第10話 こうなればとことん付き合うしかない!(2)

 何はともあれ、彼女たちとオレが付き合う順番が決まった。

 一番目は赤澤さん、二番目は黒崎さん、そして三番目は緑川さんだ。

 オレが必死にお願いして、なんとか日曜日だけは付き合いはなし、としてもらったのだが、その承諾を得るのにいろいろと揉めました。ここでは言わないけど。

 そして3人との付き合いが一周したら、また再度ジャンケンすることになった。そうしないと毎回土曜日が緑川さんになってしまうから、と黒崎さんと赤澤さんが強く主張したためである。


「さあ、今日は少し遅れちゃったけど、一緒に帰るわよ」


 先ほどまでの落胆の素振りを見せずに張り切っている赤澤さんは、では早速、と言ってオレの腕に絡ませてくる。


「それじゃ、みなさんまた明日~」


 オレを引きずるようにして教室から出ていく。

 その様子を見送る2人の表情は困惑やら焦りやらが入り混じった複雑なものだった。



「わたし、悠太と行きたいところがあるの」

「どこ? オレお金あまりないけど……」

「そんなお金のかかるところなんて行かないから、安心して付いてきて」


 赤澤さんはにっこりと微笑むとオレの手を握ってきた。それもいわゆる恋人同士がやる指を絡ませるやつだ。

 驚いて赤澤さんを見ると、頬を赤らめてオレを見上げている。


「こういう風に悠太と歩くのが夢だったんだ」

「そ、そうか」

「うん」


 心から嬉しそうな笑顔で横を歩く姿は、どこから見ても普通の、いやびっくりするぐらいの美少女で、彼女の事情を知っているオレでさえドキドキしてしまう。

 なのでさっきから周囲からオレたち(正確にいえばオレだけ)に向けられる視線が痛い。


 しばらく歩くと「ここよ」と赤澤さんは立ち止まった。

 そこにあったのは……。


「バッティングセンター?」


 あまりに意外な場所であった。

 そんなオレの表情を見て赤澤さんが話す。


「えへへ、実は女の子になってから来たことないの」

「え? うん、そうだよな」


 いくらかつて男で野球部にいたからといっても、この姿でバッティングセンターなんて場違いもいいところだろう。


「やっぱり、この姿になってからは来にくいというか……ね」

「ああ、まあな」

「でも、たまには野球に関係したいかな、って思うときもあるんだ」

「そうか……」


 今はどこから見ても美少女だけど、その前は10年以上も野球をやってたんだもんな。オレも野球好きだし、気持ちはすごく分かる。


「ほらほら、突っ立ってないで中にはいりましょう」

「お、おい」


 見た目はか弱いイメージの赤澤さんだけど、思いのほか強い力で背中を押される。

 中に入ると、金属バットでボールを打つ音が響いてきた。


「うわあ、懐かしい……」


 まるで昔に戻ったようなキラキラした笑顔を浮かべて、赤澤さんは辺りを見回している。

 その様子を見ていると何だかほっこりとした気持ちになった。

 バッティングゲージには数人の高校生やら社会人やらが入っていて、それぞれ楽しそうに球を打っているが、当然のように女の子はいない。

 そんな女子禁制の場所で赤澤さんは一際光り輝いていた。


「悠太、早速だけど勝負よ!」


 オレの目の前にやってきた赤澤さんはビシッとオレに向かって指をさす。


「へ? 勝負!?」

「そうよ。どちらがより多くボールを打てるか」

「いや、いいけど……大丈夫か?」


 もしボールが身体に当たったりしたら大変だろ? という心配だったのだが、赤澤さんは自分が打てっこないと思われたと勘違いをしたようで。


「な、何よ!? わたしが負けるとでも思ってるの?」

「そんなこと言ってないぞ」

「わ、分かったわよ! じゃあ負けた方が勝った方の言うことを聞くことにするわ!」

「な!?……」


 何故か、賭け事になってしまった。女の子になっても元の勝気な性格は変わらないのかなあ。

 まあいい。かつては野球部のエースや強打者だったけど、今はか弱い女の子。少しは手を抜いてやろうじゃないか。ふっふっふ。


 そして勝負が始まったのだが……。


 スパアァーン。

 鋭いスイングに弾かれたボールは弧を描くことなく、正面のフェンスに突き刺さる。

 左のボックスに立っているのはブレザー姿の可憐な女子高生。

 その彼女が金属バットを振るたびに、甲高い金属音を響かせてボールを飛ばしている。


「……」


 次々とセンター方向のネットを揺らす打球を見送りつつ、オレは呆然とその光景を眺めていた。


「嘘だろ……」


 球速は120キロ。決して簡単に打てる速さじゃないはずだけど。


「お、おい、見ろよあの子」

「マジかよ……」


 周囲にいた男子たちが赤澤さんのゲージの後ろに集まって、口々に驚きの表情を浮かべている。

 最後のボールがピッチングマシンから放たれると「ラスト!」という声とともに、バットに弾かれたボールはホームランと書かれた看板に命中した。


「は、はは……」


 オレは放心しながら賭けをしたことを後悔したのだった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「ふーっ、疲れたわね」


