第2話 可愛いけど残念な美少女たち(1)

 高校生活が始まって1週間が経った。

 オレは相変わらず、周りの美少女たちをでる日常を楽しんでいたが、彼女たちとの仲が特に進展することはなく、俺自身も今のところ積極的に関わるような動きをしなかった。

 いや、出来なかったというべきか。

 それは、我がクラスだけでなく、他のクラスの男子までもが次々と我がクラスにやってきては、美少女3人組(オレが命名)に何とかお近づきになりたいと、入学翌日から積極的なアピールを展開、日に日に加速するその凄まじさに怖れおののいたからである。

 今現在も、


「緑川さん、今度一緒に映画行きませんか?」

「赤澤さんって付き合っている人いますか?」

「黒崎さん、ご趣味は?」


と、美少女3人組がそれぞれ座っている机の周りに群がって、何とか彼女らの情報を聞き出そうとしたり、逆に自分のセールスポイントを伝えたりして懸命に気を引こうとしているのだ。

 そんな彼らに対し、彼女たちは愛想よく対応したり(緑)、適当な相槌をうったり(赤)、寝たふりしてやり過ごしたり(黒)している。

 その様子をオレは自分の席から眺めていると、何となく集まってくる男子たちにある傾向がみられることに気付く。


 緑川さん目当てに集まってくる男子たちは、彼女が繊細で控えめとみえるせいか、どちらかというと如何にも男らしいタイプ、例えば運動部に所属しているとか、体格に自信があるといった感じである。

 赤澤さんの周りには、自分の容姿に自信を持っている、いわゆるイケメン、ナルシストっぽい男子が多く、悪く言えば軽い感じがする男子がわんさかいる。

 黒崎さんは、言動が男前だし硬派なイメージが定着しているらしく、お姉さまとして慕う少し控えめなタイプが多い。まあ、ここにやって来る時点で控えめとは言い難いが。


 ただ不思議なのは、ほぼ毎日のようにこういった男子たちがやってくることが分かっているのに、3人とも自分の席から全く離れない、ということだった。

 オレが彼女たちの立場なら、周りの視線も気になるし、相手をするだけでも疲れるので休み時間は席を外したりすると思うけど。



 午前の授業が終わり、昼休みになると黒崎さんが席を立つ気配がした。

 こう毎日毎日男子たちに取り囲まれる状況にさすがに嫌気がさしたのだろうと思っていると、彼女はオレの目の前で立ち止まった。


「日比野……ちょっと付き合え」

「うん?」


 そう言うと、まるでオレが後を付いていくのが当然のように先にスタスタと歩き出した。


「ちょ、ちょっと」


 オレは昼食用に持参したパンの袋を持って黒崎さんの後を追った。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 目の前には廊下をずんずん進む黒崎さんの後姿がある。

 長い黒髪がしなやかに揺れるのに合わせて、彼女から柑橘系のいい香りがする。

 オレはうっとりとしつつも後を付いていくと、階段を上がり始めていた。

 上の階には上級生の教室と屋上しかないので、どうやら彼女は屋上に向かっているようだ。


 屋上では昼食をとる生徒たちがそれぞれグループになって話に花を咲かせていた。

 黒崎さんはゆっくりと辺りを見回して、一番奥に空いているベンチを見つけるとそこへ向かって歩き出す。オレも慌てて彼女に付いていくと、オレたちの様子を見ていた生徒たちが声を潜めて言葉を交わしているのが聞こえた。


「ほら、あの子、今度入学してきた『B3』の子じゃない?」

「本当だ。何度見ても綺麗ね」


 これは女子グループの会話のようだ。さすが黒崎さん、女子にも人気がある。

でも『B3』って何だ?


「おお、黒崎さんだ! くうー、可愛いぜ」

「でも後ろにくっ付いてるダサいヤツは誰だ?」


 これは男子グループ。くそ、ダサい言うな。っていうか声がデカいぞ。

 そんな心が折れそうな会話を聞いているうちに目指すベンチに辿り着いたようだ。

 黒崎さんは手前側に座り、どうしようか迷っているオレに向かって隣をポンポンと叩いた。ここに座れ、ということらしい。

 オレが座ると黒崎さんが口を開いた。


「まったく……毎日毎日、よく飽きもせずやってくるものだ……」


 黒タイツを装備した綺麗な脚を蠱惑こわく的に組みながらため息をつく。

 飽きもせずやってくる……それは黒崎さんたちを目当てに教室にやってくる男子たちのことだろう。

 見てるだけのオレでも疲れるのだから本人には相当な負担だろうと思う。


「大変だな」


 オレが苦笑しながら相槌を打つと、黒崎さんはまた小さくため息をついた。

 そして、キッとオレの方に顔を向ける。


「何が『大変だな』だ。これはお前のせいでもあるんだぞ」

「はあ?」


 何を言ってるんだ?


