第6話 美少女たちは暴走するのでした

 次の日、体調が回復したオレは、いつもの登校時間より少し早めに家を出た。

 昨日お見舞いに来てくれた緑川さんが、授業に遅れないように、と早朝に昨日の分の勉強を教えてくれることになっていたからだ。

 なぜ早朝かというと、休み時間になればまた他のクラスの男子たちがわんさかとやって来て勉強どころではないから、というのがその理由だ。


 少し小走りで学校に向かっていると、通り道のコンビニの前で女子生徒が一人佇んでいるのが見えた。

 前を通り過ぎていく男子生徒がチラチラとその女子生徒を見ては顔を赤くしたり、立ち止まったりしている。


 まさか……。

 彼女に近づいていくと、予想どおりその女子生徒は緑川さんだった。

 緑川さんはオレに気が付くと、満面の笑顔で手を振ってきた。うん。可愛い。

 すると彼女の周囲にいた男子生徒が一斉にこちらに顔を向けて、一様に苦虫を噛み潰したような表情になっていく。


「ちっ、彼氏持ちかよ」

「何でこんな可愛い子があんなヤツと……」


 口々にオレに対する呪詛じゅその言葉を吐きながら、『リア充は死ね』的な視線を向けてくる男子生徒たち。

 はは、そんな程度じゃオレは倒れないぜ!

 中学時代のオレに比べればお前らなんぞ天国の住人だ!


 はあはあ……こんなところで無駄なエネルギーを使っている場合じゃなかった。


「やあ、おはよう。緑川さん」

「おはようございます」


 元男とは思えない可憐さで笑顔を見せる緑川さん。やっぱり可愛い。


「すみません。教室で待っていようかと思っていたのですが、その、少しでも早くお逢いしたくて……」


 顔を赤らめて上目遣いで見上げてくる。

 ふー。こんな表情されたら並みの男なら一発だな。


「あ、昨日はわざわざお見舞いに来てくれてありがとう」

「い、いえ、そんな……勝手に押しかけてすみませんでした」

「いやいや。でも3人揃って来るなんてちょっと驚いたよ」

「あ、あはは……」


 乾いた笑いで答える緑川さん。昨日のやりとりを見てるかぎり、結構派手に言い争いをしたのではないかと少し心配した。


 2人が教室に入るとまだ誰も来ていなかったので、早速昨日授業をした範囲を教えてもらう。

 緑川さんの教え方はとても上手で、昨日の授業の内容がばっちり頭に入っていく。


「へえ、緑川さんって教えるのが上手だし、頭いいんだな」


 オレが感心すると「……これぐらいしか私には取り柄がありませんので」と寂しそうに微笑む。

 勉強が一段落すると、昨日の手紙の話になった。


「私は小さい頃から女の子みたいだ、ってよくからかわれてました。他の男の子より背も低くて、腕力もない、自分で思い返してみても全然男らしくなかったんです。

 中学に入っても背は小さいままでしたし、顔も相変わらず女の子みたいでしたので誰も友だちになってくれませんでした。そんな私が自信を持って出来ることは勉強だったんです。

 勉強だけは顔形も体力も関係ないですから。それに私は何かをこつこつと続けていくのは嫌ではありませんでしたので苦労とは思いませんでした。

 そのおかげで成績が伸びて自信がつきましたが、それが却って友達をつくり辛い状況となってしまいました。」


 当時のことを思い出したのか、すこし辛そうな表情になっていた。


「そんなとき、日比野くんと出逢ったんです。覚えてますか? 『お前、学年で1番なんだって? すげーな』と無邪気に私に話しかけてきたんですよ。私はそのとき、止めてくれ、そんなことをみんなの前で言われるとまた、からかいの対象になってしまう、と思って、『そんなの何もうれしくない!』と答えてしまいましたけど。

 そうしたら貴方は『何言ってるんだ? 勉強頑張ってきた結果だろ。もっと胸張っていいんだよ』と言ってくれたんです。私はびっくりしました。他の人たちは勉強が出来るけど、それがなんだ、みたいな感じで私を認めてくれませんでしたから、それを聞いて私はとても嬉しかったんです」


 言い終わると緑川さんは潤んだ瞳でオレを見つめる。


「だから、病気にかかったときに真っ先に浮かんだのが貴方のことでした。女の子になることで少しでも貴方に近づけるなら、何も後悔はないと思いました」


 真っ直ぐに澄んだ目をオレに向けて微笑む。

 緑川さんもまた、オレへの気持ちを抱えたまま女の子になる道を選択したのだ。

 そんな彼女の想いを受け止めつつも、自分の気持ちがよく分からなくなってくる。


 どのくらいお互いの顔を見つめ合っていただろうか。

 不意に教室のドアがガラッと開くと、


「やっぱり、ここにいたわ!」

「お前ら、二人で何をしていたんだ!」


と大きな声で上げながら赤澤さんと黒崎さんが入ってきた。


「別に変なことはしていません」


 さっきまでの儚げな表情が一変して、近づいてくる2人にするどい視線を返す緑川さん。

 フーッ、フーッと猫のようにいきり立つ赤澤さんと鬼のような形相でオレたちを睨みつける黒崎さん。

 オレは、はああと盛大な溜息をつくしかなかった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 その日から、クラスの雰囲気は一変した。


 これまで休み時間の度に3人の周りに集まってきた彼女たちのファンに対して、それぞれがはっきりと言い渡したのだ。


「あの、すみませんが、私には心に決めた人がいるんです」と緑川さん。

「あなたたちの気持ちは有難いけど、わたしには好きな人がいるから。ごめんね」と赤澤さん。

「アタシには中学のころからずっと付き合いたいと思ってるヤツがいる。だから、放っておいてくれ」と黒崎さん。


 それを聞いたファンの男子の悲嘆にくれた姿は見ていられないものだった。


「そ、そんな……緑川さん、その人は一体誰ですか?」

「……それは言えません」

「くっ……きっと、俺なんかよりずっと格好よくて頭のいいヤツに違いない……」


「……赤澤さんの好きな人って誰ですか?」

「え、ええと、す、すごく優しくて……頼りがいのある人よ。あとはノーコメント」

「ああ、俺の女神がああああ!」


「黒崎さん、そいつの名前は? どこのクラスですか?」

「う、うるさいな! そんなことどうでもいいだろ!」

「……考え直して。見捨てないでくださいーーー」


 オレの周りで華々しく散っていく若者たち。

 特に『黒き百合を愛でる会』のメンバーの落胆ぶりはこっちまで涙が出てきそうなくらいに激しいものだった。

 もし、この惨状の原因がオレだということがバレたら一体どんな目に遭うだろうか。考えただけでも冷や汗が出る。


 3人の美少女たちが次々とファンの人たちに断りを入れたため、今までのように休み時間が騒がしくなることがなくなった。その代わり、


「ねえ、緑川さん。心に決めた人って誰なの~?」

「赤澤さんって意外と一途なのね。そんなに想われている人っていいわね~」

「黒崎さんの好みってどういう人なの? 教えてよ~」


と、今度はクラスの女子が群がるようになって、彼女たちを辟易させていた。


 ……そんな中、またしてもオレの周囲で大事件が持ち上がったのである。

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