第5話 彼女たちがオレのテリトリーに勝手に入ってくるんですが
翌日、昨夜ほとんど寝ることが出来なかったのに、珍しく早起きしてしまった。
リビングには朝食をつくっている母さんがいたが、妹の
ちなみに父さんは現在単身赴任なので家にはいない。
「おはよう、母さん」
「あら、おはよう。今日は随分早いわね」
「ちょっと考え事をしてたら眠れなくてさ……」
「そう? 少し顔色が悪いわよ」
母さんは心配そうにオレの顔を覗き込み、額に手を当てる。
「あら? 熱があるみたいね。今日は無理しない方がいいかもね」
「……ってことは?」
「仕方ないから今日学校はお休みね」
そうだな、今日は休むか……。
確かに昨日はあまりにもいろいろありすぎて精神的な疲労が半端なかったからな。
「とりあえずご飯食べてから、横になりなさい。学校には母さんが連絡入れておくから」
「うん。分かった」
いつものテーブルの席に着いて味噌汁をすする。
やっぱり熱があるせいか、いつもと味が違って感じるし食欲もあまりない。
もう少しだけ腹に入れてから部屋で休もう。
そう思っていると母さんがオレの顔を見ているのに気付いた。
「悠太、昨日学校で何かあったの?」
「えっ?」
「あんた、昨日顔が真っ青だったわよ」
そうか、母さんにも分かるぐらい
普段なら「何でもないよ」と返すところだけど、熱があるせいか「いや、ちょっと困ったことがあってさ……」とこぼしてしまい、母さんに問いただされてしまった。
オレは仕方なく昨日の出来事を母さんに説明した。
「そんなことがあったの……」
母さんも信じられないような表情をしている。
そりゃそうだよな、オレだって未だに信じられないでいるのだから。
「それで、悠太はどうするの?」
「えっ? うん……みんなの好意はありがたいけど……断ろうかと思ってる」
「そう……」
そう言いつつも母さんは納得できないような顔をしている。
「母さんは思うんだけど、今すぐ結論を出さなくていいんじゃない?」
「へ?」
「だって勿体ないじゃない。そんなに可愛い子たちが悠太のこと好きだなんて、今後一生ないかもよ?」
オレも何となく思ってはいたけど、実の母親にはっきり言われると何か傷つくよね。
「でも、3人は元男だし……」
「そんなこと気にしなくていいでしょう? だってその子たち、今は立派な女の子なんだし」
「まあ……確かに」
「もし、悠太が彼女たちの立場だったらどう思う?」
「えっ?」
「もし悠太が同じ病気に
「わ、分からないよ。でも独りぼっちはいやだな……」
「でしょう。それなら友だちからでいいじゃない。とにかく付き合ってみなきゃ始まらないわよ」
そうだな。別に恋人にならなくても友だちなら付き合っていけるかもしれない。
「うん。分かったよ」
元男ってだけで、彼女たちを否定するのは残酷かもしれない。中学時代は避けてきたけど、これからはオレなりに彼女たちと向き合おうと思う。
そう決意していると、母さんがふふふ、と微笑んだ。
「でも、その子たちに逢ってみたいわ。悠太が言うくらいだから相当可愛いんでしょうね」
目の前で、うふふうふふふと笑い続ける母さんに少し恐怖を覚えたオレであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
自室に戻ってベッドに潜り込むと、昨夜寝れなかったこともあってすぐに寝入ってしまった。
目が覚めたのは午後3時を回った頃。
ベッドに起き上がると熱が下がったのか、身体が軽く感じた。
うん、この調子なら明日学校に行けそうだ。
朝食もほとんど食べずに昼過ぎまで寝ていたせいでお腹が減ってしまっていたので、何か口に入れようとリビングに向かった。
リビングでは母さんがソファで雑誌を読んでいた。
「あら、起きたの? 調子はどう?」
「うん、もう大丈夫みたいだ」
「そう? どれどれ」
ソファから腰を上げてオレの額に手を当てる。
「もう、熱はないみたいね。何か食べる?」
「そうだな、何か適当に」
母さんがキッチンに入ろうとすると、誰かが来たらしく玄関のチャイムが鳴った。
「はいはーい」
母さんが玄関に向かうのを横目で見ながらソファに腰を下ろす。
ぼんやりと新聞を眺めていると母さんがオレを呼ぶ声が聞こえた。
「悠太、お友だちが見舞いにきてくれたわよ」
「えっ!?」
友だちって誰だ? そう思いながら玄関に向かうと、黒崎さん、赤澤さん、そして緑川さんの3人が立っているのが見えた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ここでは何だから、中へどうぞ」
妙にテンションが高い母さんが3人をリビングに案内する。
呆けた状態で彼女たちを眺めていると、母さんがうふふ、とオレにウインクしてきた。いや、そんなキャラじゃないでしょ。
3人は緊張した面持ちのまま、「お邪魔します」とリビングに入った。
「どうぞ、楽にしてね」
彼女たちをソファに座るように勧め、素早く紅茶を用意してから、普段は見ることがない外面フェイスで3人を順番に眺める母さん。何だかすごく嬉しそうだ。
半端ない緊張感の中、話を切り出したのは緑川さんだった。
「あの、今朝担任の先生から、日比野くんが風邪で休むって聞きましたので……お身体の方はどうですか?」
相変わらずの丁重な言葉遣いと大きな綺麗な目でオレの方を見て話をする緑川さん。初めて訪問した家、さらに母親も同席している状況ということで結構緊張しているようだ。
「あ、ありがとう。おかげ様でもう大丈夫だよ」
オレがにっこりと笑い返すと「う、うん。よかった……」と顔を赤くして下を向いた。
「そうか、それじゃあ明日は学校で逢えそうだな」
続いて黒崎さんが口角を少し上げて声を掛けてきた。
「アタシが見舞いに行こうとしたら、コイツらが、自分も行くって聞かねえんだ」
そう言って二人をジロリと睨みつける。
「何言ってるのよ。3人で行けば迷惑になるから、わたしが代表していくって言ったのに」
赤澤さんが視線を黒崎さんに向けて反論する。
「2人とも止めなさい。ここは日比野くんのお家ですよ」
緑川さんが悪ガキを叱るお母さんのような口調で諭す。
ははあ、3人が揃うとこんな感じなんだ。
母さんは相変わらずニコニコと3人のやりとりを聞いていたが。
「本当、悠太が言っていたとおり可愛い人たちね」
母さんの思わぬ一言にそれまで言い合いしていた3人組はピタリと止まった。
「可愛い……って、ほ、本当ですか」
「お前、アタシのことを……」
「ま、まあ、当然ね」
3人はふにゃあとした表情でオレを見つめてくる。確かにこうしてみると本当に可愛い。
「お、おう……」
赤い顔をして見つめてくる3人のオーラを感じて、オレはよく分からない返事を返してしまった。
そこへ、「ただいま~」と明るい声が聞こえたかと思うと「あれっ? お客さん?」と言いながらリビングに入ってきたのは妹の
「お兄ちゃん、風邪治ったの……って、うわ!?」
オレと母さん、そして向かいに座っている3人組がリビングに勢ぞろいしている状況を見た優佳は驚愕の表情を浮かべた。
「な、何、この美少女軍団は!?」
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