「オレのせいって、何でだよ?」


 思わず大きな声を上げてしまったが、黒崎さんは身体ごとオレの方に向けて悔しそうな顔で睨んできた。


「日比野……お前、アタシのこと分からないのか?」

「はあ!?」


 分からないのか……って、元々知り合いじゃないし、入学した日に初めて逢ったんじゃないか。それに過去にこんな美少女に逢っていたのなら忘れるはずがない。


「オレ、黒崎さんと知り合いだったっけ?」

「っ……! やっぱりか……」


 黒崎さんは握った拳をぶるぶると震わせて呟く。

 しばらくの間俯いていたが、やがてふっと表情を緩ませた。


「まあ、仕方がない。アタシだって最初はそうだったからな……」

「……?」

「日比野、黒崎って名前に覚えはないか?」


 先ほどまでの悔しそうな表情は消え、少し寂しそうにオレに目を向ける。


「黒崎……? そう言えば、オレの中学時代の生徒会長の名前が黒崎だったけど」


 その名前を思い出すと未だに冷や汗が流れてくる。

 オレの中学生活は暗黒の時代だった。女子にはモテなかったが、何故か一部の男子から熱い視線を向けられ、今思えばセクハラっぽく迫られたことがありトラウマと化しているのだ。

 その一部の男子……変態男子の一人が黒崎という生徒会長だった。

 当時、その生徒会長はオレ以外からの評判は素晴らしく、勉強や運動も出来て先生も一目置く存在だった。

 かつて迫られたときに『お前は男が好きなのか』と逃げながら叫ぶと、『俺は別に男が好きなわけではない、お前が好きなんだ』と言われて衝撃を受けたことは忘れられない。


「もしかして、その黒崎と……親戚とか?」


 オレは恐る恐る聞いてみた。まあ、親戚程度であれば問題はないだろう。


「違う」

「そ、そうか……」


 他人と分かってホッとしたが、続く黒崎さんの言葉に驚愕してしまった。


「本人だ」


 目の前で顔を赤く染めて潤んだ瞳でオレを見つめる彼女。

 その瞳に秘められた感情に気付いた瞬間、オレは意識を失いかけた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 失いかけた意識を何とか気力で持ち直して彼女を見る。

 そこには、顔を真っ赤にして恥じらいの表情を見せる女の子がいた。

 その表情は、この場にいるのがオレではなくて通常の男子であれば完全に恋落ちするだろうと思わせるほどの破壊力だった。

 でもオレにとっては、見たくも知りたくもなかった。ただ、悲しい真実というだけだった。


「ま、まさか……男が女になるわけが……」


 オレは必死の抵抗を試みるが、彼女はそういう展開を予想していたようで淀みなく答える。


「『後発性性転換病』という病気をお前も聞いたことがあるよな。大体15歳から16歳の男子にのみ起こり得る奇病だ。病気に罹る確率はほんのわずかだが、きちんと対処しなければ確実に女性に変化する。アタシはこの学校の入学直前の春休みにこの病気にかかった」

「……」

「最初は悩んださ。一部の変わり者以外の男子なら当然、対処して性転換しないようにする。でもアタシは……」


 そこでオレの方を見る。


「前にも言ったはずだ。アタシは男が好きな訳じゃなく、お前を好きなんだ、と。だけどお前は……」


 一瞬、辛そうな顔をして口を閉ざす。中学時代にオレに避けられ続けた記憶を思い出しているのだろうか。しばらくして呟くように話し始める。


「……アタシは女になることを選択した。男のまま、お前への気持ちを持ち続けていても不幸だからな。それにアタシが女になればお前も受け入れてくれるかもしれないし。だからこうして完全に女になれるよう言葉づかいも直したし、そのいろいろと教わったりして……」


