第13話 嵐の予感

「ふう。今週はきつかった……」


 日曜日の朝。久しぶりにフリーの日である。

 このところ、学校では3人組に振り回されているし、昨日まで個別の付き合いまでさせられて心身ともにぐったりである。

 こんな日はゆっくりしたい……と思っていると。


「お兄ちゃん、朝だよ!起きろ~!」

「だあーっ!!やかましいわ!」


 休みだっていうのに妙にハイテンションな妹の優佳に叩き起こされてしまう。

 ほんと、勘弁してくださいよ……。


「あのな……妹よ」

「なに?」

「お兄ちゃんは非常に疲れている」

「それで?」

「……」


 オレの日本語が通じないのだろうか。

 全身で疲労していることを表明しているのに、何故この妹は……。

 ちらりと優佳の顔を見ると、やたらと興奮した表情を浮かべている。


「……オレに何か用か?」


 ジト目で優佳を睨むが、怯む様子の全くない妹はさらに顔を近づけて言う。


「お兄ちゃん、あの美人たちの誰と付き合っているの?」

「……何ですと?」


 いきなり何を言い出すんですか、この妹は!?


「何でそんなこと訊くんだ?」

「そりゃあ、あんなに綺麗な人たちが迫ってくるのに手を出さないなんてありえないでしょ」


 まあ、そうだよねありえないよね……普通ならね。


「お前には関係ないだろ」

「関係あるもん!」

「はあ!?」


 急に真面目な顔をして言い張る妹。

 普段あまり見ることがない表情なので一瞬うろたえてしまった。


「だって、将来は私の義姉おねえさんになるかも知れないんだよ!」

義姉おねえさん!?」


 突然の爆弾発言にオレは衝撃を受けた。

 何この人、勝手にオレの将来を決めないでくれる?


「そんなこと言われてもな……オレは別に誰とも付き合ってないし」

「うそ!? マジで?」

「マジです」


 確かに、とことんまで付き合うとは言ったが、そういう意味での付き合いではない。

 そうでもしないと、毎日学校が修羅場になるし、そしてオレ自身が屍と化してしまうからやむを得ない措置だったのだ。


「じゃあ、これは何なのよ!」


 優佳が懐からスマホを取り出してオレに見せる。

 覗きこむと、そこには3人組からのメールがずらっと並んでいた。


「これは……?」

「へっへーん。これはお姉さんたちからのメールだよ。結構頻繁にやりとりしてるの」


 何だと……いつの間に……しかも何の屈託くったくもなくお姉さんって……。


 ちなみに最近届いたメールを読んでみると。


『昨日、お兄さんと放課後デートしたよ♡ バッティングセンターで勝負したけどわたしの圧勝! ということで今度わたしの言うこと聞いてくれる約束したの! ふふふ、楽しみ♡』


 これは赤澤さんのメールだ。

 日付を見ると3日前。つまり、デート直後に送ってきたようだ。

 優佳を見ると何故か勝ち誇ったように胸を張っている。くそ、貧乳のくせに……。


 続いては黒崎さんからのメール。これもデートした日である2日前となっていた。


『長年の夢だった日比野とのデート。ファミレスで居合わせたどこかの家族にアツアツカップルとして見られてめっちゃ恥ずかしかったけど、今度は絶対誰にも邪魔されないようにしたい。優佳もアタシを応援してくれ』


 ってことは、最後はやっぱり……。


『優佳ちゃん、お元気ですか。今日はいろいろとありがとう。日比野くんと一緒に勉強できて嬉しかったです。私の取り柄と言えば勉強しかないけど、少しでも日比野くんのお役に立てたなら満足です。』


 これ以外にもほぼ毎日のように3人からメールが来ている。

 内容をみると、オレのプライバシーが完全に筒抜けになっているようで、眩暈を起こして倒れそうになった。


「これを見たら、完全に三股じゃない! どういうこと!?」


 妹よ……その駄目人間を見るような目は止めてくれ。


「オレは悪くない!!」


 こんな調子だと学校だけでなく、家の中でも監視されているみたいで居たたまれない。


 ……誰か、オレを助けて!!


