第11話 こうなればとことん付き合うしかない!(3)
翌日の朝、昨日のバッティングセンターで久しぶりの運動をしたせいか、両腕と腰が筋肉痛になってしまっていて、制服に着替えるのも一苦労だ。
「あたた……」
痛む腰を押さえつつ、何とかリビングに辿り着く。テーブルで朝食を摂っていた妹の
「お兄ちゃん、その若さで筋肉痛って……」
「うるさいな……腰よりもオレの男としてのプライドの方が痛いんだ……」
「? 何言ってるの?」
昨日のことを知らない優佳には分かるまい。今のオレの悲しい気持ちを。元男かつ野球部員だったとはいえ、今はすっかり女の子の赤澤さんに圧倒的な実力の差を見せつけられた悔しさを。
とにかく、今日は出来るだけ安静にしておかないといけないけど、よりによって今日は黒崎さんと付き合わなければならない日。悪い想像ばかりが脳内に浮かんでしまう。トホホ。
そんなこんなで何とか教室に辿り着き、自分の机に突っ伏していると、
「おはよう、悠太。昨日はお疲れ様」
赤澤さんが満面の笑顔であいさつしてきた。
「ああ……おはよう」
「あれ、テンション低いよ? どうしたの?」
オレの反応がイマイチだったらしく、少し心配そうに顔を覗きこんでくる。
ぱっちりとした大きな瞳、動くたびにさらさらと肩から零こぼれるように流れる金色の髪、そしてぷっくりと柔らかそうな唇。ほのかに香る甘い匂い。
引き込まれるように赤澤さんの顔を眺めていると、彼女は顔を赤らめて困ったような表情になったが、オレから視線を逸らすことはなかった。
そのままお互いの顔を見つめ合っていると、いきなりオレの背中に衝撃が走った。
「あいたっ!?」
驚いて振り返ると、そこには黒いオーラを放つ黒崎さんと緑川さんの姿が。
「「……何しているんだ(ですか)?」」
普段より1オクターブほど低い声でハモりつつ、オレを睨みつけている二人。ああ怖いです……。
恐怖でふるふると震えているオレと二人の間に赤澤さんがさっと割って入ってきた。
「ちょっと、いきなり背中を叩くなんて
「「うっ……」」
噛みつかんばかりに二人を睨み付ける赤澤さんの迫力に二人が思わずたじろいていた。
そして赤澤さんはオレの首に腕をまわしてきて耳元で甘い声で囁く。
「悠太あ、大丈夫? 怪我はない?」
「お前ら、昨日何があった?……」
「まさか……?」
困惑と焦りの表情を浮かべている2人に、赤澤さんがふふっ、と余裕の笑みで返す。
「あらあら、野暮なことは訊かないでくださいね♡」
「「!?」」
何ていうか、今日に限っては完全に赤澤さんのペースになっている。昨日の付き合いがここまで彼女を強気にさせているのだろうか。
「昨日は楽しかったね! 悠太♡」
「お、おう」
オレが返事を返すと、ブチッ! 2人の方向から何かが切れたような不穏な音が聞こえてきたけど……怖くて見れません。
「くそおおおおおおおおおおっ!」
黒崎さんが雄叫びを上げながらオレに掴みかかってきた。
「日比野! 何があった? 言え!」
「日比野くん、まさか……私たちに言えないようなことを……」
黒崎さんに加勢するように緑川さんもオレの腕にしがみつく。まさに修羅場であった。
クラスメイトも毎度のこととはいえ、呆然としている。
そんな様子をニヤニヤしながら見ている赤澤さんはまるで悪魔に見えたのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そして放課後。
帰りのホームルームが終わると同時に黒崎さんがゆっくり立ち上がる。
目をぎらぎらと輝かせ、興奮した面持ちでオレの方に顔を向けている。
「ふっふっふ……待ちに待った放課後だ……」
うう……何となく危機感を覚えてしまう。今日は無事に帰ってこれるのだろうか。
「よし。日比野、行くぞ」
「あ、ああ」
ガシッと右手を掴まれ引きずられていく。それを不安げに見つめる赤澤さんと緑川さん。オレの脳内ではすべての脚を縄で縛られたか弱い仔羊がこれから売られていくシーンが再生され、BGMとしてドナドナが流れていた。
「えっと……どこに行くんだ?」
