第24話 嵐のお勉強会(3)
ファミレスで空腹を満たしたオレたちは、蒼井さんが『食後のデザートを買いたい』と言い出したため、みんなで近所のコンビニに立ち寄っていた。
「デザートならさっきの店でたくさん食べただろうが」
「何言ってるの、悠くん。女の子のデザートへの愛を甘く見てると痛い目に遭うわよ?」
女の子にとって甘いものは別腹とは聞くけど、あれだけ食べた後に入るものだろうか、と少し恐ろしく感じる。
もう何も食べる気が起きないオレに構わず、4人組は何やらきゃいきゃい言いながらカゴに次々と商品を放り込んでいた。
「おいおい、一応試験勉強なんだからあまり買い込むなよ」
「分かってるって♡」(赤)
「いいじゃない、せっかくの機会なんだし♡」(蒼)
「そうですね。勉強だけじゃ勿体ないですよ♡」(緑)
「日比野も欲しいものがあれば買った方がいいぞ♡」(黒)
彼女たちの様子を見ていると、もはやオレの家に泊まり込むことは決定事項のようだ。
半ば諦めたオレは、明日まで何事もないことを祈りつつ、カゴいっぱいに入れられた商品をげっそりした気持ちで眺めるしかなかった。
「それじゃあ、悠太の家での勉強会を記念して、カンパーイ!!」
「「「カンパーイ!!」」」
カチンとグラスが軽くぶつかる音を聞きながら、『なんの記念だよ……』とぶつぶつと呟くオレ。
ファミレスに行く前は教科書やノートが置かれていたテーブルには、代わりにジュース類やポテチ、煎餅やらが所狭しと並べられていて、すっかり女子会の様相を呈している。
となると当然、交わされる会話の内容は……。
「ねえ、蒼井さんは悠太の小さい頃のこと知ってるのよね?」
「うん。一応、幼馴染だからね」
赤澤さんの問いかけに何故か自慢げに語る蒼井さん。心なしか、顔に赤みが差しているような?
「ということは、私達の知らない日比野くんを知っているんですよね? いいなあ……」
グラスを胸の前で抱えるようにして緑川さんが呟く。
「私も日比野くんの幼馴染だったら良かったのに……」
「いや、アタシらは付き合っている時間は短いけど、その分中身は充実しているぞ!」
寂しそうにしている緑川さんを横目に黒崎さんが力強く言い放つ。
「そ、そうよ。確かに蒼井さんは羨ましいけど、中学の頃の悠太を知っているのはわたし達だもん」
キラキラとした瞳でオレを見つめる赤澤さん。その顔は上気したように真っ赤になっている。
「という訳で、お互いに知らない悠太との思い出を語り合いましょう!」
「「「さんせーい!!!」」」
普段、あれほど言い争いしていたのが嘘のように、同調する4人組。
やっぱりみんな仲がいいんじゃないか。今までのオレの苦労は何だったのだろうか?
$ $ $
「そうですねえ~、悠くんとの出会いはですね~」
乾杯してから1時間が経過。4人はオレに関するこれまでの想い出やらを、時には笑いながら、時には涙を浮かべながら語り明かしていた。
これまでは、こんな形で集まる機会などなく、さらにオレの家ということもあって全員がハイテンションのようである……もちろん、オレを除いて。
コーラをちびちびと飲みつつ、時計を見ると時刻はもう9時過ぎ。
本当なら、そろそろお開きにしてもいい時間ではあるが……。
声を掛けようか迷いながら周りを見渡してみると、とんでもないことに気付いた。
テーブルに並んでいた空き缶には、『フルーツサワー』とか『梅酒』とか書かれているではないか!
「お、お前ら……何してんの!?」
注意しようと思わず叫んでしまったが、何ということでしょう、4人のお嬢様方はがっつりとアルコールを摂取されているではありませんか!
