第21話 嵐のお勉強会(1)

「そういえば、そろそろ期末テストですね」


 何気ない緑川さんのひと言で、オレの周囲に緊張が走った。

 季節はもうすぐ夏、あと少しで夏休みだというのに重い現実に引き戻された感じだ。


「う、うむ。確かに……」

「ああ……嫌なことを言わないでよ」


 黒崎さんは眉間にしわを浮かべてぐっと腕を組んで上を向き、蒼井さんは、はああーとため息をついて机に突っ伏してしまっていた。そんなに衝撃的なセリフだったのだろうか。


「何だよ、みんなテスト勉強してないのか?」

「も、もちろんやっているが……」

「わたしも一応はしているけど……」

「テストかあ……」


 オレの問いかけに対して微妙な反応を見せる3人。蒼井さんは転校してきたばかりだから成績についてはよく分からないけど、黒崎さんは中学時代に生徒会長だったし、赤澤さんだってそんなに問題はないと思うが。

 そんなオレの疑問を察したのか、黒崎さんが言い訳を始めた。


「あ、アタシだって中間テストはまあまあ、だったぞ。ただ、日比野と付き合ってからは何というか……勉強が手に付かないというか……」


 顔を赤くして指を胸の前で絡ませながら、潤んだ瞳でオレを見る。

 そんな目をするのは止めてくれ……。


「わたしだって、悠くんのことばかり考えてるんだから!」


 負けじとばかりに叫んだ蒼井さんは、背後からオレの顔をグッと掴んで、強制的に後ろに向かせる。


「痛いよ、蒼井さん!?」

「あ、ごめん。だから悠くん、一緒に勉強しよ?」

「はあ?」


 名案とばかりにニコニコと笑顔を言い放つ蒼井さん。というか、顔から手を離してください。

 何とか、蒼井さんの手を振りほどこうとしていると、


「それはいいわね!」


 今まで無言でいた赤澤さんが拳を握りつつ立ち上がった。

 その目はやる気に満ち溢れているように爛々と輝いている。


「そうよ! この期末テストを乗り切れば夏休みに入るのよ! だから頑張るしかないわ!」


 そしてライオンが獲物を目の前にした時のような鋭い視線を向けてきた。


「という訳で、今日はちょうど金曜日だし! 今から勉強会をするのよ!」

「さんせーい!」


 蒼井さんが手を上げて賛同を示すと、


「私も微力ながら協力します」


緑川さんも頬を染めながら追随する。

 控えめな物言いであるが、緑川さんは中間テストで学年1位という素晴らしい成績を残しているので、是非とも協力いただきたい―――っていうか……オレの意見は? それにちょうど金曜日って何?


「それじゃあ、今日は日比野の家に集合だ!」


 黒崎さんのひと言に「「「おーっ!!」」」という雄叫びが上がり、もう後には引けない状況になってしまった。


 その後、家に連絡を入れ事情を話すと、母さんの快い了解の返事が返ってきた。


「とりあえず、オレの家で集合ということでいいな?」

「うむ。いいぞ」

「分かりました」

「了解よ!」

「……久しぶりの悠くんの家……」


 若干1名が、はあはあと息を荒くしているが気にしないことにする。最近、蒼井さんもこの3人組に影響を受けているせいか、少し言動が怪しい場面がみられるようになってきて心配だ。


「じゃあ、みんな一旦家に帰ってから、5時に集合ってことで」


 オレが告げるとみんなが首を縦に振った。

 ただ、このときに彼女たちの間でアイコンタクトが交わされていたことをオレは知る由もなかった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 帰宅したオレは、早速、部屋の掃除にとりかかった。

 彼女たちと付き合うようになってから、誰が来てもいいようにこまめに掃除をする習慣が身に付いていたので、それほど時間が掛からずに済んだ。


 掃除が終わってリビングに行くと、母さんと妹の優佳が何やら慌ただしく、カバンに荷物を入れていた。


「どうしたの? 母さん」


 声を掛けると、母さんは申し訳なさそうな顔をする。


「悠太、急で悪いんだけど、これから親戚のところに行かないといけなくなったのよ」

「えっ?」


 親戚のところって、確か隣の県だったはず。ってことは……今日はオレ一人?