 $ $ $


 追及を続ける優佳を何とかかわしつつ、買い物があるから、と家を抜け出した。


「うーん、このままだと完全に外堀が埋まってしまう……」


 こんなときは気分転換にラノベでも買うか……。

 肩を落としてトボトボと歩いていると後ろから声を掛けられた。


「悠くん!」

「うん?」


 振り返ると、そこには私服姿の蒼井さんが手を振りながら近づいてきた。

 オレに逢えたのが嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべている。

 そういえば、最近あまり話してなかったな、と思い立ち止まった。


「えへへ、こんなところで逢えるなんて。これからどこか行くの?」

「うん……ちょっと散歩みたいなものかな」


 まさか、妹から三股疑惑を問い詰められて逃げ出したとは言えないよな。

 苦虫を噛み潰したようなオレの表情に気付くことなく、自然にオレの腕に絡みついてくる。


「それじゃあ、あたしと一緒に散歩しましょうよ」

「えっ?」

「いいじゃない。ここで逢ったのも何かの縁でしょ?」


 そう言ってグイグイと引っ張っていく。

 いかにも可愛い女の子がデートするのが嬉しくて彼氏を引っ張っているみたいな状況で、周囲から視線が集まる。


「あら、初々しいカップルね」

「でもあの子、あんな彼氏でいいのかしら」

「まあ、趣味は人それぞれだから」


 ……お前ら、今度会ったらただではおかんからな! と負け犬の遠吠えを心に秘めながら蒼井さんと歩き出した。



「はい、これ」

「あ、ありがとう」


 ベンチに座っている蒼井さんにオレンジジュースを渡す。

 ちょうど喉が渇いていたので、蒼井さんの分も買って2人で飲みながら会話する。


「そういえば、最近悠くんと話してないね」

「そうだな……」


 別に彼女を避けているわけではなく、単に3人組がオレを離してくれないのだ。


「それにしても、悠くんってモテるよね」

「そ、そんなことないぞ」

「だって、いつも……黒崎さんとか赤澤さん、緑川さんに囲まれているじゃない?」


 そう見えるのは事情を知らない他人だからであって、オレにとってはそんないいものじゃない。

 まあ、3人とも見た目だけはスーパー美少女だけど、中身は残念なのです。


「オレは別に誰とも付き合ってない」

「えっ!? そうなの?」


 蒼井さんは意外だという顔をする。


「だって、3人ともすごい美少女じゃない?」

「それはそうなんだけど……」


 彼女たちの事情を知らない蒼井さんにとって、オレの態度はいかにも優柔不断に思えるのだろう。


「……でもその方が悠くんにはいいかもしれないわね」

「えっ?」


 何だろう。蒼井さんの表情が真剣なものになっていく。


「ねえ、悠くん……悠くんはあたしのこと、どう思ってるの?」

「どう、って?」


 身体をオレの方に向けて、距離を詰めてくる。


「それは……女の子として好きかどうかよ」

「うっ……」


 オレの顔を見つめている蒼井さんは、赤い顔をしながらも視線を逸らさせないように真剣な表情である。ここで適当な返事は許されないだろう。


「別に嫌いじゃない……けど」


 蒼井さんはびくっと身体を震わせる。


「でも、今は……そんな気になれない」

「どうして!?」


 大きな声を上げてベンチから立ち上がる蒼井さん。その目には涙が浮かんでいた。

 一瞬、その涙に慌ててしまったが、その後の彼女から衝撃の言葉が飛び出した。


「どうしてなの!? 彼女たちは元々男だったのに!」

「ええっ!?」


 何故そのことを蒼井さんが知ってるんだ?

 3人の病気のことは誰にも知られないようにしていたはずなのに。


「悠くん……彼女たちは病気で女の子になったのよ。つまり元は男なの!」


 蒼井さんの言葉にオレは言いようのない悲しさを感じていた。蒼井さんはそのことをオレが知れば3人組ときっと離れるだろうと思っていることに。そして自分に振り向いてもらえると思っていることに。

 でも、オレは既にそのことを知っている。というより、彼女たちは……オレのために女の子になったのだから。


 オレが驚いたりしないことを不審に思った蒼井さんが口を開く。


「……悠くん?」

「知ってたよ……」

「えっ……?」


 今度は蒼井さんが驚いている。


「……知ってたの?」

「ああ」

「それなのに……あたしより、彼女たちの方がいいの?」

「……」


 オレ自身、自分の気持ちに驚いていた。今の目の前にいる蒼井さんより、あの3人組の方を大切に思っていることに。


「そんな……」


 どうやらオレの気持ちに気付いたらしい蒼井さんが悲しそうな顔で抱き着いてきた。


「いやだ、いやだ、いやだ! あたしは悠くんが好き! 誰よりも悠くんが好きなの!」

「……蒼井さん」


 震えている彼女の肩を掴んで、ゆっくりと引き離す。


「悠くん……」

「……ごめん」


 オレの言葉に目を大きく見開いて、ゆっくりと立ち上がった蒼井さんはポツリと呟いた。


「……悠くんが振り向いてくれないなら……わたしにも考えがある」


 暗い表情で薄笑いを浮かべる。


「彼女たちの秘密を……みんなにバラすわ」

「……それはダメだ」

「だって彼女たちがいなければ、わたしが悠くんの彼女になれたのに!」


 いかん。完全に頭に血が上っている。いわゆるヤンデレというヤツなのか……。


「蒼井さん、落ち着いて……そんなことをしたら……」


 何とか落ち着かせようとしたオレにキッと厳しい視線を向けると蒼井さんは呟く。


「じゃあ、黙っていてあげる代わりに……わたしと付き合ってよ……」

「えっ……」

「そして、彼女たちと付き合わないで……お願い……悠くん」


 オレに選択の余地はなかった。


「……分かった」

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