どおりで、コンビニで持たされた荷物が重いはずだ。しかもこんなに大量に買い込んでいたとは。
「まあまあ、日比野~、堅いこと言うなよ~」
白い肌を真っ赤にしてふらついている黒崎さん。何やらすごいご機嫌のご様子です。
対照的に、その横にはもはや目が座った状態で缶を傾けている赤澤さん。さらに、両膝を抱えて何やらブツブツと呟き続ける緑川さんと、いつの間にかオレのベッドで横になってゴロゴロしている蒼井さん。
そろそろ帰った方がいいのでは、という提案を切り出せる状況ではなかった。
それよりも、この後どんなことが起こるのか……それを考えると嫌な予感しか感じないのであった。
$ $ $
いつの間にかアルコール飲料に手を出していた残念美少女4人組。
その結果、それぞれが意味もなく笑ったり、ブツブツと呟いたり、人のベッドに勝手に寝転んだりと酩酊状態にあるのだが、共通しているのは言葉の端々に『日比野~』とか『悠太~』、『悠く~ん』とオレの名前を口にしていることである。
身の危険を感じたオレは、一時的な避難の意味もあって、妹の部屋と母さんの部屋へ駆け込んだ。
うん。別に逃げた訳じゃないよ。
早めにベッドを整えて、様子を見て眠そうな彼女たちを寝かせつけることにしただけだよ?
誰に言い訳しているのかよく分からないが……とりあえず、妹のベッドと母さんのベッドに2人ずつ寝かせることにする。
ベッドの準備を終えて部屋に戻ると、さっきまでの残念な状況が一変していた。
「悠太! どこ行ってたの!?」
テーブルに上半身を預けていたはずの赤澤さんが起き上がってオレを睨みつける。
「どこって、お前らがいつ寝てもいいように準備を……」
赤澤さんの鋭い眼光に怯みつつ、なるべく遠く離れた場所に腰を下ろす。
「本当? まさか逃げ出そうとしたわけじゃないでしょうね!」
「……そんなわけないだろ」
逃げられるもんならとっくに逃げ出してるわ!
「それにこの状態を見てみろ」
オレは部屋の中で繰り広げられている光景を指し示す。
黒崎さんは床に寝転んで『あっ……日比野……そんなとこ触るなんて……♡』と悶えているし、緑川さんはテーブルに突っ伏したまま『次の問題が解けたら……その……ご褒美くださいね♡……』と意味不明の言葉を口にしているし、蒼井さんに至っては、『……はあはあ……悠くんの匂いがする♡……』と呟きつつベッドの上で毛布にくるまっている。
「……」
あまりに残念な状況を目の当たりにして、さすがの赤澤さんも無言になってしまった。
「とにかく、このまま勉強を続けるのは無理だろう?」
そう言って立ち上がろうとすると、赤澤さんも同じく立ち上がりオレの目の前にやってくる。
その顔はお酒のせいか真っ赤になっていて、潤んだ瞳でオレを見つめている。
「ねえ、悠太……」
「うん? どうした?」
「悠太は、わたしを……いや、わたし達のこと、どう思っているの?」
「ど、どうって?」
何だろう? さっきまでとは違う雰囲気をまとっっている。
「前にも言ったけど、わたし悠太が好きだよ。ううん、前よりもずっとずっと」
「赤澤さん……」
「でもね、ときどき思うんだ……。わたし、悠太に迷惑を掛けているんじゃないか、って」
「……」
いつになく真剣な表情でとつとつと語る赤澤さんは、気が付けば微妙に身体が震えていた。
「わたしはずっと悠太といたい……でも、悠太が嫌って言うなら……」
彼女の大きな目から大粒の涙が溢れてきて、ツーッと頬を伝う。
その様子を、オレは衝撃を受けつつ見つめていた。
赤澤さんは本気でオレのことが好きなんだ、と改めて思い知らされた。
そこには、普段の勝気な面影は見あたらず、自分の想いを精一杯吐露しているか弱い少女の姿があった。
「赤澤さん」