「じゃあ、オレも行こうか?」


 今ならお勉強会を中止になっても何とか連絡できると思うし。


「ダメよ。せっかくみんなが集まってくれるんだから、あんたはここにいなさい」

「いや、でも」

「いいから。それと、夕食はちゃんと大目に作ってあるからみんなで食べなさいね」

「う、うん……」


 オレがしぶしぶ了解すると、母さんは優佳を連れて家を出ていってしまった。

 玄関で見送るとき、何故か母さんと優佳がお互いの顔を見合わせながらニヤリとして、『頑張ってね』という訳の分からないことを言ってたけど、何だったのかねえ。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 4時半に玄関のチャイムが鳴り、玄関に出ると4人が揃って立っていた。

 みんな一旦家で着替えていて、全員私服である。

 しかも、みなさん申し合わせたように、キャミソールや袖なしブラウスにミニスカートといった感じで、やたらと露出度が高い気がするんですけど……。

 それに勉強道具が入っているにしては、みんなの荷物が大きすぎるような……。


 ここであまり考えてはいけない……そう思って気を取り直して声を掛ける。


「やあ、いらっしゃい」

「「「「お、お邪魔します」」」」


 過去に何度か家に上がったことはあるとはいえ、さすがに緊張するのだろう、4人とも表情が硬いままである。


「散らかっているけど気にしないでくれ。あ、それと」


 玄関でそれぞれ靴を脱いでいる4人に説明する。


「実は、今日母さんと妹は急な用事で出掛けちゃって、今日はオレしかいないんだ」


 だからそんなに緊張しなくてもいいよ、というつもりで言ったんだが。

 その言葉を聞いた瞬間、4人の目がキラリと光ったのをオレは見逃さなかった。


「えっ、そうなんですか。ご挨拶しようと思ってましたのに……」


 ちょっと残念そうに呟く緑川さん。その一方で。


「そ、そうか。そいつは残念だな……」

「久しぶりに叔母さまに会えると思ったのに……」

「優佳ちゃんもお出かけか……」


 セリフこそ残念な気持ちを表しているが、対照的に口角を上げて嬉しそうな顔になっている黒、蒼、赤の3人組。

 何やら嫌な予感がしたので話題を変えることにした。


「ところで、みんな随分荷物が多いみたいだけど?」


 何気なく訊いてみたのだが、彼女たちは一様にビクッとなり、慌てて言い訳を始めた。


「そ、そうかな? 普通じゃない?」

「そ、そうですよ」

「ああ、アタシもいつもこんな感じだが」

「ほ、ほら、教科書って結構かさばるから!」


 みんなが大したことないという感じでカバンを振り回す。すると、赤澤さんがカバンを落として中身を床にぶちまけてしまった。


「ああっ!?」

「何やってるんだよ、もう……」


 焦って拾おうとする赤澤さんの横で手伝おうと手を出す……と。

 教科書やノート、シャーペンといった勉強道具のほかに、勉強会には全く必要ないと思われる、歯ブラシやタオル、そして何故か下着までがカバンからこぼれていた。


「……」

「……」

「あの……赤澤さん?」

「……はい」


 オレのジト目を避けるように、顔を背けている赤澤さん。

 周りを見ると、他の3人もバツが悪そうな顔をしていた。


「オレの勘違いかもしれないけど……もしかして、今日オレしかいないこと、知ってた?」

「……し、知らなかったわよ」


 いかにも図星を刺されたという感じで、顔を真っ赤にしている赤澤さん。

 彼女たちは基本的に素直な性格をしているので、嘘をついているかどうかはオレにはすぐ分かる。

 彼女たちが知っているとなると、情報ソースはあれしかないはず。


「……優佳だな?」

「「「「はうっ!?」」」」


 オレの呟きに過敏に反応する4人……どんだけ分かり易いんだ。

 彼女らの白々しい態度と既に4人とメル友となっている妹の優佳の存在―――つまり、優佳が親戚のところに出掛けることを連絡したのだろう。


「とにかく、今日は真面目に勉強すること。そして……お泊りはなし!」

「「「「ええーっ!?」」」」


 オレの言葉にものすごい落胆ぶりを見せる4人。


「せっかく……悠くんと一緒の夜を過ごせると思ったのに……」

「わ、私は日比野くんが嫌というなら無理強いはしませんよ」

「まあ、突然だったし、し、仕方ないわよね」

「くっそー、日比野との関係を深いものにしようと思ってたのに……っ!」


 落ち込んでしまう4人であるが、普通に考えたら、いくら今日が金曜日で明日学校が休みだと言っても、男一人の家に泊まらせるわけないでしょ?


 まだ勉強も始まっていないのに、オレはすでに全身に疲労を感じているのですが……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る