3――今スグ人形ヲ捨テロ(後)


「現場の洗い出しで、銃弾が発見されました!」


 来た。

 やはりあったのだ。


 数日後、実ヶ丘署の捜査本部に顔を出した徳憲は、部下から朗報を届けられた。

 詳細を聞くうちに、初動捜査で発見できなかった理由も合点が行った。

 銃弾は何と、現場から数百メートル離れた場所にあった。道路の側溝に転がり込み、下流へ流されていたのだ。気付かないのも無理はない。


「さっそく科捜研の物理科が分析してくれています」

「物理科が?」

「ええ、あのごつい体の、無口な人」

「怖川さんか……」


 すぐに想像できた。

 物理科きっての巨漢だ。いや、警視庁全体を見回しても、あれほどのサイズはそうそうお目にかかるまい。


「そう言えば銃弾の鑑定も、物理科の職務だっけか。それも機械係の」


 おあつらえ向きに怖川は機械係の研究員だ。

 機械係の専門分野に、銃刀類の分析も含まれている。銃器の銃身内には螺旋状の溝が彫られており、弾丸は必ずその溝を通過した跡が残る。これが線条痕である。

 線条痕を照合すれば、どの拳銃から発射された弾丸かが明確になる。こうした銃器データは全て、警察の誇る最新システム『BIRI』に管理されている。


 BIRIとは『Ballistic Image Retrieval and Identification』の略で、ここに記載された内容は警視庁だけでなく全国の警察署で照会が可能だ。

 ほどなく物理科での解析が済んだのか、本部に置かれたノートパソコンのチャットが点灯した。案の定、科捜研からの通知だ。

 映像付きのリアルタイム通話ツールが起動した。テレビ電話みたいなもので、ネット回線で互いを接続している。徳憲は部下を押しのけて席に着くと、マウスをクリックした。


『――――……』

「怖川さんですね。何か判りましたか?」


 科捜研から送られて来た映像通信は、怖川自身が研究室から発信しているらしかった。

 背景では目まぐるしく働く研究員や設備であふれ返っている。

 徳憲はヘッドセットを繋いで頭にかぶり、マイク越しに質問を繰り返す。


『――――……』


 少々のタイムラグを経て、怖川にも徳憲の声が届く。

 怖川はこくり、と一回首肯した。出来れば口を利いて欲しいのだが、今は言わずに我慢しておいた。


『――――……』


 怖川は証拠品である弾丸を手に掲げ持った。

 ビニール袋に包まれたそれは、現場で発見されたもので間違いない。BIRIシステムで線条痕を分析した結果、誰の拳銃から撃たれたのかが明らかになったのだ。


『――――……』


 怖川は次に、タブレットを手に取った。そこにはさまざまな拳銃の一覧が掲載されていて、警察組織で使用されている銃器類がずらりと視認できた。

 その一つを、怖川が指差す。


「ベレッタ92?」


 徳憲は読み上げた。

 それが、弾丸を発砲した拳銃名なのか?

 ベレッタ92は、警察が正式採用している拳銃の一つである。怖川は深く頷いた。


 流れ弾は警察が撃ったのだ。


 無論、飽くまで流れ弾であって、故意ではないと思いたいが……徳憲はぐるぐると脳味噌を回転させた。


「怖川さん、銃の種類だけじゃなく、どこの誰が使った拳銃なのかまで、一個ずつ鑑定は可能ですよね? 線条痕は同じ型の銃でも一つ一つ違う形をしていますからね」

『――――……』


 言われるまでもない、とばかりに怖川はタブレットを操作した。

 ごつい指先で器用に画面を切り替える彼は、チャット画面越しに的確な情報を見せる。

 所属警察官の一覧表だった。

 立てこもり事件に出動した『特殊犯罪捜査係』のメンバー表だ。


「SITが使用した銃なんですね……って、あれ?」顔が曇る徳憲。「この警官って!」

『――――……』


 怖川は何も答えず、チャット越しにタブレットを提示するのみ。

 そこに表示された人名と顔写真を、徳憲はまじまじとまぶたの裏に焼き付けた。


「怯間恫吉どうきち……怯間恐真さんの父親!?」


 


「ま、間違いないんですか? この人がベレッタ92を携帯して、立てこもり事件に臨場していたと?」

『――――……』


 無言の肯定。

 ほどなくメールがノートパソコンに受信した。物理科の鑑定データが添付されていた。

 それきり、チャットは終了する。用を終えた怖川が通話を切ったらしい。

 徳憲は複雑な面持ちでメールを何回も読み返した。


「怯間さんの父も警察官で、しかもSITだったなんて……事件に使ったベレッタ92の流れ弾が、たまたま近所に居た息子さんへ飛んで行ったのか? 事件の実況見分をしなきゃいけないな……SITにも立ち会ってもらって、発砲の経緯を検証しないと――」



 ぴろりろりん。



「――ん?」


 捜査本部に置かれていた内線電話が、点滅した。

 ちょうど手近にあったので、徳憲が自ら受話器をたぐり寄せる。相手は交通安全課からだった。実ヶ丘署の受付窓口もやっている所だ。


「もしもし、こちら轢き逃げ事件捜査本部」

『あっ徳憲巡査部長ですか。轢き逃げ事件について、ぜひ担当者へ目撃情報を提供したいという民間人から電話がかかって来たので、引き継ぎしたく……』


 目撃情報の提供。

 この手の事件では、こうした電話が数多くかかって来る。信憑性はピンキリあって、全く役に立たないガセ情報や、犯人そのものを告発するタレコミ情報まで種々様々だ。


「承りました、電話を替わりましょう」録音ボタンとともに引き継ぐ徳憲。「もしもし、轢き逃げ事件捜査本部ですが」



『今スグ人形フィギュアヲ捨テロ』



 …………。

 …………。


「は?」


 藪から棒に、支離滅裂なことを囁かれた。

 たまに居るのだ。目撃情報と言いつつ意味不明なイタズラ電話をかけて来る輩が。馬鹿馬鹿しいにもほどがあった。

 ご丁寧に声色まで変化させている。ボイスチェンジャーで加工しているのだ。身元が判らないように。


「申し訳ありませんが切りますね」

『サモナクバ、ニ天罰ガ下ルゾ』

「はいはい…………って、何ぃ!?」


 受話器を耳から離しかけた所で、徳憲はその耳を疑った。


(こいつ、なぜ怯間さんの名前を知っている!?)


 被害者の氏名は、警察関係者しか判らないはずだ。

 まだ報道にすら流していないし、警察の身内に関する情報は、めったなことでは公開しない。なのに、なぜ通話相手はそらんじることが出来たのか――。


『怯間恐真ノ所持スル人形フィギュアヲ全テ捨テルノダ!』

「はぁ? どういうことだ、あなたは一体……」


 ぷつり。

 通話が途切れた。一方的に切られた。

 何だこれは。脅迫か? 怯間の氏名と、彼の趣味が人形収集だと熟知している者の仕業か? 電話の声は加工されていたから、誰なのかは思い浮かばないけれども。


「今さら脅して来るなんて……何者だ? あの轢き逃げは、流れ弾で偶然発生した事件じゃなかったということか? 裏で画策した黒幕が居たのか?」


 わけが判らなかった。

 徳憲は受話器をじっと睨み続けた。




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