オレが声を掛けると、俯いていた彼女はビクッと体を震わせた。
「正直に言うと、最初は戸惑っていたんだ。見た目はとても可愛いけど、やっぱり元男だと思うと好きとかいう気持ちにはなれないと思っていた」
「……」
「でも、それは間違いだった」
「悠太……」
不安そうな顔でオレの言葉に静かに耳を傾ける赤澤さん。
「きっかけは母さんの言葉だった。情けない話だけど、赤澤さん達のことを母さんに相談した時に言われたんだ。『友だちからでいいじゃない。とにかく付き合ってみなきゃ始まらないわよ』ってね」
「……そうなんだ」
「うん。それでオレの迷いは消えたよ。元男とかは関係ない、要は相手を好ましいと思えるかどうかなんだって」
「悠太……」
再び、赤澤さんの目から涙が零れてくるけど、それはきっと哀しみの涙ではないと思う。
彼女も悩んでいたんだ。病気で女の子になってしまったものの、オレから避けられたらと考えるととても辛かったに違いない。
「今の赤澤さん達に出逢ってから、いろいろあったけど、オレは楽しいと思ってるよ」
「悠太……ありがとう……」
赤澤さんはゆっくりとオレの胸に顔をうずめて抱き着いてきた。
「わたし、悠太を好きでいいの?」
背中に回した彼女の腕に力がこもる。
「ああ、オレも今の赤澤さん達が……好きだよ」
そして、オレも彼女を抱きしめようとすると。
「日比野――――!!」
「日比野くん!!」
「ぐはあっ!?」
オレの名を叫ぶ声が聞こえたかと思うと、背中に強い衝撃を感じた。振り返ると、膝立ちの状態でオレに縋り付く黒崎さんと緑川さんがいた。
「そこまで、アタシ達のことを……」
「う、嬉しいです! 日比野くん」
涙を浮かべている二人であるが……もしかして、今までの会話が聞かれてたのでしょうか……ううっ、恥ずかしい。
「アタシ、これから最高の女を目指す! そして日比野にふさわしい彼女になるよ!」
「もう日比野くんから離れません。これからもよろしくお願いしますね!」
「わ、分かったから。涙をオレの服で拭くのはやめて!?」
何とか、赤・黒・緑の3人組を落ち着かせていると、背後からまたもや声が聞こえてきた。
「悠く~ん、わ・た・し・は?」
「蒼井さん!?」
そこには半分ヤンデレになりかけている蒼井さんがベッドの上で仁王立ちしていた。しかも、目が笑ってない。
「まさか、わたしは除け者じゃないでしょうねえ?」
薄ら笑いを浮かべながらにじり寄ってくる。何かホラー映画のワンシーンのようだ。
「そんなことはないぞ。オレは蒼井さんも好きだから」
「ひょっ!?」
突然の好きだ宣言に一瞬で真っ赤になった蒼井さんは、驚きのあまり口がぱくぱくしていた。
「蒼井さんは彼女たちのことを知っても、避けたりしないし、今ではこんなに仲良くなっているじゃないか。オレはそんな心が広くて優しいところが好きなんだ」
「ゆ、悠くん……」
「だから、これからも仲良くしような」
「う、うん!」
満面の笑みを浮かべる蒼井さん。
その笑顔を見ている中、ふと思い浮かんだのは、オレってもしかしてヤバくないかということだった。
いくら相手から好意を寄せられたからといっても、4人とも可愛いとか、好きだとか言うなんて、あまりに優柔不断だし彼女たちが怒り出すのではないか。
恐る恐る彼女たちの様子を窺うと。
「悠太……大好き……」
「日比野……アタシはもっといい女になるよ……」
「一生離れませんよ……日比野くん……」
「悠くん……幸せになろうね……」
残念だけど、オレは彼女たちからもう離れられないだろうと思われて苦笑するしかなかった。
あっ、そう言えばテスト勉強ほとんどしてないけど……まあ、いいか。
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