血走った眼で歩く黒沢さんの迫力に押され、目の前の生徒たちがオレたちを避けるように廊下の両脇に割れていくのを眺めながら訊いてみる。
「まあ、アタシにまかせろ……悪いようにはしない」
いや、今の黒崎さんの目を見てると悪い予感しかしないのですけど……。
玄関を出て校門を抜けると帰宅途中の生徒たちがこちらに視線を向けてくる。
「ほら、噂のカップルよ」
「でもあの二人まだ付き合ってないんでしょ」
「そうなの? あんな美人なら普通付き合うわよね」
みんな勝手なことを言っているが、それは仕方ないこと。何せ事情を知らないのだからな。
人のことなんか気にするな、と声を掛けようとして横にいる黒澤さんを見ると視線がばっちりと合ってしまった。
「うふふ♡」
「あの、ずっと見られると恥ずかしいんですけど……」
「いいだろ? 減るもんじゃないし」
にっこりと微笑むと右手に指を絡ませてくる。いわゆる恋人つなぎ、というやつだ。
「こうやって二人きりになるのは久しぶりだな」
少し顔を赤らめて話す黒澤さんを見ていると、改めて美人だなと思う。
自分のスペックを考えると、こんな美少女と仲良くなるなんて想像していなかったけど。
しばらく歩いているとようやく目的の場所に着いたようだ。
「よし、着いたぞ」
そこはファミレスだった。普段の黒崎さんの言動からは想像できない場所であったが、キラキラ輝いた瞳をした彼女にそれを言うことは出来なかった。
「何をボケッとしている? 早く入るぞ」
「お、おう」
相変わらず手を繋いだまま、オレを引きずるようにずんずんと店内に入っていく。
中に入るとファミレス特有の美味しそうな香りがしていて、カップルやら親子連れやらで溢れ混雑していた。
「おっ、あの奥が空いてるな」
周りを見渡して空いている席を見つけると、店内に入るときの勢いのまま進んでいく。
そして引っ張られるままに黒崎さんの後を付いていくオレ。
そんな様子を見ていた周りの反応は。
「うわあ、綺麗な人ね」
「こんな美人、見たことないな」
「……手を引かれている人はイマイチだけどね」
ええ、ええ、分かってますよ……何も大勢で寄ってたかって心を折らなくてもいいじゃん……。
思わず涙目になるオレに気付かない黒崎さんはにこにこ顔で席に着く。
オレが続いて席に着くのを確認してから、「まずは何にするか決めような」とメニューを開いた。
あまりにウキウキとした表情を浮かべているので何となく訊いてみる。
「黒崎さんは結構こういうところに来るの?」
「いや、ほとんどないな」
「そうなんだ……」
やっぱり、というオレの気持ちに気付いたのか、黒崎さんは慌てて付け加える。
「べ、別にいいだろ。こんな所に女一人でなんて恥ずかしくて来れるわけないだろうが」
「いいんじゃないの。一人で来ても」
「うっ……」
オレがそう返すと、顔を赤らめて悔しそうな表情になった。
「……今日は、その……お前と一緒だから……」
「えっ?」
「だから、お前とこういうところに来るのが夢だったんだ!」
真っ赤な顔でオレの顔を見つめる黒崎さん。こんな表情を見るのは初めてだったので、迂闊にも見惚れてしまった。
しばらくの間、お互いの顔を見つめていると横から子供らしき声が聞こえた。
「ほら、由美。あの人たちチューするよ」
「ほんと? お兄ちゃん」
「もちろん。だって、あの人たちカップルなんだから」
声のする方を見ると、隣の席にいたのは親子連れで、そこの幼いマセた兄妹がこちらをガン見していた。
その横でお母さんらしき女性が申し訳なさそうに頭を下げる。
「こら、あんたたち、お姉さんとお兄さんの迷惑でしょ」
全く……と言いつつ、ニヤニヤした表情で「こちらを気にせず、どうぞ続けてくださいね」とほくそ笑んだ。何気なく周囲に目を向けると、周りのテーブルからも同じような表情を浮かべてこちらの様子を窺っているのに気付いた。
いたたまれなくなったオレたちは、軽い飲みものを頼んで早々にその店を出るしかなかった。
そんな訳で黒崎さんとの初めてのデート(?)は、彼女にとってほろ苦いものになってしまったのだった。
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