行っただけだから、何もなかったとは思うけどねぇ」

「う、うん。あの夜のことを、細かく聞き直されただけ。私が合い鍵を拾ったことを警察に黙っていたせいで、きつくお灸を据えられたわ……合い鍵の存在は誰にも知られたくなかったから……」

「まさかあれが、愎島さんの合い鍵だったなんて思いも寄らなかったよねぇ?」


「うん……家に帰ったら私の分と二個あったから、アッと驚いたけど……」


「まぁまぁ、もぉ過ぎたことじゃあないか。慫子は何も悪くないんだろぉ? だったらもう、このことは忘れなさい。お風呂を沸かしておいたから、ゆっくり入って疲れを取ると良いさぁ」

「うん、ありがとう……あ、でもその前に」

「何だい慫子?」

「警察から一人、お客さんが来てて……」

「お客さんだってぇ――?」




「こんちゃー、忠岡悲呂でーっす!」




「んなぁっ――?」

「えへへー、来ちゃったー」

「た、忠岡さん? 何しに我が家へ?」

「んーとねー、お話したいことがあってー……あ、慫子さんはどーぞお風呂に行って下さーい。あたしと怒木さんだけのー、仕事の連絡事項があるんですよー」

「は、はい……では失礼します」


「とゆーわけで怒木さーん? あたしは玄関先での立ち話で構わないんでー、いくつか問い質してもいーですかー?」


「ど、どういうことだい? 仕事の連絡なら、明日の職場ですればいいだろぉ?」

「慫子さんってー、愎島さんの愛情を利用してー、合い鍵をもらってスーパーの商品をしていませんでしたかー?」

「ぶはっ!? な、何を言い出すのさぁ」


「建前上は『廃棄品をもらった』とうそぶいていたけどー、本当は倉庫から良品を盗んでいたんじゃないですかー? 父子家庭の家事炊事を助けるためにー」


「た、確かに慫子が持ち帰る日用品や食料品には助けられたけどねぇ……」

「慫子さんはー、それを打ち明けたくないから、合い鍵のことを秘密にしてたんですよねー? でもー、本当にそれだけですかー?」

「それだけ、とは?」

「怒木さんはー、慫子さんの恋愛について、どー考えていたんですかー?」

「なっ……そ、それは以前も話した通りだよぉ。あまり口出しせず、娘の自由にさせていたさぁ。途中から目に見えて倦怠期に入っていたけどねぇ……」

「怒木さーん? 本音をおっしゃって下さいよー? ひょっとしてー、この期に及んでまだ心理係を騙せると思ってます? こちとら心のプロですよー?」

「!」


「バツイチの怒木さんが男手一つで育てた大事な愛娘でしょー? それを男に取られそーになって、内心ではハラワタが煮えくり返ってませんでしたかー? しかも相手は精神を病んだ頼りない低学歴の若者……しまいにゃー慫子さんも愛想を尽かす始末」


「そりゃあ、若い娘にたかる悪い虫だったのは否定しないけどねぇ……」

「怒木さんも言ってましたよねー? 娘と付き合う男の勤務先も、軽く調べたってー」

「む……確かに言ったけどねぇ」

「その際にー、愎島さんと店長の軋轢やー、店長の故郷が東尋坊ってことも調査したんじゃないですかー? 合い鍵のことも慫子さんから聞いてたよーですしー、愎島さんが鬱気味で睡眠導入剤を常用してたことも――」

「えぇと、何が言いたいのかなぁ?」


「あなたはー、あの晩ねー? 慫子さんが深夜シフトのときは、と以前おっしゃってましたもんねー?」


「……もしかして、ぼかぁ疑われているのかなぁ?」

「慫子さんを迎えに来たあなたはー、スーパーへ立ち寄る愎島さんを目撃したー。酩酊状態の愎島さんはー、締めの見回りをする娘さんと鉢合わせそーになった……あなたは傷心中の愎島さんが何かしでかす気じゃないかと不安になり、愎島さんを取り押さえたー」

「藪から棒だなぁ」


「愎島さんの合い鍵で冷凍貯蔵庫に閉じ込め、暴れないよーに睡眠導入剤で眠らせたー。奪った合い鍵はその場に捨てたー。その後、慫子さんが合い鍵を自分のものと早合点して持ち帰ったのは誤算でしたねー? 怒木さんの衝動的な犯行だったからー、細部が杜撰ずさんになっちゃいましたねー。おかげであたしは気付けたけどー」


「娘から男を遠ざけるために、ぼくが殺したと言いたいのかなぁ?」

「そーですよー? 安心して下さい、表向きは自殺で片付けましたからー」

「…………」

「怒木さんも満足でしょー? 娘にたかる悪い虫は排除できたしー、あなたは捕まらずに済むしー、誰も損をしないベターな幕引きになりましたー♪」

「忠岡さん、きみは一体どこまで――」


「どーも思ってないですよー? 職場環境が平穏ならそれでいーんです。科捜研から逮捕者が出たら困るんで。あたしの周りに波風立てて欲しくないだけでーす」


「か、叶わないなぁ、忠岡さんの慧眼には……」

「じゃ、そーゆーことで。あたしは帰りまーす。慫子さんによろしくお伝え下さーい」




「お父さん、お風呂いただきました……」




「あ、あぁ、慫子。それじゃあ夕飯にしようかなぁ」

「どうしたの? お父さんの顔色、真っ青よ? さっきの人は帰ったの?」

「うん。慫子によろしくって言っていたよ……」


「そう……あの女性、いい人だったわね。私の家まで付き添って下さったんだもの」


「いい人なんかじゃあないけどねぇ……」

「え?」

「いや、こっちのことさぁ。ただねぇ、あの女性は、あの慧眼は、あの正体は――」




(あの心理係は――腹黒い!)








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うちの心理係は腹黒い! 織田崇滉 @takao

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