第23話 目撃者は語る

 もうすぐ夏休みになるという時期のせいか、店内はいつにもまして学生たちで混雑していた。

 それにしても今日はカップルの姿がやけに目立つ。

 夏休みの予定を立てているのか、スマホでスケジュールを確認しながらどこに行こうか、と話し合うカップルもいれば、あまり乗り気でない彼女を何とか誘おうと懸命に口説いている初々しいカップルもいる。


『ちっ……このリア充どもが』


 注文された料理を届けながら、会話に夢中で私のことが眼中にないカップルを見て舌打ちする。

 そう、私はここのウエイトレス。

 ここに勤め始めたのは彼と別れてからだったから、もう3か月にもなる。


 元カレは周囲の目を引くイケメンでよくモテる人だった。でも、付き合い始めると友人たちから『遊ばれてるんじゃない?』とか『本気になったらヤバいかもよ』などと言われるほど、いい噂のない人だった。

 私も当時はかなり熱を上げていたせいで、どうせ私への嫉妬だろうと耳を貸さずにのめり込んでいたが、ある日突然『別に好きなヤツが出来たから別れよう』と面と向かって言われ、我に返った。

 当然、理由を問いただしたが迷惑そうな顔をするだけで、真剣に向き合おうとしない彼の態度に、ついに堪忍袋の緒が切れた私は即行で別れを切り出した。

 それから男というものは、信用できない生き物だと感じるようになった。


 そう考えると、周囲で楽しそうに語らっているカップルも、どうせ楽しいのは今だけだよ、せいぜい頑張りなさい、と思えてきて、意地悪い笑顔を浮かべてしまう。


『見た目だけで相手を選ぶと大変なことになるわよ』


 これは今回の破局で得られた教訓であった。


 自分の不幸を嘆きつつ、頭の中で店内のカップルを片っ端から爆発させていたところに新たなお客さんが入ってきたようだ。


「いらっしゃ……いま……せ……」


 反射的に声を掛けたが、途中で言葉が続かなくなってしまった。

 それは目の前の光景に衝撃を受けたからだ。


 入ってきたのは何故か3人の女の子にがっちりと両手と背中を抑え込まれ、疲れた表情を浮かべた冴えない男の子だった。

 異様なのは冴えない男の子に絡みつく女の子たちがあまりにも可愛いことだけではなく、彼女たちが放つオーラだった。

 艶やかな金髪をツインテールにした、まるでお人形のような完璧な容姿をした女の子は、気の強そうな表情をしながらも男の子の右手に両手を絡ませて赤い顔をしているし、その反対側では、左手をギュッと握りながら、やや青みがかった瞳を男の子に向けて微笑んでいる可憐な女の子が、そして後ろには心配そうな顔で控えめに男の子のシャツを掴んでいる癒し系美少女が。

 そして、その4人の後ろには、これまた黒髪ロングに抜群のプロポーションをした超絶的な美少女がふふふ、と妖艶に微笑んでいる。


 どう見ても、彼女たちとは到底釣り合わなさそうな男の子であるはずだが、美少女たちから発せられているのは、その男の子に対する『好き好き大好きオーラ』であった。


 一体何なのコレ?


 あまりに衝撃的な光景に、私だけではなく、周囲のカップルたちも目を白黒させていた。


「うわ!? 何この可愛い子たちは?」

「ちょっと、何? テレビのロケなの?」

「それにしては男は冴えない感じだけど?」


 注目を浴びていることに気付くことなく、金髪ツインテールさんが空席を見つけたようで4人組は意気揚々と男の子を引きずりながら奥へと向かっていく。

 その様子を眺めていた男どもは、自分が恋人と一緒にいるということを忘れて見惚れていたようで、怒った彼女から水を掛けられたり、足を踏まれてたりしていた。


 そ、そうだ。注文を取りに行かないと。

 我に返った私は慌てて、人数分のグラスを持って彼女たちのテーブルへ向かう。


「ご注文はお決まりでしょうか?」


 いつものようににこやかに話しかけるが、これだけの美少女が一堂に会すると女である私でもオーラに圧倒されてしまう。


「とりあえず、オレの話の前にみんな好きなものを注文してくれ」


 冴えない男の子が声を掛けると、彼女たちは妖艶な表情を浮かべた。


「そうねえ。この後にいろいろと体力を使うから精の付くものが食べたいわ♡」


 身体をぴったりと男の子にくっ付けて潤んだ瞳を向ける金髪ツインテールさん。


「そうですね。これから夜は長いですし……♡」


 テーブルに置かれた男の子の左手に指を恋人のように絡ませて微笑む癒し系美少女さん。


「そういうことなら悠くんが一番精をつけてもらわないと♡」


 左手を男の子の膝に置きつつ、肩に顔を乗せて微笑む青みがかった目をした美少女さん。


「確かに。日比野に最後まで頑張ってもらわないとな♡」


 彼の右手を両手でしっかりと掴んで、うへへへと呟く黒髪ロングさん。


 どこから見てもハーレム状態なのに、何故か引きつった顔をしている男の子。

 信じられない光景に、先ほどまでの振られたことへの怒りやリア充死ねと叫んでいた気持ちがすっかり失われていることに気付く私であった。

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