第15話 それぞれの想い(1)

 3人に別れを切り出した後、教室に戻るとそこには誰もいなかった。

 ぼんやりと自分の席に着いたオレは頭を抱える。


 これでよかったのか……。

 他に方法はなかったのか。彼女たちを傷つけずに出来ることはなかったのか。


 いや、これでよかったのかもしれない。

 今でこそすごい美少女になった彼女たちだが、元男ではないか。

 オレには彼女たちを好きでいられる自信がない。


「これでよかったのよ」


 気が付くと蒼井さん……澄香がオレの横に立っていた。その目にはどんな感情が宿っているのか読み取れない。


「彼女たちはどんなに頑張っても本当の女の子じゃない。悠くんもそれを知ったまま、一緒にいられないでしょう?」


 確かにそうかもしれない。

 今でも中学のときのトラウマが解消されたとは言えないのは自分でも分かっている。


「そうだな。これでよかったのかもな……」


 これ以上、彼女たちに関わっていてもお互いに不幸になることは目に見えているだろう。


「それじゃあ、悠くん、これからよろしくね」

「ああ」


 オレは澄香に手を引かれるように教室を出た。



 帰宅すると、妹の優佳がオレの顔を見るなり大声を上げた。


「ちょ、お兄ちゃんどうしたの? 死にそうな顔してるよ!?」

「うん? 別になんでもないよ」

「だって顔が真っ青だよ!」


 そんなオーバーな、と思いつつも洗面台の鏡を見て、なるほど、と思った。

 きっと3人に別れを告げたことが精神的な疲労となって顔に出たのだろう。

 まあ、明日になれば元に戻るさ、と早めにベッドに入った。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 


「佳乃、晩御飯よ。降りてらっしゃい」


 私はベッドの上で横になっている。ドアをノックするお母さんは、私からの返事がないので心配そうに声を掛けてきた。


「……ごめん、今日ちょっと具合悪いから……」


 声を絞り出して返事をする。

 自分でもこんなに低い声だと驚くほど覇気のない声だった。


「大丈夫なの?」

「うん、少し休めばいいと思うから」

「……分かったわ。何かあったらすぐに言ってね」


 足音が聞こえなくなってから、スマホを取り出す。

 日比野くんの妹である優佳ちゃんからメールが届いていた。


『今日、お兄ちゃんすごく元気がないけど、何かあったんですか?』


 優佳ちゃんとは最初に日比野くんの家で逢って以来、頻繁にメールのやり取りをしていた。

 美人のお姉ちゃん、って言いながらすごく懐いてくれて、本当の妹のように感じている。

 もしかしたら、本当に姉妹になれればいいな、なんて夢想したこともあった。

 けど……。


 私は日比野くんに振られた。

 その相手は転校初日に日比野くんの許嫁、と言っていた蒼井さん。

 日比野くんはそんな自分の知らない許嫁なんか無効だ、と怒っていたけど、まさか婚約することになっていたなんて。


 でも私には彼を責める資格なんてない。

 病気に罹って自ら望んで女の子になって、少しでも日比野くんに近づければいいと頑張ってきた。

 黒崎さんと赤澤さんも同じ病気に罹って、そして同じ気持ちでいることは私の励みになった。

 はじめは私だけが日比野くんと仲良くなりたいと思っていたけど、真っ直ぐに気持ちを表すことができる黒崎さんとちょっとツンツンしているけど優しい赤澤さんと一緒にいるうち、このまま4人で過ごすのもいいなあと感じていた。


 でも……それも今日で終わり。

 日比野くんと別れてしまった今、黒崎さんと赤澤さんと今までどおり仲良くできないだろう。

 また、中学のときみたいに一人に戻っちゃうのかな。

 寂しいな。


 でも……ふと不思議に思う。

 どうして振った方の日比野くんが暗い顔をしているのだろうか、と。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 屋上で日比野から別れを告げられたアタシは、呆然としたまま帰路についていた。

 視覚には何も入ってこない。


『お前たちとは……もう付き合えない』


 日比野の言葉が心に突き刺さる。

 日比野と離れる……正直に言えば、いつかそんなことになるかもしれない、と不安に思ったことは数知れない。

 病気で女の子にはなったが、それで日比野がアタシのことを好きになってくれる保証はなかったからだ。

 それでも、日比野に振り向いてもらいたいという想いは募るばかりだった。


 それにアタシと同じ気持ちでいる赤澤さんと緑川さん。

 彼女たちと出逢えたことは本当に嬉しいことだった。心から話し合える関係ができたのだから。


 ふと気付くと、数日前に日比野と入ったファミレスの前に来ていた。

 今も多くの家族連れで賑わっていて、みんな幸せそうな顔をしている。

 初めてのデートで入ったまではよかったが、マセた子供らにからかわれ、その母親からバカップル扱いされたっけ。

 あのとき日比野のヤツ、子供に『あの人たち、チューするぞ』って言われて赤い顔して焦っていたな……思い出すと今でも可笑しくなる。


「ふふ、ふふふ……」


 初めて会話した時も……アタシのことに気付かなかったし……元男だと言ったらすごいびっくりして……それでも……アタシを避けたりしないで……女の子として……見てくれたよな……。


「う、うう……」


 何で……何でこんなことに……。


「う、うぐ、えぐっ……」


 ダメだ……泣いちゃ……ダメだ……。


「うわああああああああん!」


 日比野……いやだよ……悲しいよ……寂しいよ……。


「いやだああああああ、うわあああああん!!」


 アタシは周りの目を気にせずに思いっきり泣いた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 今日、悠太から……もう付き合わないと言われた。

 最初は冗談かと思ったけど、わたしは悠太の顔を見て本気だと感じた。


 そのときの衝撃は忘れられない。

 しかも理由が、自分を悠太の許嫁と言っていたあの蒼井さんとの婚約だったからだ。

 でもそれは自分への言い訳。


 本当に衝撃だったのは、自分が……元男だった自分が、本来の女の子にはやっぱり敵わないと思ってしまったことだ。


 病気に罹って、女の子になって、そしてこれで好きな悠太と一緒にいられると喜んでいたのに。悠太を好きな気持ちなら誰にも負けないと思っていたのに。

 最後の最後で自分はダメなんだと……やっぱりわたしはニセモノなんだと思い知らされたこと。


 悠太の選んだ相手が黒崎さんや緑川さんなら……悔しいけど自分を納得させることができただろう。

 でも悠太が選んだのは蒼井さん。

 もし、彼女を選んだ理由がわたし達のようなニセモノが嫌だったとしたら、きっと立ち直れない。

 だから、許嫁であり婚約者ということで無理やり自分を納得させたのだ。


 ねえ、悠太。

 悠太の本当の気持ちはどうなの?

 これまで付き合ってくれたのは、元男だったわたし達への同情だったの?


 悠太の……本当の気持ちを……知りたいよ。

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