 散々な結果に終わったオレがゲージから出てくると、赤澤さんは通路のベンチに腰かけてスポーツ飲料を飲んでいた。

 どう言い訳しようか悩んでいると「はい」と飲みかけのペットボトルを差し出してきた。


「あ、ありがとう」

「どういたしまして」


 にっこりと笑顔で返してくる赤澤さん。全然疲れを感じさせないけど女の子になってからも鍛えているのかな。

 でも、これって間接……。


「ふふ。やっぱり身体を動かすっていいわね」

「ソウデスネ……」

「なに、どうしたの? 元気ないわよ」

「はは……。ワタクシの完敗でゴザイマス……」

「そんなことないわよ。悠太も結構やるじゃない」


 まったく悪気のない笑顔で言ってくれるけど、その笑顔がなおさらオレを落ち込ませていく。


「でも赤澤さん、すごいね。今でもたまにやってるの?」

「え? ううん。今日はすごい久しぶりだけど。身体が覚えているのかしらね」


 女の子になっても体力とか運動神経は変わらないのか、かつての活躍ぶりを彷彿とさせるバッティングだった。もし、高校に女子野球部があれば当然中心選手になるだろうな。

 そんなことをぼんやり考えていると、急に赤澤さんが無口になった。


「どうしたの?」


 気になって尋ねると、赤澤さんはふっと微笑んだ。


「悠太も大変よね」

「うん? 何が?」

「だって、わたしの他に2人……いや、3人から言い寄られてるでしょ」

「まあ、そうだな……」


 正直、どうしてこんな展開になったのか自分でも不思議である。


「最初は、わたし……本当は悠太を好きになってはいけないんだって思っていたの」

「え……」

「だって、わたしは元男だし……その、嫌がられるんじゃないか、って」

「……」


 赤澤さんは悲し気な表情を浮かべてオレを見つめる。その目にはいつもの気の強さが窺えなかった。


「だから、学校で逢っても話しかけないでおこうかと思ってた。病気で女の子になったヤツなんて気持ち悪いと思われるのは嫌だったから。でもね、入学する少し前に……彼女たちに逢ったの」


 彼女たち……黒崎さんと緑川さんのことだろう。入学式の日に赤澤さんと緑川さんが睨み合っていたことを思い出す。


「黒崎さんとは悠太の家の前で逢ったわ。あれは、わたしが病気にかかってすぐ後、悠太に想いを伝えようか悩んでいるときだった。お互いの目を見た瞬間、不思議だけどすぐに気付いたわ。ああ……この人もわたしと同じなんだって」


 当時のことを思い出したのか、顔を上に向けて苦笑する。


「黒崎さんって本当に真っすぐな人よね。お互いに名乗って話をしていたら、『アタシは日比野に気持ちを伝えるつもりだ。お前はどうするんだ?』ってその場で言われたわ。わたしが何て言おうか逡巡していると『ふっ、言うつもりがないならアタシの敵ではないな』だって。今思い出しても、あれはわたしへの挑発としか思えないけど」


 なるほど。黒崎さんらしい物言いだと思う。


「それと、緑川さんとは病院で逢ったわ。同じころにお互いに女の子になったんだなって分かったけど、彼女はわたしと違って悩んでいる風ではなかったわね。何か吹っ切れた表情で『お互い頑張りましょう』なんて言ってたし」

「そうなんだ……」


 お互いが同じ想いで女の子になった3人。その想いをオレは受け取れるのだろうか。


「ところでさ」

「うん?」

「今回の賭け……わたしの勝ち、だよね?」


 うっ……そうだった。何となくスル―できればと思ってたけど、甘かった……。


「えへへ。何してもらおうかなあ?」


 えへへへ、と涎を垂らさんばかりに恍惚の表情を浮かべる。


「お手柔らかにお願いします……」


 オレにはそう言うしかなかった。

 結局、敗者であるオレに『してもらいたいことは後日改めてお願いするから』と赤澤さんはウキウキしながら帰って行った。

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