第12話 こうなればとことん付き合うしかない!(4)
黒崎さんとの残念なデートから帰宅すると、メールが一通届いていた。
送信元は緑川さんだ。
……そうか、明日は緑川さんと付き合う約束だったけど、黒崎さんに強引に連行されて、いつどこで待ち合わせするか決めてなかったことに気が付いた。
メールだと時間がかかりそうなので直接電話することにした。
「もしもし、緑川です」
「ああ、ごめん。日比野だけど」
「あっ、日比野くん。電話してくれてありがとう」
電話の相手がオレと分かると急に明るい声になった。
「いえいえ、メールくれたのは明日の件だよね」
「うん。電話しようと思ったけど、邪魔しちゃ悪いかな、と思って……」
こういう風に気遣ってくれるのがうれしく感じる。きっと黒崎さんや赤澤さんなら気にせずに電話を掛けてくるだろうけどな。
「ええと、じゃあ明日はどこで待ち合わせしようか?」
「あの……出来たらでいいんですけど……日比野くんのお家に行きたいです」
「えっ?」
オレの家に? どういうことなのだろうか?
「えーと、それはどういうことでしょうか?」
「あ、あの、嫌でしたら……断っていただいていいです」
珍しく沈んだ声で答える緑川さん。
「嫌ってわけじゃないけど」
「本当ですか!?」
「う、うん……」
まあ、決して嫌じゃあないですよ。ただ、興味津々の家族がね……母さんとか妹とか母さんとか妹とか母さんとか妹とか……。
「じゃあ……明日は何時ころ伺っていいですか?」
「そうだね、午後1時でどうかな?」
「はい、それでいいです!」
最後はとても嬉しそうに大きな声で返事が返ってきた。電話の向こうで満面の笑みを浮かべているのが想像できて胸が暖かくなる。
「じゃあ、明日楽しみにしてます!」
通話が終わり、落ち着いて考えてみると、これはいわゆる『お家デート』というヤツではないか、と気付く。
これから部屋を掃除しないと……。
あとはまあ、明日は今日みたいに残念な結果にならなきゃいいけど。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌日。
朝食を食べ終え、せっせと部屋掃除に励む。時刻は午前9時半。
まだ少し時間に余裕があるけど、緑川さんの性格を考えると早めに来る可能性が高いと踏んだからである。
案の定、ほぼ部屋が片付いた10時半ころに家のチャイムが鳴った。
「はいはーい」
部屋から出ると、珍しく妹の優佳が玄関に向かっていたようだ。
まずい……そう思って慌てて階段を下りていくと、既に玄関のドアが開けられていて、緑川さんが少し顔を上気させながら立っているのが見えた。
「うおっ! この前の美人さんだ!」
驚愕する優佳を前に緊張気味の緑川さんだったが、オレの顔を見てホッとしたように微笑む。
「こんにちは……」
「ああ、いらっしゃい」
オレは努めて爽やかな笑顔を向ける。
緑川さんは白いワンピースに白黒の横縞ニーソという意外な組み合わせだったが、相変わらず可愛い。
「どうぞ、上がって」
「はい。お邪魔します」
優佳はまだ何が起きているのかよく分かっていないような顔をしていたが、そこは持ち前の能天気さを発揮して笑顔で緑川さんに話しかける。
「緑川さんですよね。いつも兄がお世話になってます」
ペコリと頭を下げる。
「そ、そんなことないです。私の方こそ……」
続いて緑川さんも頭を下げて、傍から見ると水飲み鳥が二つ並んでいるように思えた。
「それで、今日は?」
にひひ、とニヤけた顔で訊いてくる優佳。そのいやらしい顔はやめなさい。
「あの、今日は日比野くんと一緒に勉強しようかと……」
「そ、そうだよ。だから邪魔すんなよ」
このとき、初めて訪問の理由が分かったけど、緑川さんらしいなと思った。
「それじゃあ、ごゆっくり~」
まるでやり手ババアのような胡散臭い笑顔を見せて優佳はリビングに戻っていく。
残されたオレたちは否が応でもお互いを意識してしまうのだった。
部屋に入ったオレたちは普通に勉強を始めていて、優佳への言い訳なのかな、と思ったオレの予想は完全に誤っていたようだ。
でも最近、いろいろ疲れていてあまり勉強に集中できていなかったのは事実なので、これはこれで助かっている。何しろ、緑川さんは昔から成績もいいし、教え方も上手だしね。
それにしても、緑川さんって本当に勉強が好きなんだな。
オレがほわわんとした雰囲気で彼女を眺めていると、その視線に気づいた緑川さんが顔を赤らめて俯く。
「あの……そんなに見られると、は、恥ずかしいです」
「ああ、ごめん……」
自分で言うのも何だけど、何このラブコメみたいな雰囲気は……と思う。
気が付くともう昼になっていたので、お昼どうしようかと切り出すと緑川さんがやや大きめのバッグをテーブルの上に置いた。
「実は、お弁当作ってきたんですけど……一緒に食べませんか?」
「えっ!? いいの?」
「はい……その……味は保証できませんけど」
いえいえ! 緑川さんの弁当が不味い訳がない! いただきますとも!
「うん。ありがとう。一緒に食べよう」
「はい!」
オレは母さんと優佳にお昼はいらないことを告げて、二人で食べ始める。
小さめに作ったおにぎりと和風中心のおかずがずらっと並んでいた。
「うん、すごく美味しいよ」
「本当ですか!? よかったです」
純粋な喜びを満面に浮かべているのを見て、心の奥底が暖かくなっていくのが分かる。
こういう彼女がいれば毎日幸せだろうなと思いつつ、あっと言う間に食べつくしてしまうのであった。
その後、再び勉強を開始するものの、横に座る緑川さんから発する甘い香りとたまに腕に感じる柔らかい感触に意識が飛びそうになりながら、楽しく過ごすのであった。
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