第22話 嵐のお勉強会(2)
勉強をする前に、赤澤さん以外の3人を問い詰めてみると、やはり全員が優佳からメールを受けとってから慌ててお泊りの準備をしてきたことが分かり、オレは深いため息をつくしかなかった。
「だって、せっかくのチャ……いや、勉強会だしなあ。やるなら徹底してやりたいだろ?」
開き直った表情で言い放つ黒澤さんであったが、明らかに4人の中で一番バッグが大きく、何の説得力もなかった。
一体あの中にどんだけ荷物が入ってるんだよ……。
「徹底する、っていうのは勉強のことだよな!?」
「も、もちろんですよ!」
「そ、それ以外に何があるって言うの!?」
「まさか、悠くん……わたしの身体を……」
「あのな……」
両手で自分の身体を守るようにして、身体をふるふる震わせている蒼井さんであるが、オレはその様子をジト目で見ていた。
「と、とにかく勉強しましょう! 期末テストが近いんですから」
場をとりなすように緑川さんが言うと
「そ、そうだな。日比野の家だからって緊張している場合じゃないしな!」
「そ、そうね! まずは勉強よね!」
「楽しみは後に取っておかなきゃね!」
本来の目的を見失っていた4人は我に返ったように、教科書などをカバンから取り出した。
「さあ、ちゃっちゃと片づけよう!」
「「「おーっ!!!」」」
赤澤さんの掛け声に全員が綺麗にハモりながら、それぞれが教科書や問題集に取り掛かる。
大分時間が経過してしまったが、ようやく本題に入ることが出来てホッとするオレ。
しばらく彼女たちの様子を窺っていたが、誰も脇目も振らずに勉強しているようなので、オレも遅まきながら勉強に取り掛かった。
1時間が経過して、取り掛かっていた数学が一段落すると急にお腹が空いてきたことに気付く。
お腹をさすりながら周囲を見渡すと、4人とも真面目に課題に取り組んでいて、へー、やるときはやるんだなあ、と感心していると。
「ねえ、悠太」
赤澤さんがオレを呼んだ。
「どうした?」
「ちょっと分からないところがあるんだけど」
「うーん、どこ?」
「ちょっとこっち来て」
やれやれ、と思いつつ、赤澤さんの横に座る。
「ここなんだけど……」
開いている本を覗き込む。二人で一つの本を見ることになるので、当然お互いの肩がぶつかるくらいの距離になっていて、赤澤さんから甘いようないい匂いが漂ってくる。
「うーん、ここ。ここがよく分からないの」
「どれどれ……」
ドキドキしながら、赤澤さんが指さす箇所を読んでみると。
『ぼくの夢は、しょうらいプロ野球せんしゅになることです』
……なんだこれ?
こんなこと教科書に書いてあったっけ? と訝しげに思っていると、他の3人の肩が微妙に震えているのに気付いた。
ハッ、まさか!?
読んでいた本を取り上げてよく見ると、古くなった厚紙の表紙に『4年3組 学級通信』と書かれてあった。
「悠太、プロ野球選手になりたかったんだー」
「日比野くん、可愛いですね」
「……くくっ」
「黒崎さん、笑うなんてし、失礼ですよ……ぷっ」
「お前らーーーーーっ!!」
こんなんで期末テスト大丈夫なのだろうか。
$ $ $
「そろそろお腹空きませんか?」
緑川さんの言葉を聞いて、時計を見ると午後6時過ぎになっていた。
「そうだな、夕食にするか」
オレがそう言うと、緊張が解けたのか、みんな一斉に伸びをし始めた。
「やっぱり勉強って疲れるわね」
「そうですよね」
赤澤さんが呟くと、笑顔で同意する緑川さん。
「そうよねー貴重な青春がこんなことで消費されていくなんて不幸だわ……」
がっくし、という感じでテーブルに顔を臥せってしまう蒼井さん。
端から見ると、終了間際の女子会という雰囲気を漂わせている。
……オレは行ったことないから知らないけど。
「あー慣れないことをすると肩が凝るなあ」
両肩をまわしつつ、首を左右に振ってポキポキと音を鳴らす黒崎さん。見た目は麗しい美少女なのにやっていることは完全にオッサンだった。
その様子を苦笑して見ていた蒼井さんがオレに訊いてきた。
「悠くん、今日の夕食どうする?」
「うーん。確か、母さんが多めに作ってあるとか言ってたはずだけど」
蒼井さんに訊かれるまで忘れていたが、多分心配ないはずだ。
「オレ、ちょっと見てくるよ」
立ち上がりながらみんなに向けて言うと「わたしも行く」「私も行きます」「アタシも行くぞ」「じゃあわたしも」と次々と言い出して、結局みんなでキッチンに向かうことになった。
別にオレが何かする訳でもないのに、と思いつつ「じゃあ行くか」とぞろぞろと階段を降りていく。
キッチンに入って母さんが多めに作ってあると言っていた料理を探す。
「ないなあ……」
テーブルの上や冷蔵庫の中まで一通り探したけど見つからなかった。でも確かに母さんが言ってたはずだけど……。