 そのとき『言葉づかいは変わってねえよ』とツッコむことも出来たが、何も言うことが出来なかった。

 病気のことは中学でも先生に聞かされて知っていたし、同じ学年にもこの病気に罹って対処した人がいるという噂も聞いていた。

 でも、まさかあの黒崎が……。


「本当は、お前にこんなことを言いたくなかった。元男だと知られたら見た目は女だけど前みたいに避けられると思ったからな。でも、アイツら……いや、他人からアタシが元男だと聞かされて嫌われるくらいなら、自分から話した方がいいと思ったんだ」


 アイツら……って誰のことなんだろうか。

 頭を捻っているところに黒崎さんがズイッと身体を寄せてくる。


「お、お前はどうなんだ? その、今のアタシを見て……」


 うっすらと涙を滲ませた目でオレを見つめてくる。

 正直、この美少女の中身があの黒崎だと思うと身体が拒否反応を示している。

 でも、オレのことを好きだとしてもここまでするものだろうか?

 そもそもオレは黒崎が嫌だったのか、男が嫌だったのか。

 考えると頭の中がぐるぐるといろんな考えが巡ってきて眩暈がする。

 このままではいけない、そう思い彼女に尋ねる。


「黒崎……さん、教えてくれ。どうしてオレなんかを好きになったんだ……」


 オレの言葉に彼女は一瞬、驚きの表情を浮かべたが、やがてそれは苦笑いへと変わった。


「そうだよな……はは……アタシはそんな肝心なことをお前に言ってなかったんだな……」


 口元をかすかに歪めて、小さな声で呟いた。


「アタシは小さい頃から父親に厳しく躾けられて育ってきた。男なら人に頼るな、自分の道は自分で切り開け、弱音を吐くな、なんて、今どきの父親ならそんなこと言わないかもしれないけど。でもアタシは父親の期待を裏切らないように何事にも懸命にやってきたつもりだった。

 中学の時に生徒会に立候補したのもそのためだ。アタシの頑張りをはっきりとした形で父親に見せるにはうってつけだったからな。でも、生徒会長っていうのは思ったほど楽ではなかった。

 お前も知ってるとおり、ウチの中学はちょっと荒れてただろ? だから問題を起こす生徒がいれば生徒会で対処しなきゃならないことも結構あって、精神的に追い詰められてた時期があったんだ」


 少し遠い目をして黒崎……さんは話し続ける。


「そんなとき、お前はアタシの愚痴を黙って聞いてくれて、たまにアドバイスをくれたり、生徒会の雑用を手伝ってくれたりした。他人から見ればたいしたことではないと思うかもしれないが、アタシにとっては救い……だったんだ」


 暖かい眼差しでオレを見つめる黒崎さん。顔だけみれば、中学当時からイケメンだった黒崎だが、女になって顔形が大分変わったけど美少女であることに間違いはない。

 その美少女が訥々とつとつと語る姿に思わず引き込まれてしまう……でもこの話の内容には大きな間違い、というか勘違いが含まれていた。


 オレが生徒会の仕事を手伝ったのは、決して黒崎のことを考えて自発的にしたのではなく、当時の担任から宿題を忘れた罰として、あるいは掃除をサボっていたらその代償として強制的にさせられたりしたからだ。

 でも、これほど感謝されていたとは。どんだけオレは担任にこき使われたんだ?

 しかし、今はとてもそんなことを言える雰囲気ではなかった。

 何しろ、オレの行為を純粋なものとして受け取ったうえに、こうして女にまでなってしまった黒崎に言えるはずもない。

 オレはだくだくと冷や汗をかきながら彼女の話を聞いていた。

 そんなオレの様子に気付くことなく、黒崎さんは話を終えて、ふう、と息を吐いた。


「そういうわけで、アタシの話は終わりだ」


 そう言って再度オレの方に向き直り、顔を近づけてくる。


「さあ……返事を聞かせてくれ」


 赤くなった顔で表情は照れているようではあるが、その両手はオレの肩をがっちりと掴んでまったく動けない状態だ。


「ううっ……」


 ゆっくりとさらに顔を近づけてくる。しかも何故か目を閉じて唇を突き出している。


「ちょ、ちょっと!? 黒崎さん!?」


 そのとき、黒崎さんの背後から人影が現れたかと思うと、手にしている何かで黒崎さんの後頭部をスパーンと叩くのが見えた。


「あいたっ!?」


 ベンチにべちゃっと倒れ込む黒崎さんの背後には、どこから持ち出したのかコントに使うようなハリセンを持った美少女―――赤澤さんがいた。

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