4――くたばれ(前)


   4.




 脅迫の用件が、フィギュアの放棄。

 やっていることと求めていることの落差が激し過ぎて、徳憲はどうにも現実味を感じられずに居た。

 こんな事例は前代未聞だったし、たかが人形のオモチャに命を脅かすほどの価値があるのだろうか。全く理解できない。


「怯間さん本人に尋ねてみるしかない」


 徳憲は再度、病院へ足を向けた。怯間が他人から恨まれるようなことをした覚えはないか、直接聞き込みするのが一番である。

 訪れた白亜の病棟は普段と変わりなく、実に平穏だった。仮に犯人が怯間を狙っているとしたら、いつ誰が侵入して来るか気が気でないものの、今の所そういった気配は見当たらない。


「フハハッ! 我が血肉は日に日に修復されつつあるぞッ! もうじき完全体として復活する日も近いッ! 完全体にさえ、完全体にさえなれば――ッ!」


 病室のベッドに寝そべっていた怯間は、相変わらず大仰な台詞を口走っては、周りに白い眼で見られていた。

 すっかり元気になりつつある。看護師によれば食欲も旺盛で、院内の散歩くらいなら可能になったという。もちろん無理は禁物だが、回復の速さは医者も目を見張ったとか。

 病は気からと言うが、怪我もそうなのかも知れない。心の持ちよう、精神の積極性が新陳代謝を活性化させ、自然治癒力を向上させるのだから。


「怯間さん、事故当日に購入したフィギュアについて、怨恨を買いませんでしたか?」


 徳憲は怯間の枕元で問いかけた。

 怯間は何箇所か包帯をほどかれた肢体で、身振り手振りポーズを取りつつ、アニメ声優よろしく無駄に感情を込めて回答する。


「ハッハッハ! 我こそは火花を操る白銀の堕天使ぞッ! 外に出れば常に四九人の敵が我が身を虎視眈々と狙っており――」

「いや、そういうのいいですから」

「――うぐッ」途端にしおらしくなる怯間。「……べ、別にあの日は何もなかッたぞ……限定生産フィギュアを買いに行ッたが、他の客と奪い合うこともなく、誰からも恨みは買ッていない……と思うッ!」


 怯間は決めポーズを我慢しつつ、せいぜい滑舌だけは歯切れ良く返事した。


「でも怯間さん、直接の怨恨はなくても、例えば最後の一体を買ったせいで次の客が買えずに逆恨みされているとかはないですか?」

「そこまでは把握できんッ! しいて言えば、本来なら二体購入して同胞の怖川に贈呈しようと思ッたんだが、あいにく一体しか購入できなかッたことか……」

「怖川さんも同じ趣味なんですか」


「我々は二次元を愛する同志なのだッ! プラモデルからアクション・フィギュアに至るまで、造形美を追い求める探求者なのだッ!」


「じゃあ怖川さんはその限定フィギュアが手に入らず、不満を募らせていそうですね」

「うむッ……それは申し訳ないと痛感しているッ」


 ひょっとして、と徳憲は邪推した。


(脅迫電話は、怖川さんか? フィギュアに拘泥する人物であり、怯間さんに関わりの深い人物と言えば、怖川さんしか捜査線上に浮かんで来ない……)


 まさかとは思うが、あり得なくはない線だった。

 限定フィギュアを自分だけ手に入れた怯間。怖川の分を購入できなかった怯間が一人だけ幸せを噛みしめている。それを怖川に逆恨みされて――?


(怖川さんは無口だ。ほぼ。怖川さんが実は喋れて、脅迫電話をかけたとしたら……? 声の加工は念のための措置、と言った所か)


 口を利かない人物のはずが、実は口を利けて、脅迫電話をかけたのか?

 確かにそれならば、無口という性格が隠れ蓑となり、犯人視されにくい利点メリットがある。


「おいッ捜査主任殿ッ。よもや怖川を疑ッているのではあるまいなッ?」

「え、いやぁ別に」


「奴は我が盟友だッ! 断じて友の命を狙ッたなどあり得んぞッ! 何なら調べてみるが良い、脅迫電話の『声紋』をなッ!」


「声紋?」

「人間にはそれぞれ、声色に特徴があるッ」徳憲にかじり付く怯間。「声の波長、高低、息遣いのタイミング、響き……それらは『声紋』と呼ばれる個性なのだッ! 警察署にかかッて来た電話は録音されているはずッ。それを我が科捜研の物理科・電気係に鑑定させてみろッ!」


 そうだった。

 怯間の所属する電気係は、声紋鑑定も行なっているのだ。捜査本部が依頼すれば、喜んで引き受けるに違いない。職務なのだから。


「本来ならば我が手でじきじきに、脅迫電話の化けの皮を剥がしてやりたかッたのだがなッ! 病床の身ではやむを得んッ!」

「電話の声は加工されていましたけど大丈夫ですかね?」

「科捜研の技術が、たかが個人の機械加工に劣るとでも思ッているのかッ?」


 怯間は自信満々ににやり、とほくそ笑んだ。

 確かにそうだ。とはいえ、原形をとどめないほどグチャグチャに加工されていたら話は別だが、脅迫電話の声明は徳憲にも聞き取れたし、そこまで酷いものではない。解析は可能だと思われた。


「これで怖川が潔白シロだと判れば、残る嫌疑はただ一人に絞られるなッ」

「一人って、ああ……」思い当たる徳憲。「怯間さんも察していたんですね」

「当然だッ。んだろうッ?」


 やはり怯間は優秀な研究員だ。決して馬鹿ではない。中二病という謎の道化を気取ってはいるものの、頭脳は至って明晰だ。

 彼の父・恫吉が、あの立てこもり事件に出動していたことを薄々勘付いている。銃撃戦の流れ弾が飛んで来たことも。


「怯間さんは、親御さんとフィギュアで揉めていたんですか?」

「趣味の理解度が低かッたのは否めないッ。とはいえ、それだけで断言は出来ん……犯人の動機は、心理学に詳しい専門家が分析して欲しいッ」




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