ハッ、もしかして……。
慌ててリビングの小物入れを探ると小さな財布が出てきた。
中を調べると一万円札と小さなメモが入っていた。
『女の子が4人もいたら大変だろうから、これで外食でもしてきなさい。母より』
やっぱり……。
そんなオレの様子を見ていた4人がオレに問いかけてくる。
「悠太、どうしたの?」
「ごめん、どうも母さん食事作ってなかったみたいだ。その代わり外で食べて来いって」
4人の前でメモを見せるとみんな微妙な顔をした。
「そんな悪いですよ」と緑川さん。
「そうよ。申し訳ないわ」と蒼井さん。
「そりゃあ、悠太と食事なんて嬉しいけど」と赤澤さん。
「そうだぞ。あ、アタシとだけならいいけど」と黒崎さん。
また余計なことを……と思った瞬間、いつもの雰囲気に包まれてしまった。
「それはどういう意味かしら、黒崎さん」(赤)
「抜け駆けはダメですよ」(緑)
「そうよ! 悠くんはみんなのものなんだから!」(蒼)
「ちょ、ちょっとみんな落ち着いて……」
「いいだろう。その辺をきっちりと話し合おうではないか」
黒崎さんが腕を組んで悠然と言い放つ。
「いいわ」「分かりました」「受けて立つわよ!」
どうやら続きはどこか分からないけど、外に持ち越されるらしい。
はああ、とため息をつくしかなかった。
$ $ $
どこで夕食を摂るかで多少のいざこざがあったが、結局のところ誰も空腹には勝てず、時間も惜しいので近くのファミレスに行くことになった。
店に入ろうとすると、立ち止まった黒崎さんが店を見上げていた。
「ここか……懐かしいな」
「懐かしいって、どういうこと?」
黒崎さんの呟きを耳にした赤澤さんが訝しげな顔で問いただす。
「ああ、ここは日比野との『デート』で来たことがあるんだ」
「「「!?」」」
3人は驚愕の表情を浮かべ、次の瞬間にはオレを睨みつけていた。
「ちょ、何言ってんだ? それは順番で決めた付き合いのときの話だろ!」
「そのとき、隣のテーブルに座っていた子供たちから『あのカップルはお似合いだね。きっとチュウするよ』って言われちゃって参ったよなあ」
オレの返事もむなしく、黒崎さんは一人悦に入っている。
確かに黒崎さんの言っていることは間違いではないけど、本当のところは子供に指摘されただけでなく、その母親から興味津々で見られたからだ。
「……詳しいことは中で聞かせてもらいましょうか」(赤)
「そうですね。私も興味があります」(緑)
「場合によっては……こちらにも考えがあるわよ」(蒼)
怖い顔した3人に両手をがっちりホールドされ、そのまま店内の入っていくオレ。今、オレの味方であるはずの黒崎さんは背後で『ウヘヘ、ウヘヘヘヘ』と気味悪い声を上げて身悶えていて役に立ちそうもない。
$ $ $
「いらっしゃ……いま……せ……」
にこやかに笑顔を浮かべているウエイトレスさんだったが、美少女3人に拘束されているオレの姿に言葉が続かないでいた。
そりゃそうだろうな。ただでさえ、アイドル顔負けの美少女が4人も揃っている上に、その彼女たちがどう見てもパッとしない一人の男に絡みついているのだから。
オレの右手に腕を絡ませていた赤澤さんは、入り口からキョロキョロと店内を見渡すと、
「あそこが空いているわ」
と言って、奥のテーブルに引っ張っていく。
「逃げないから、慌てないでくれよ……」
オレは全身から力が抜けたまま、引きずられていくだけだった。
疲弊していたオレであったが、目的のテーブルまで移動する間も他のお客さんの声が漏れ聞こえてくる。
「うわ!? 何この可愛い子たちは?」
「ちょっと、何? テレビのロケなの?」
「それにしては男は冴えない感じだけど?」
そうですよ……どうせオレは彼女たちのオマケみたいなもんですよ……チクショウ。
オレたちがテーブルに着くと、さきほど呆然としていたウエイトレスさんが水を持ってやってきた。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
そうだ。まずは注文しないと……。
「とりあえず、オレの話の前にみんな好きなものを注文してくれ」
座席にあったメニューをテーブルの真ん中で広げる。
「そうねえ。この後にいろいろと体力を使うから精の付くものが食べたいわ♡」(赤)
「そうですね。これから夜は長いですし……♡」(緑)
「そういうことなら悠くんが一番精をつけてもらわないと♡」(蒼)
「確かに。日比野に最後まで頑張ってもらわないとな♡」(黒)
「これからするのは勉強だよね!? 意味深な発言止めようね!?」
いつも以上に残念なやりとりに、全身から嫌な汗が噴き出てくるオレであった。
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