第19話 繰り返される残念な光景

「おはよう」

「あ、悠太、おはよう」

「おはよう、悠くん」

「日比野くん、おはようございます」

「……おはよう」


 教室に入り、オレの席を囲むように座って談笑している4人組にあいさつする。

 先日の事件以降、蒼井さんが加わって『B3』改め『B4』となった感のある美少女たち。

 他のクラスメイトのように外から見ている分には、この光景は眼福であるはずなのだが、オレにとっては確実に外堀が埋まりつつある状況に変わりはない。


 机にカバンを置いて席に座ろうとすると、左隣に座る黒崎さんが潤んだ目でオレを見ていることに気付く。

 そういえば、さっきのあいさつも、いつものような『よお、日比野』とか『おっす』ではなかった気がする。何か元気がなさそうだし。


「? 黒崎さん、どうかした?」

「な、何でもな……ありませんわ」

「「「「!!」」」」


 黒崎さんの返事に衝撃を受ける4人。


「……ちょっと、どうなってるんだ?」

「……一体、何があったの?」

「……何か、悪いものでも食べたのかしら?」

「……顔色も良くないですよ」


 オレの席を囲みつつ、黒崎さんのすぐ横で話し合う。

 その間も黒崎さんの方をチラチラと様子を窺っていると、赤い顔をしたまま俯いている。


「そ、そんなに見つめないで……ください」

「「「「!?」」」」


「一体、何が起こってるのよ!?」

「オレに訊くなよ!」

「きっと、変なもの食べたのよ!」

「やっぱり具合が悪いんでしょうか」


 みんなが言いようのない不安と困惑を口ぐちに語っている。でも、原因を食べ物に限定している蒼井さんはどうかと思うぞ。


「……分かったわ。みんなを代表してわたしが問いただしてくる!」


 一大決心をするように立ち上がった赤澤さんが、ふんすと鼻を鳴らして黒崎さんの横に立つ。


「ねえ、黒崎さん、一体どうしたの?」


 にっこりと優しげな表情で語りかける。

 オレたちもドキドキしながら、2人の様子を見守っていた。


「べ、別に何でもな……ありませんよ」

「そんなわけないでしょ? みんな心配してるのよ」


 赤澤さんの言葉に黒崎さんはオレたちの方へ目を向ける。


「そうですよ。何か困ったことがあったら言ってください」

「そうそう。変なもの食べてお腹が痛いんでしょう?」


 緑川さんと蒼井さんが言葉を発するが、蒼井さんはどうしても黒崎さんをゲテモノ好きにしたいらしい。


「本当に何でもねえ……ないの。心配かけてわる……ごめんなさい」


 申し訳なさそうにしおらしく答える黒崎さん。

 すると、業を煮やした赤澤さんがオレにアイコンタクトを送ってきた。


(悠太、何とかしなさい)

(えっ!? オレに振るなよ)

(ここはあんたの出番でしょ!)


 わずか数秒の間にオレと赤澤さんの間で声に出ない会話が交わされた……っていうか、オレが勝手にそう思ったんだけど、赤澤さんの表情と目付きを見てると、きっとこれで間違いないんだろうな。


 オレはため息をついて口を開く。


「黒崎さん。いつも元気いっぱいの黒崎さんがどうしたんだ?」

「日比野……くん」

「……オレはそんな黒崎さんを見てられないよ」

「―――――っ!」


 途端に目を大きく見開いて、顔を真っ赤にした黒崎さんは涙目になっている。


「そんなに……アタシのことが心配?」


 うるうるの瞳でジッと見つめられてしまい、その可憐な表情につい心に浮かんだ言葉を発してしまった。


「もちろんだ。……す、好きな子の心配をするのは当たり前だろう?」

「!!」


 ハッしまった! 雰囲気に飲まれたとはいえ、オレは何と言う恥ずかしいことを。


「日比野!」

「うわあっ!?」


 気が付けば、オレに向かってダイブしてきた黒崎さんに押し倒されてしまっていた。

 息を荒くしながら、すぐ目の前に顔を近づけてくる。


「あ、アタシのことがす、好きって……本当だな!?」

「う、うん……」


 黒崎さんは感極まった感じでオレに馬乗りになったまま、『――――――っ!!』と言葉にならない叫びを上げている。


「こ、このまま2人でどこか遠くへ……あいたっ!?」


 オレにもたれかかるようにべチャッと倒れ込んでくる黒崎さん。

 一体何か起こったのかと周りを見ると、何故かハリセンを持った3人がジト目でオレを睨んでいた。

 あ、この光景、前にも見たことが……。


「あんたたち、何やってんのよ!」

「悠くん、裏切るの?」

「黒崎さんだけなんてズルい!」


 口々にオレを責め立てる3人に加え、上気した顔で『このままずっと2人で……』とオレに抱き着いた状態で呟いている黒崎さん。


 この後、授業が始まるまでの間、オレと黒崎さんは3人に正座をさせられ、文句を言われ続けたのであった。

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