第27話 まさかの展開
「うう……身体が熱い……」
事故に遭って8日目の夜。
寝るまでは何ともなかったのだが、何となく息苦しく感じていると全身が熱を帯びたように熱くなってきた。
「風邪かな……顔でも洗うか……」
全身から湯気が立ちそうなくらいの熱さになり、思い切ってベッドから起き上がり洗面所へ行く。
熱のせいか、足元が覚束ない。
ふらふらしながら、やっとの思いで洗面所に辿り着く。
「うう……身体が熱い……こんな調子で退院できるのかな……」
病院に入院しているのに風邪をひくなんて、一体どうなっているんだ。
とにかく、顔を洗おうと鏡を覗くと。
「な!?」
鏡には見たこともないような美しい少女が映っていた。
背中まである銀髪、大きな瞳は何故か蒼い色を湛えていて驚いた表情をしている。
思わず後ろを振り返るが、オレの他に誰かがいる訳でもなかった。
恐る恐る手を顔に当てると、鏡の中の少女も同じような動きをする。
「ま、まさか……」
これ、オレなのか!?
一体何が起こったんだ?
ただでさえ、事故に遭って以降、記憶が戻っていないというのに。
目の前の少女は真っ青になって震えている。
そうだ、これは夢だ。
高熱のために幻覚が見えているんだ。
そう思いながら、再びふらふらと部屋に戻り、熱と疲れもあってあまり深く考えずに再びベッドに潜り込んだ。
$ $ $
翌朝、目が覚めると妹の優佳ちゃんとお母さんがいた。
「あ、おはよう……ございます」
目を擦りながら上半身を起こす。
あれ? 何だろう。さっきから二人が真剣な表情でオレの顔を覗き込んでくるんだけど……。
「日比野くん……ですか?」
「えーと……はい」
二人の背後にいた医者から改まって名前を訊かれたが、まだ記憶は戻っていないし、周りからそう呼ばれているのでそう答える。
「本当? 本当にお兄ちゃんなの!?」
優佳ちゃんが血相を変えてオレに詰め寄ってくる。
うわっ、顔が近いです。
「……えーと、多分? あはは……」
「そ、そんな……」
オレの答えに優佳ちゃんとお母さん、そして医者も困惑した表情になった。
記憶が戻っていないのを知っているはずなのに、何でそんな顔をするんだろう。
そこで、オレは昨日の夢を思い出した。
まさか……
慌てて胸元を見る……と。
そこには昨日まで存在していなかったはずの豊かな胸があった。
しかも、かなり大きい……じゃなくて!
頭に手をやると、さらさらとした感触。
髪の毛を掴んで目の前に持ってくると、銀色に光る長い髪。
「……夢じゃなかったのか」
そういえば、さっきから自分の声がいやに高いな、とは思ったけど、女の子になったのなら頷ける。
でも、何で? 何でこんなことに。
恐る恐る医者の方を見上げる。
「どうやら、日比野くんは『後天性性転換病』に罹ったようです」
後天性性転換病?
初めて聞くはずだけど……どこか頭の隅で懐かしい感じがする。
動揺するオレと家族に向けて、医者が説明する。
現在、日本各地で発生している奇病であり、この病気に罹るのは15歳から16歳の男子のみであること。研究の結果、数種類のビタミン剤を投与することで治癒することが出来ること。
「つまり、この病気に罹っても完治することは可能です」
医者の説明に安堵するオレと家族。
記憶喪失なのに、そのうえ奇病とか、洒落にもならない。
「まあ、詳しいことは検査しなければ分かりませんが……」
「是非、検査してください。お願いします」
オレの言葉に、分かりましたと答える医者。
早く治してほしい。
オレの家族と……あの4人組に心配かけたくない。
$ $ $
「検査の結果が出ました」
診察室でオレとお母さんの前に白衣を着た医者が説明を始める。
「確かに、息子さんはいわゆる『後天性性転換病』のようです」
何となく不安であったが、医者にはっきり言われてホッとする。
その雰囲気を察したのか、医者がコホンと空咳をして話を続ける。
「ただですね、息子さんの場合、これまでの治療法では対処できない可能性があります」
「えっ?……」
どういうこと? 嫌な予感がして胸がどきどきする。
「もしかすると記憶喪失が関係しているかもしれませんし、まだはっきりとは言えませんが……新たな症例かもしれません」
冷静に説明する医者だったが、少し困惑しているように見えた。
「この病気に罹った場合、複数のビタミン剤を投与することで元に戻ることができますが、息子さんの場合、そのような従来の方法では改善されませんでした」
「……つまり、どういうことでしょう?」
お母さんが不安気に尋ねる。
医者は、これは少し難しい説明になるかもしれませんが、と前置きする。
「これまでこの病気に罹った人は、対処して男性に戻るか、対処せずに女性となるかを選択することになります。男性に戻る場合は治療薬を投与して完全に戻ることができますが、女性となる場合は完全に女性となるわけではありません」
「……はあ」
「肉体的にはほぼ完全に女性化します。しかし、精神的なところで男性の部分が多少残ってしまうケースが多いのです。それは、考え方であったり、言葉遣いであったりしますが、特に女性として生きていくのに支障となるほどの問題ではありません」
「あの……それで……」
お母さんが相槌を打つが、話の方向が見えないので何とも言えない雰囲気になっている。
「ところが、今回の息子さんの場合、これまでの治療法が効かないということになると、男性に戻れないだけではなく、精神的にも完全に女性となる可能性が極めて高いです」
「要するに、このまま女性になるしか方法がないということですか?」
オレが訊くと、医者は首を縦に振る。
「そういうことです。これからの研究次第では今回の症例にも対処できるようになるかもしれませんが、現時点では難しいでしょう」
「……」
黙り込んでしまうオレとお母さん。
まさか、こんなことになるとは……。
「今後、この病気の研究が進めば、近い将来、男性に戻ることが出来るかもしれませんが」
オレの耳にはもう医者の言葉が届いていなかった。
病室に戻ったオレは、そのままベッドに潜り込んだ。
これまで男として生活してきたが、これからは女として生きていかなければならない。
その覚悟はおいそれと出来るものではない。
『……これからどうすればいいのだろう?』
漠然とした不安に襲われて、思わず涙が溢れてきてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます