第3話 可愛いけど残念な美少女たち(2)

「教室に戻ってくるのが遅いと思ったら、あんたたち何してんのよ!」


 ゴゴゴゴ……と地面が裂ける効果音が聞こえてくるような黒いオーラをまとった赤澤さんが、ベンチの上で後頭部をさすっている黒崎さんを睨みつけていた。


「別に……あんたには関係ない」


 負けじと睨み返す黒崎さん。何これ……まるで竜虎の対決みたいだ。

 美少女同士がお互いに噛みつかんばかりに視線をぶつけ合うのは、端から見ていてもとても怖いものがある。

 でも何でこの二人は睨みあっているのだろうか。


「まさか、抜け駆けしようというわけじゃあないでしょうね!?」


 赤澤さんの言葉に「……何のことだ?」と白々しく返す黒崎さん。


「まあいい。伝えるべきことは伝えたからアタシは教室に戻る」


 ベンチから立ち上がり、さっさと屋上のドアの方へ歩き出すが、ドアをくぐる瞬間にオレの方を見てにっこりと微笑んだ。


「じゃあな、日比野」


 その言葉を残して彼女の姿は見えなくなった。

 その途端、赤澤さんはオレの方に振り向いて突っかかってきた。


「ちょっと! さっきは二人で何してたのよ!」

「えっ!? ……いや、ちょっと話をしてただけだよ」


 何でオレが言い訳しなきゃならないんだ? と思いながら返事すると、赤澤さんは「ふん! どうだか」と頬を膨らませた。


「あ、もうすぐ昼休みが終わっちゃう!」


 時計を見て慌てた赤澤さんは叫びながらオレにびしっと指をさして、


「放課後、ちょっと話があるから教室にいなさいよ!」


と言い放ち、脱兎のごとく屋上のドアに向かって走り出した。


「オレの都合は聞かないんですね……」


 とんだ騒動に巻き込まれ、昼食用のパンを食べられなかったオレは、がっくりと肩を落として同じように屋上のドアへ向かうのだった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 教室に戻ると、午後の授業開始の直前ということで美少女3人組の周囲に男子の姿は見かけなかった。

 ほっとして自分の席に戻ろうとすると、突然数人のクラスメイト(男子)に取り囲まれ廊下に連れていかれた。廊下に出ると彼らの一人が代表して口を開いた。


「日比野くん、君と黒崎さんはどんな関係なんだ?」

「か、関係って?」

とぼけないでくれ。君と黒崎さんが仲良く屋上のベンチで楽しそうに話をしているのを見たという目撃証言がある」


 どうも、こいつらは黒崎さんのファンのようだ。そりゃあれだけ美人だと人気があるのもうなずける……中身がアレだけど。

 でも昼休みのやりとりが楽しそうに見えたとはね……どんな情報網だよ。


「別に仲良くしてないよ。同じ中学校出身だからね、昔話に花が咲いただけさ」


 オレは適当な言葉を言ったけど、嘘はついていない。でも本当のことを言ったら大変なことになるだろうな。


「そうか……まあ、今回は信じることにしよう」


 そう言われてホッとしたが、彼らの話には続きがあった。


「これから黒崎さんと話すときは、我々、『黒き百合を愛でる会』を通してもらいたい」

「はあ?」

「以上だ」


 そう言い残して彼ら『黒き百合を愛でる会』は教室に戻っていく。

 何なの、その会は……。

 立て続けに起こったオレの理解を大幅に超える出来事でオレはすっかり疲弊していた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 そして放課後。

 約束どおり、オレは教室で赤澤さんを待っていた。

 クラスメイトたちは部活やら、寄り道やらに出払ってしまい、教室には早々に誰もいなくなっていた。

 今なら余計な詮索を受けることがないので少し安心する。

 手持ちぶさただったので、何気なく机の中に手を入れるとカサッと指先に紙らしきものが触れた気がした。

 腰をかがめて覗き込んでみると、どうやら封筒らしい。

 ピンク色のいかにも女の子が好きそうなデザインの手紙を手に取って眺めていると、裏側に「緑川佳乃」と書かれていた。

 こ、これはいわゆる『ラブレター』というヤツでは!?

 慌てて周囲を見回すが、誰にも見られた形跡はない。ホッとしてカバンに入れた途端、


「お待たせ」


と赤澤さんが教室に入ってきた。

 やばっ!

 オレは「ああ、危なく教科書忘れるところだったぜ」とカバンの中をごそごそと探すふりをしながら『どうか見つかりませんように……』と祈っていた。


「ん、どうしたの?」

「いや、何でもない」

「そう……」


 どうやら不審な動きに思われなかったらしい。一安心してカバンを机の上に置いてから赤澤さんの方へ顔を向けた。


「ところで、用って何?」


 話を向けると赤澤さんはゆっくりオレに近づいてくる。


「あ、あのさ、昼休みに黒崎さんと一緒にいたでしょ? どんな話をしてたのかなあ、って」


 見れば、顔を少し赤くして上目遣いで心配そうにオレの顔を覗き込んでいる。

 それはものすごい破壊力で、オレはドキドキしながら見つめ返す。


「ただ、中学のときの話をしてただけだよ」

「本当?」

「……ああ」


 よし、嘘は言ってないぞ。


「そ、そうなんだ。よかった……」


 明らかにホッとした表情で微笑む赤澤さん。うーん、可愛いな。金髪ツインテールにこの笑顔は最強だな。屋上では何故か黒崎さんを睨みつけるし、普段からツンツンしていたからちょっと気が強い感じだったけど、こうやって笑顔を見るとやっぱりすごい美少女だよな。


 オレがほっこりとした気持ちになっていると、「危ない!」と叫んだ赤澤さんがオレを押し倒してきて、二人でもんどりうって床に倒れ込んだ。

 そのすぐ後に、ガシャンと窓ガラスが粉々に割れた音がした。

 しばらくして恐る恐る目を開けると、ガラスの破片とともに野球の硬式ボールが転がっているのに気付いた。どうやら野球部のバッティング練習で飛んできたようだ。


「ふう、危なかった……」


 赤澤さんは立ち上がりながら硬式ボールを拾い、「へえ、ここまで飛ばすヤツがいるのか……中々やるな」とニヤリとした表情で呟いていた。


「へえ、赤澤さん野球好きなんだ」

「へっ!?」


 どうやら一瞬オレの存在を忘れていたようで、オレの言葉に顔を赤らめて激しく動揺している。


「う、うん。す、好きかな……あ、あはは」


 そうか、野球好きの女子って中々貴重な存在だ。オレも野球好きだし話が合うかもしれないな。

 そう思って赤澤さんを見ると、今度は青い顔であわわ、と取り乱していた。


「どうしたの?」

「な、ない……」


 赤澤さんは声を震わせて辺りをキョロキョロと見回し始めた。同時に何度もスカートのポケットに手を入れて中を探している。


「何かなくなったの?」

「わたしの宝物……大切なキーホルダー……」


 オレも一緒に探そうと足元を見ると、野球のボールをかたどったキーホルダーが落ちていた。


「もしかして、これ?」


 拾ったキーホルダーを差し出して赤澤さんの掌に載せる。

 あれ? これ、見覚えがあるぞ……。

 オレが真剣な顔でキーホルダーを見ていると、赤澤さんが呟いた。


「思い出した?……」

「えっ?」

「これ、悠太がくれたんだよ」


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 学校からの帰り道、オレはさっきまでの赤澤さんとの会話を思い返していた。


 赤澤さんが探していたキーホルダーは、オレが中学時代に野球部のエースだった赤澤圭人あかざわけいとに渡したものだった。

 赤澤圭人……それは黒崎と同じく、オレが中学時代に抱えることになったトラウマの原因の一人。

 アイツのオレに対する気持ちは、男同士の友情という範囲を大幅に超えるものだった。


 オレを好きになったきっかけは、当時野球にのめり込んでいた赤澤が肩を痛めたときにオレが掛けた言葉だったという。

 当時の赤澤は、このあたりの地区では知らない者がいないと言われるほどすごいピッチャーだった。

 だが、練習の最中にチームメイトと激突して肩を痛めてしまい、それから本来の投球が出来ず落ち込んでいたとき、オレはこう言ったそうだ。


『投げられなければ、打つ方に回ればいい』と。


 今思えば、何て適当なことを言ったのだろうと恥ずかしくなるが、野球部で肩身が狭かった赤澤にとっては救いの言葉に聞こえたらしい。

 それと、ピッチャーという花形のポジションでなくなった赤澤に対し、それまでチヤホヤしていた周囲の友人たちは手のひらを返したように離れていったが、オレだけがまったく態度を変えなかったのが心に響いたのだという。

 オレの言葉で奮起した赤澤は、ポジションを内野手に変え、これまで以上に練習に精を出した結果、今度は強打者として強豪校から声が掛かるまでになった。

 しかし、赤澤自身は気付いていたのだ。肩の怪我は予想以上に深刻で、バッティングの調子を落としていたことを。そして、このまま野球を続けても上へは行けないことも。 

 野球という自分の情熱を捧げてきたものを失ったとき、赤澤の頭の中に残ったのがオレだったのだと。

 そして彼は強豪校からの誘いを蹴って地元の高校へ進学することに決めたようだ。

 そんな最中、彼もまたあの病気に罹ったのだ。


『覚えておいて。わたしは悠太を逃すつもりはないから』


 そう力強く宣言されたオレは「お、おう」とよく分からない返事をしてしまっていた。

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