第28話 まさかのエピローグ

「ねえ、お兄ちゃん、起きて」

「……うん?」


 どれくらい眠っていたのだろう。気が付くと妹の優佳ちゃんが横でオレを揺すっていた。


「さっき、先生が言ってたけど、今日退院するんだって」

「えっ?」

「その……後天性性転換病は通院しながら治療するからって」

「そんなんだ……」


 確かに、今までの対処法では治らないと言われたし、記憶が戻っていないからといって長く入院していても仕方ないかもしれない。


「まあ、しばらく様子を見るしかないわね」


 お母さんがため息をつきながらオレに向けて薄く微笑む。


「それより、悠太……が心配なのよ。記憶が戻らないのに女の子になってしまうなんて……」

「……」


 お母さんの言葉に優佳ちゃんも不安そうな顔になる。

 二人にはそんな悲しい顔をさせたくない。


「大丈夫。そもそも記憶がないんだし、このまま女の子になっても問題ないよ」


 うん。考えようによっては記憶がないというのは不幸中の幸いなのかもしれない。

 そもそも、自分が男だった頃の楽しかった思い出とか、やりたかったことに囚われることがないしね。


「悠太……」

「お兄ちゃん……」


 二人はそんなオレの言葉を強がりと思ったのか、悲しげな顔をする。


「優佳ちゃん」

「うん?」

「もうお兄ちゃんじゃなくて、お姉ちゃんでしょ?」

「えっ?」

「それとお母さん。この姿で悠太って呼ばれたら逆に恥ずかしいよ」

「あ、ああ、そうね」


 オレは決意した。

 この二人を……そして、あの4人にも悲しい思いはさせないと。


$ $ $


 退院手続きをするため、病院のロビーで座っていると後ろから声を掛けられた。


「えーと、悠太?……」


 振り向くと、4人の美少女が呆然とした顔で立っていた。

 その顔はどれも困惑、そして悲しみの表情を浮かべている。

 あまり驚いていないところを見ると、優佳ちゃんから連絡がいったのだろう。


「本当に……女の子になったんだ……」


 赤澤さんが立ちあがったオレを見て呟いた。

 さすがにオレは女物の服を持っていないので、今は優佳ちゃんの服を借りているけど、傍目には女の子以外には見えないと思う。


「……うん。みんな……ごめん」


 みんなを悲しませたくない……そう決意はしたけど、彼女たちが受け入れてくれるかは別問題だ。

 こんな男女、拒否されても仕方ない。


 最初は戸惑いを隠せない彼女たちであったが、お互いにアイコンタクトで無言の会話を交わしたらしい。


「……ありだな」

「えっ?」


 今、黒崎さんから得体のしれないオーラみたいのを感じたけど。


「そうね」

「うん」

「わたしは問題ないわよ」


 ……みなさん。何をおっしゃっているのでしょうか?


「あの、こんなことになったんだけど……みんな嫌じゃないの?」


 だって、記憶を失くしてしまったのにあんなに好意を向けられて、さらに今回は女の子にまでなってしまったというのに。


「何を言ってるの? 悠太……いや、悠ちゃん」

「言い直された!?」


 ごめんなさい、赤澤さん……あなたの心理状態がまったく理解出来ません!


「確かに悠太が女の子になった、って聞いたときはショックだったわ。でも、性別が変わっても、性格が女の子になっても、悠太は悠太でしょ?」

「そうだ。アタシは日比野の外見に惚れたわけではないぞ」

「そうです。日比野くんの優しさに惹かれたんですから」

「それにその姿の方がいろいろ……出来るじゃん」


 いや、最後の蒼井さんのセリフって。


 ともかく、みんなの気持ちが伝わってきた。


「オレ、こんなだけど……いいのかな。みんなと一緒にいても……いいのかな……」

「「「「もちろん」」」」


 思わず、みんなに方へ駆け寄り熱い抱擁を交わし合った。


 病院のロビーという公共の場で、美少女5人が互いに涙を流しながら抱擁し合うという光景が、後にこの病院の伝説となったことをオレたちが知ることはなかった。


$ $ $


 病院の診断結果により、オレは法的にも正式に女の子となった。


 名前は『悠』。安直だけど、一応みんなが呼びやすい方がいいからね。

 当然、肉体的は女の子だけど、精神的はまだ女の子になり切れていない。

 でも、医者が言うとおり、少しずつ気持ち的にも女の子となっていくのが自分でも分かる。


 例えば、言葉使い。

 男の時に使っていた『オレ』という言葉を言おうとすると途端に恥ずかしくなってしまい、とはいえ、『私』もどうかということで、現在は『ボク』に落ち着いている。


 それと服装もそう。

 今までの男物はもちろん、妹の服を借りようにも胸の辺りがキツいので新たに購入しなければならなかった。それを知った妹の落ち込みようは……ここでは言わないけど。

 当初、戸惑いを隠せなかったうちの家族も、オレが前向きになっていることで気持ちを切り替えたらしく、『前からお姉ちゃんが欲しかった』だの『こんな美少女になってワクワクする』だのと異様に興奮していた。


そして―――。


「おはよう、日比野」

「うん、おはよう。黒崎さん」


 長くて艶やかな黒髪とボリューム感のある胸、ちょっとキツそうな目をした黒崎さん。

 一時は校内で彼女を慕う男子生徒らが『黒き百合を愛でる会』という団体を作るほどの人気を誇ったのだけど、彼女の目的がボクだということが判明して以降、活動がストップしているらしい。

 彼女を見つめながらそんな回想に浸っていると、黒崎さんは顔を赤らめて自分の席―――ボクの左隣―――に座る。


「日比野……今日、放課後、時間あるか?」

「うん? 何かあるの?」

「ちょ、ちょっと買い物しようかな、と」


 何か言いにくそうに上目遣いで言う。


「いいよ。特に用事もないし」

「! ……そ、そうか。それじゃ……」


 そこへ、ズシンズシンと床を踏み鳴らして近づく3人の姿が……。


「何、抜け駆けしているの、黒崎さん」

「そうですよ。一人だけ特別になろうだなんて許しませんよ」

「全く。ちょっと目を離すとこれだもんね」


 声の順番に言うと、金髪ツインテール、目鼻立ちの整った人形さんのような綺麗な顔をした赤澤さん、肩まで伸ばした黒髪、おっとりしていて笑顔が可愛く成績優秀な緑川さん、そして、茶色がかったショートな髪と大きな目をしたスタイル抜群な、ボクのイトコである蒼井さんである。


 3人に囲まれた黒崎さんは、ちっと舌打ちをする。


「抜け駆けとは心外な。だいたい女の子同士で仲良くすることが何で抜け駆けになるんだ?」


 そう言って、ボクに抱き着いてくる。


「あ~、たまらん。日比野は何ていい匂いがするんだ……」


 綺麗な顔を赤く染めながら、すりすりとボクの頬に顔を擦り付ける。


「ちょ、ちょっと黒崎さん」


 ボクが力ずくで引きはがそうとするが、全く離れそうにない。


「男の頃の日比野もよかったが、女になった日比野もいい……」


 潤んだ瞳でボクを見つめながら呟くのを聞いて、ボクと3人はドン引きである。


「いいから離れなさい!」


「何か……日比野が美少女になっただけで、以前と何も変わってないな……」


 クラスメイトは教室内で行われているやりとりを既にいつもの光景として認識していた。


 4人の美少女がボクを巡って言い争いをしているのを見ながら、ああ、今日も平和だなと思うのだった。

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ハーレムなのに残念すぎる(?)オレのスクールライフ 魔仁阿苦 @kof

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